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第七章 さっちゃん

珈琲と玉子サンド(前)

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 そのカフェは、かつて一階の教室だった場所にあった。

 学校の廊下だったであろうところに、入店を待つための椅子があるので、ちょっと叱られて外に出されているような懐かしい雰囲気を感じさせている。

「わ……」

 その廊下には、ピンク色のダイヤル式の電話があるのはもちろん、深町家にあるのにも似た木製のオルガンが置かれていて、レトロな雰囲気に彩りを添えている。

 そもそもロクに鳴らせない菜穂子としては、いつの時代のオルガンだろう、祖母も触っていたのだろうか……と思いながら眺めていることしか出来なかったのだが。

 案外直ぐに順番は回ってきたので、木の引き戸を横目に、見た目にも「教室」であるそのカフェの中へと入った。

 店内はちょっと面白いことになっていて、京都芸術センターとしてはアートが全体のテーマと言うことで、店内もあちこちが現代アート仕様になっていた。

 中央にコンクリート調の壁が鎮座しており、その中が調理場にもなっているということだった。
 コンクリートの壁には、様々なオブジェが飾られていて、なかなかに賑やかな感じだ。

 お昼の時間帯だったこともあるので、菜穂子は「ふわふわ玉子焼きサンドイッチ(サラダ付)」をドリンクセットで注文することにした。

 菜穂子は東京の大学で一人暮らしを始めてから、関西と関東の食文化の違いを実感したことは何度かあるが、玉子サンドもその中の一つだった。

 菜穂子は思い描いていた玉子サンドは、まさにこのメニューの通りの「玉子焼き」をサンドしたサンドイッチなのだ。
 それが東京に行くと、ゆで卵を細かく刻み、マヨネーズや塩などで味付けした「玉子サラダ」がサンドされたサンドイッチに変貌している。

 そもそも関東の卵焼きは砂糖が入った甘いものが主流。反対に関西の卵焼きは、ダシが利いた塩味と言うことで、関東の玉子焼きではサンドイッチと合わなかったのではないかと言われている。

 最近では京都市内でも「玉子サラダ」を挟んだサンドイッチや「スクランブルエッグ」的な玉子を挟んだサンドイッチを見かけるらしいが、東京にいる間はそもそも玉子サラダメインの玉子サンドしかほぼ見かけなかったため、メニューを見た瞬間、注文はこれ一択となったのである。

「うわぁ! 青い、青いよ、じーちゃん!」

 注文していたサンドイッチが運ばれて来て、菜穂子が相好を崩したその時、どうやら隣の席でも注文したものが運ばれてきたらしく、テンションの上がった子どもの声が聞こえてきた。

 失礼にならない程度に思わず視線を向けたところ、グラスの中身はレモン色、青色、一番上にスライスレモンと、アイスかシャーベットかの乗った見た目にも鮮やかなドリンクがテーブルに置かれていた。

 出された少年の目は、ランランと輝いている。

「そやな」

 そう言って口元を綻ばせている年配男性の前には……バナナジュースだろうか。
 どうやら祖父と孫らしい隣の席の二人連れは、見たところ食事はとらずに、ドリンク休憩をするように見えた。

 中身までは見えないが、ちょっとした袋を横に置いていると言うことは、もしかしたら建物内であったワークショップの帰りなのかも知れない。

 セットでアイスコーヒーにしてしまったけど、あれはあれでアリだったかも知れないと思いながら、とりあえずサンドイッチにかぶりつくことにする。

「なーなー、じーちゃん」

 一口飲んで「レモネードや!」と顔を輝かせたテンションそのままに、隣の席では少年が祖父と思しき男性に語りかけていた。

「じーちゃんも、この学校の卒業生なんやろ?」
「おお、そやで」

 見たところ、その男性は菜穂子の父よりは上、祖父よりは下……といった感じだ。

 じゃあ、直接は菜穂子の祖母のことは知らないだろうと、耳だけダンボな状態で、食事を続ける。

「ばーちゃんも?」

「いや、おまえのばーちゃんは違う学校や。そやけど、ばーちゃんのねーちゃんはこの学校やったらしいな。じーちゃんよりだいぶはように入学してたみたいやけどな」

「え、ばーちゃんに姉ちゃん居はったん、オレ知らん!」

「ああ、そやな……ばーちゃんの姉ちゃんは、終戦後すぐの頃、小4か小5言うてたかな……食べるモン探しに出かけて、増水してた鴨川に足滑らせて落ちて、亡くなってるて聞いてるさかいに……そら知らんで当然やな」

 どこか遠くを――もしかしたら鴨川の方角かも知れないが、そちらを見ながら発せられたその言葉に、当の少年よりも菜穂子の方がピクリと反応をしてしまった。

 終戦後すぐの時代に小学生だった。
 今、この喫茶店がある元小学校の出身。

(もしかして)

 隣にいる男性は、時代が違うようなことを口にしている。
 けれどその、亡くなったという女の子は。

 祖母の事を知ってたりはしないのだろうか――?
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