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第九章 八月の長い夜
糠に釘、豆腐にかすがい(4)
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『……ちょっといいですか』
口元に手をやりながら考える仕種を見せていた八瀬青年が、徐に近くで待機していた門番風の男性を手招きした。
『閻魔王筆頭補佐官からの要請として、先刻連れ出した子どもの「事前鑑定」を急ぎ行うよう、秦広王筆頭補佐官に伝言を。結論はここへ、と』
『八瀬君?』
子ども――もとい「さっちゃん」をどうしようと言うのか。
祖母は不安になったのかも知れない。
それに気付いたのか、八瀬青年は『いえ、大したことでは』と、微笑んでみせた。
『本来、大人に行うべき手続きをあの子にも適用してくれるよう依頼しただけですから』
『大人に行うべき手続き……』
『服なりなんなり提出さして、賽の河原のほとりにおった、じーさんかばーさんに生前の罪と先に川を渡った血縁者を探させる、いうことやろ。別にガキンチョ自身が痛い目に遭うわけやない』
八瀬青年が何かを答えるよりも早く、祖父の方が祖母にそう答えていた。
多分、自分が通った道のりを思い出したうえで、祖母あるいは菜穂子にも理解がきくよう、噛み砕いた言い方をしたんだろう。
ぶっきらぼうなのは、もう仕方がないとしても。
『いや、まあ……奪衣婆と懸衣翁いう名前があるんですけどね、一応』
なんでも二番目の王、初江王に会う前に衣領樹と言う木があり、着ていた服を奪衣婆が剥ぎ取り、その服を懸衣翁が衣領樹の枝に掛け、枝のしなり具合で、罪の重さが測られるらしい。
剥ぎ取ると言うと聞こえが悪いが、死者全員が綺麗な服を着せられて埋葬されるとは限らないため、衣服以外のモノを渡す場合も時々ある――と、苦笑いしながら八瀬青年が補足をしてくれた。
『一般的には罪の重さを測る、言う話で知られてますが、同時に血縁関係や生前関わりのあった人、動物なんかの情報も読み取られて、初江王様の審議の場の参考にされます。あの子どもに関わる情報を探るには、多分一番早いんですよ。閻魔帳言うても、それまでの王の審議を通して得た情報が書き加えられますし、何より他の王のところに行かずとも、すぐそこで情報得られますしね』
本来、子どもの人生は大人ほどには積み重ねられてはいない。
賽の河原に居ることで充分に地蔵菩薩が判断出来るのだと言う。
それを特別に、その「さっちゃん」に適用して「妹」の行方を確認しようということのようだ。
それだけ、祖父の提案に魅力を感じたのかも知れない。
『八瀬君、あの子まだ小さいんやさかいに、あまり手荒なことは――』
『大丈夫ですよ、高辻先生。――多分あの子は、ちょっとやそっとではめげません』
『…………』
一見祖母を安心させようとしているようで、八瀬青年の笑顔は明らかに黒い。
しかも珍しく祖父が、同意するかのように首を大きく縦に振っている。
どうもあの二人はよほど「さっちゃん」に手を焼いていたようだ。
ただ菜穂子には、祖母の困惑も手に取るように伝わってきた。
『おばあちゃん……多分やけどあの子、もしその妹さん言う人が来はったとしても、1回くらいは授業するなり歌うとてあげるなりせんと、納得せんような気がする』
直接顔を見ているわけではないにせよ、あの叫び声とダダのこねようだ。
この推測は間違ってないように思うし、思い切り顔をしかめた祖父や八瀬青年も、多分同じ感想を持っているんじゃないかと思った。
『志緒。もう、今のうちに1回ガキンチョに歌うたっとけ。そしたらあとは、その妹言うのが来たら話終わるわ』
『いやいやいや! 何言うたはるんです⁉』
――ただ「さっちゃん」がいざ絡まなくなると、話は堂々巡りになってしまうようだ。
『妹さん、見つかりますかね?』
何年前に亡くなっているのかも分からないうえに、六道のうちのどこに行ったのかも分からない。
それで見つかるものなんだろうかと思う菜穂子に、八瀬青年は「分かりますよ」と答えた。
『ただ、万一地獄道なんかにいた場合には、時間もかかりますし許可が下りるのかどうかも怪しくなります。生者の世界に照らし合わせて言うのなら「犯罪者を刑務所から出して会わせろ」言うようなものですからね』
『え……』
菜穂子は勝手に「さっちゃん」やその妹さんは善人だと思い込んでいたけれど、そうとは限らないと言うことなんだろうか。
『その妹さんが何十年生きはったのかは知りませんけど、人の一生、何が起きるかは誰にも分かりません。可能性はゼロやないですよ。それは確かです』
