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第十章 MOON
死の報復(1)
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不意に目が覚めて見えたのが、実家の部屋の壁だった。
もう少し話をしていたかったのが半分。戻って来れてホッとしたのが半分。
菜穂子は、少し複雑な気分だった。
「うーん……」
何せ、時代が時代。
戦前のものなど、写真とて曾祖父母の写真が仏間に飾られてあるくらいだ。
祖父母の写真もつい最近のもの。
例えば新聞広告や何かで祖母が教鞭をとっていた頃の小学校の写真や話を聞こうとしても、今からでは五山の送り火までに何かが分かると言うことはないだろう。
ましてピンポイントで「辰巳幸子」ちゃん周辺のことを調べようなどと、まず無理だ。
大人しく八瀬青年が確認を取ってくるまで待つしかないのかも知れない。
「何やの、毎日毎日眠そうな顔して。また遅までスマホいじってたん?」
欠伸をしながら朝食の席につく菜穂子に、母が眉を顰める。
「うーん……まあ、そんなところかな」
「で、昨日ウロウロ出かけた甲斐はあったんかいな」
新聞を見ながら、父はそんなことを聞いて来る。
そう言えば昨夜は父は仕事で遅くなって、菜穂子の方はもう寝てしまっていて、旧明倫小学校に行った時のことやら何も話せていなかった――と、菜穂子も思い出した。
「うん。明倫小学校の方で、おばあちゃんの直接の教え子やないけど、何年か後に入学してきたらしいおじいさんと喫茶店で偶然隣同士になったわ。孫連れて『ここが、おじいちゃんが通てた小学校や』言うてはってさ。話聞いてたら、どうも義理のお姉さんがおばあちゃんの教え子っぽい感じやって、びっくりした」
「へえ!」
実際に、教え子っぽいどころか「辰巳幸子」ちゃんイコール教え子だったことはもうハッキリしているが、喫茶店にいた時点では「時期が同じっぽい」くらいだったので、そのあたりは誤魔化すしかない。
それでも充分に父母は驚いていたし、祖母が会わせてくれたのかも……なんてことも父は言った。
「気になったけど、さすがに学校歴史博物館の方でもピンポイントすぎて資料も探せへんかったわ」
ため息をこぼす菜穂子に、父は頷いている。
「まあ、そうやろうな。当時のアルバムとか、もしかしたらあるのかも知れんけど、普通に行って『あったら見たい』言うても、まあ無理やろうし」
「うん。それは、昨日諦めて帰って来た。ああ、そう言えば『さっちゃん』の歌って、何番まであるか知ってる?」
「何やの、藪から棒に」
コーヒーを置いた母が怪訝な顔をし、父も同じようにこちらをじっと見ている。
「いや、そのおじいさんとそんな話して」
「何や三番くらいまであるて聞いた気はするけど、一番以外お父さん知らんな」
「私かて似たようなもんやわ。……あ」
二人は同じような仕種で天井を見やったものの、母の方が何か思い出したらしかった。
「都市伝説やないけど、何や三番以降も歌があるて聞いた気がするな」
「そう、それそれ!」
菜穂子も思わず食い入るように母を見つめる。
「そのおじいさんに聞いたんやけど、めっちゃコワイ続きなんやって」
そう言って、菜穂子がおじいさんに聞いた「電車に轢かれたさっちゃんが、4番を歌った子の足を自分と同じように貰いに行く」歌詞の話をしたところ、母にキレられてしまった。
「朝から何言うてんの、アンタは!」
「いや、少なくともそのおじいさんは本当にその歌詞聞いてはったみたいで」
ぶんぶんと片手を振る菜穂子に、父は苦笑いだ。
「どっちみち、お母さんもそれらしい歌詞は聞いたことあるんやろ?」
「いや……歌詞は覚えてないけど……幻の四番がある、的な……」
「まあ、お父さんは全然知らんけど、そのおじいさんも覚えてはるくらいなんやったら、歌詞の内容はともかく、それなりに広まってる話なんやろう。もしかしたらそのおじいさんの奥さん……当時は寂しかったんやないかな」
「寂しい?」
「戦後の時代やったら、色々と思うようにいかへんことも多かったかも知れん。その歌うとたら、亡くなったお姉さんが迎えに来てくれるかも知れん……くらい、思てたかも知れへんで」
「!」
父の思わぬ解釈に、菜穂子は目を瞠った。
――辰巳幸子の妹さんは、お姉さんを亡くして寂しかった?
