上 下
46 / 67
第九章 八月の長い夜

糠に釘、豆腐にかすがい(1)

しおりを挟む
 お盆の精霊しょうりょう迎えの時期に入ると、十王庁の官吏じぶんたちの側からは口出しが出来なくなると聞いた気がしたが、今は未だ八瀬青年が普通に菜穂子と話をして、祖父母と再度会わせようとしている。

 聞けばその「手出し口出しが出来なくなる」期間と言うのは、魂が冥界を抜けて現世に渡ってから以降になるというのが正確なところのようで、今はまだ昨日と同様に、菜穂子の目の前に祖父母が呼ばれていた。

『おまえ……また来とんのか』
本当ほんまに身体に影響ないんか? 帰れへんとか言わんといてや?』

 部屋に入って来た祖父と祖母が、菜穂子を見て口々にそんなことを言う。

『うん、今のところは大丈夫――かな? 八瀬さんが責任もって何とかしてくれはると思うよ』

 その言葉に、祖母は安心したように頷いているのに、祖父は目つきを鋭くして八瀬青年を睨んでいる。
 どっちも「らしいな」と思って、思わず菜穂子は苦笑してしまった。

『そら、おじいちゃんとおばあちゃんがもめてるのを何とかしてくれんことには、私かて行ったり来たりになるよ』

『別にもめとらん。とっとと次の王にうて、裁判に並んだらいいだけのことやさかいにな』

『そやけどなぁ……』

 きっぱりと言い切った祖父とは対照的に、祖母は困った表情を浮かべている。

(うん。それ「もめてる」言うと思うよ、おじいちゃん)

 最初から場を拗らせるのは本意じゃないので、菜穂子もそこはグッと言葉を呑み込んでいたのだが。

『……せんせぇ! せんせぇ、どこぉ?』


「「「「!?」」」」


 その時、部屋の中で言葉が途切れた瞬間を狙っていたかのように、扉の向こうから子どもの声が響いてきた。

『こら! そっちはダメだ!』

 誰が言っているのかは分からないが、そんな声も洩れ聞こえてくる。

『……ちょっと扉が開いてましたか』

 扉を見やった八瀬青年の表情は、ちょっと苦々しげだ。

 多分、すぐに誰かに捕まったのかも知れない。
 子どもがイヤイヤと首を振る姿が想像できるくらいに「いやー! せんせぇー!」と叫んでいる声も聞こえてくる。

『すみません、高辻先生。さすがにお孫さんと血縁関係のない子をこの場には呼べませんので、勘弁して貰えますか』

 高辻先生、のところで祖父のこめかみがピクリと痙攣ひきつっていたけれど、ここは余計なツッコミを入れるところじゃないと思ったのかも知れない。

 明らかに半目にはなっているものの、発言権は祖母に譲っているようだった。

『……ああ、そう言われればそうやねぇ』

 祖母は多分「この部屋に入れてやってくれ」と言おうとしたのかも知れない。

 表情がそんな風に見えるのだけれど、八瀬青年にそう言われてしまえば、反論のしようがなかったのかも知れない。

 私を見ながら、それもそうかと自分に言い聞かせているようだった。

『……なんや、聞きしに勝る執着っぷりですね。なんなら、おじいちゃん以上かも知れへん』

 私はと言えば、必死になって祖母を探しているっぽい子どもの声を聞いて、いっそ感心してしまった。
 祖父が「おい」――などと、私にツッコミを入れているのは、あえて無視スルーだ。

『あほ言うな、俺をあんな子供がきんちょと一緒にすんな』

 この場合の「アホ」は、決して菜穂子を叱っているわけでもなければ、馬鹿にしているわけでもない。
 関西特有のノリ、会話の一部、口癖に近い形で会話のスパイス的に差し入れられると言った方がいいくらいだ。

 菜穂子が生まれる前のTV番組で「アホ」と「バカ」が全国でどのように使われているのかを調べた企画があったとも聞く。

 東京に行った直後くらいには「アホ」と同じ感覚で「バカ」を使うと痛い目にあうと、大学の先輩がこっそりと教えてくれた。

 この場合は、ここにいるのは全員京都出身。
 つまりは関西圏で「あほ」にさほど他人を馬鹿にする意図が含まれてはいないことを知っている文化圏の者たちばかりだ。

 むしろ「ガキンチョ」の方に祖母が反応して「なんですの」と祖父を窘めているくらいだった。

『あんな小さい子どもつかまえて『ガキンチョ』って』
『いや、今そんな話はしとらんぞ』
『それも大事な話です。ガラの悪い。菜穂子にも悪影響やないですか』
『……っ』

 さすがは元小学校教師。
 完全に祖父が押し負けている空気を感じる。

 とは言え、それ以上折れているようにも見えない。

 なかなかに前途多難だ、と菜穂子はため息をつきたくなった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...