菜穂子は、何て答えればいいのか、分からなくなってしまった。
口元に手をやりながら考える仕種を見せていた八瀬青年が、徐に近くで待機していた門番風の男性を手招きした。
『閻魔王筆頭補佐官からの要請として、先刻連れ出した子どもの「事前鑑定」を急ぎ行うよう、秦広王筆頭補佐官に伝言を。結論はここへ、と』
『八瀬君?』
子ども――もとい「さっちゃん」をどうしようと言うのか。
祖母は不安になったのかも知れない。
それに気付いたのか、八瀬青年は『いえ、大したことでは』と、微笑んでみせた。
『本来、大人に行うべき手続きをあの子にも適用してくれるよう依頼しただけですから』
『大人に行うべき手続き……』
『服なりなんなり提出さして、賽の河原のほとりにおった、じーさんかばーさんに生前の罪と先に川を渡った血縁者を探させる、いうことやろ。別にガキンチョ自身が痛い目に遭うわけやない』
八瀬青年が何かを答えるよりも早く、祖父の方が祖母にそう答えていた。
多分、自分が通った道のりを思い出したうえで、祖母あるいは菜穂子にも理解がきくよう、噛み砕いた言い方をしたんだろう。
ぶっきらぼうなのは、もう仕方がないとしても。
『いや、まあ……奪衣婆と懸衣翁いう名前があるんですけどね、一応』
なんでも二番目の王、初江王に会う前に衣領樹と言う木があり、着ていた服を奪衣婆が剥ぎ取り、その服を懸衣翁が衣領樹の枝に掛け、枝のしなり具合で、罪の重さが測られるらしい。
剥ぎ取ると言うと聞こえが悪いが、死者全員が綺麗な服を着せられて埋葬されるとは限らないため、衣服以外のモノを渡す場合も時々ある――と、苦笑いしながら八瀬青年が補足をしてくれた。
『一般的には罪の重さを測る、言う話で知られてますが、同時に血縁関係や生前関わりのあった人、動物なんかの情報も読み取られて、初江王様の審議の場の参考にされます。あの子どもに関わる情報を探るには、多分一番早いんですよ。閻魔帳言うても、それまでの王の審議を通して得た情報が書き加えられますし、何より他の王のところに行かずとも、すぐそこで情報得られますしね』
本来、子どもの人生は大人ほどには積み重ねられてはいない。
賽の河原に居ることで充分に地蔵菩薩が判断出来るのだと言う。
それを特別に、その「さっちゃん」に適用して「妹」の行方を確認しようということのようだ。
それだけ、祖父の提案に魅力を感じたのかも知れない。
『八瀬君、あの子まだ小さいんやさかいに、あまり手荒なことは――』
『大丈夫ですよ、高辻先生。――多分あの子は、ちょっとやそっとではめげません』
『…………』
一見祖母を安心させようとしているようで、八瀬青年の笑顔は明らかに黒い。
しかも珍しく祖父が、同意するかのように首を大きく縦に振っている。
どうもあの二人はよほど「さっちゃん」に手を焼いていたようだ。
ただ菜穂子には、祖母の困惑も手に取るように伝わってきた。
『おばあちゃん……多分やけどあの子、もしその妹さん言う人が来はったとしても、1回くらいは授業するなり歌うとてあげるなりせんと、納得せんような気がする』
直接顔を見ているわけではないにせよ、あの叫び声とダダのこねようだ。
この推測は間違ってないように思うし、思い切り顔をしかめた祖父や八瀬青年も、多分同じ感想を持っているんじゃないかと思った。
『志緒。もう、今のうちに1回ガキンチョに歌うたっとけ。そしたらあとは、その妹言うのが来たら話終わるわ』
『いやいやいや! 何言うたはるんです⁉』
――ただ「さっちゃん」がいざ絡まなくなると、話は堂々巡りになってしまうようだ。
『妹さん、見つかりますかね?』
何年前に亡くなっているのかも分からないうえに、六道のうちのどこに行ったのかも分からない。
それで見つかるものなんだろうかと思う菜穂子に、八瀬青年は「分かりますよ」と答えた。
『ただ、万一地獄道なんかにいた場合には、時間もかかりますし許可が下りるのかどうかも怪しくなります。生者の世界に照らし合わせて言うのなら「犯罪者を刑務所から出して会わせろ」言うようなものですからね』
『え……』
菜穂子は勝手に「さっちゃん」やその妹さんは善人だと思い込んでいたけれど、そうとは限らないと言うことなんだろうか。
『その妹さんが何十年生きはったのかは知りませんけど、人の一生、何が起きるかは誰にも分かりません。可能性はゼロやないですよ。それは確かです』
菜穂子は、何て答えればいいのか、分からなくなってしまった。
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