なら、今はどう思っているだろう……。
もう少し話をしていたかったのが半分。戻って来れてホッとしたのが半分。
菜穂子は、少し複雑な気分だった。
「うーん……」
何せ、時代が時代。
戦前のものなど、写真とて曾祖父母の写真が仏間に飾られてあるくらいだ。
祖父母の写真もつい最近のもの。
例えば新聞広告や何かで祖母が教鞭をとっていた頃の小学校の写真や話を聞こうとしても、今からでは五山の送り火までに何かが分かると言うことはないだろう。
ましてピンポイントで「辰巳幸子」ちゃん周辺のことを調べようなどと、まず無理だ。
大人しく八瀬青年が確認を取ってくるまで待つしかないのかも知れない。
「何やの、毎日毎日眠そうな顔して。また遅までスマホいじってたん?」
欠伸をしながら朝食の席につく菜穂子に、母が眉を顰める。
「うーん……まあ、そんなところかな」
「で、昨日ウロウロ出かけた甲斐はあったんかいな」
新聞を見ながら、父はそんなことを聞いて来る。
そう言えば昨夜は父は仕事で遅くなって、菜穂子の方はもう寝てしまっていて、旧明倫小学校に行った時のことやら何も話せていなかった――と、菜穂子も思い出した。
「うん。明倫小学校の方で、おばあちゃんの直接の教え子やないけど、何年か後に入学してきたらしいおじいさんと喫茶店で偶然隣同士になったわ。孫連れて『ここが、おじいちゃんが通てた小学校や』言うてはってさ。話聞いてたら、どうも義理のお姉さんがおばあちゃんの教え子っぽい感じやって、びっくりした」
「へえ!」
実際に、教え子っぽいどころか「辰巳幸子」ちゃんイコール教え子だったことはもうハッキリしているが、喫茶店にいた時点では「時期が同じっぽい」くらいだったので、そのあたりは誤魔化すしかない。
それでも充分に父母は驚いていたし、祖母が会わせてくれたのかも……なんてことも父は言った。
「気になったけど、さすがに学校歴史博物館の方でもピンポイントすぎて資料も探せへんかったわ」
ため息をこぼす菜穂子に、父は頷いている。
「まあ、そうやろうな。当時のアルバムとか、もしかしたらあるのかも知れんけど、普通に行って『あったら見たい』言うても、まあ無理やろうし」
「うん。それは、昨日諦めて帰って来た。ああ、そう言えば『さっちゃん』の歌って、何番まであるか知ってる?」
「何やの、藪から棒に」
コーヒーを置いた母が怪訝な顔をし、父も同じようにこちらをじっと見ている。
「いや、そのおじいさんとそんな話して」
「何や三番くらいまであるて聞いた気はするけど、一番以外お父さん知らんな」
「私かて似たようなもんやわ。……あ」
二人は同じような仕種で天井を見やったものの、母の方が何か思い出したらしかった。
「都市伝説やないけど、何や三番以降も歌があるて聞いた気がするな」
「そう、それそれ!」
菜穂子も思わず食い入るように母を見つめる。
「そのおじいさんに聞いたんやけど、めっちゃコワイ続きなんやって」
そう言って、菜穂子がおじいさんに聞いた「電車に轢かれたさっちゃんが、4番を歌った子の足を自分と同じように貰いに行く」歌詞の話をしたところ、母にキレられてしまった。
「朝から何言うてんの、アンタは!」
「いや、少なくともそのおじいさんは本当にその歌詞聞いてはったみたいで」
ぶんぶんと片手を振る菜穂子に、父は苦笑いだ。
「どっちみち、お母さんもそれらしい歌詞は聞いたことあるんやろ?」
「いや……歌詞は覚えてないけど……幻の四番がある、的な……」
「まあ、お父さんは全然知らんけど、そのおじいさんも覚えてはるくらいなんやったら、歌詞の内容はともかく、それなりに広まってる話なんやろう。もしかしたらそのおじいさんの奥さん……当時は寂しかったんやないかな」
「寂しい?」
「戦後の時代やったら、色々と思うようにいかへんことも多かったかも知れん。その歌うとたら、亡くなったお姉さんが迎えに来てくれるかも知れん……くらい、思てたかも知れへんで」
「!」
父の思わぬ解釈に、菜穂子は目を瞠った。
――辰巳幸子の妹さんは、お姉さんを亡くして寂しかった?
なら、今はどう思っているだろう……。
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