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第六章 遠い音楽

地獄の釜の蓋

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 そんなこんなで、出かけるのはもう少し後から――と、菜穂子はお盆の間使用する陰膳用の道具の乾拭からぶきを、まずは手伝うことになった。

 仏壇を拭いたりしている父から聞いていると、どうやらお盆にまつわる言い伝えにも地方によって様々あるらしく、かつての父の職場の部下なんかは「地獄の窯の蓋が開いて、あの世からご先祖様が帰ってくる」との言い伝えに添って、あれこれと用意をしていたらしい。

 その地方では八月七日ではなく一日がお盆の準備を始める日で「釜蓋朔日かまぶたのついたち」などと言われているそうだ。
 地獄からの距離を考えれば、そのくらいに窯の蓋を開けないと先祖の霊は現世に戻って来れないと言うことのようだ。

 それはそれで、そうかも知れないと思わず唸ってしまう慣習だ。

 井戸だの黄泉平良坂だのと言った話以外にも、そんな話があるのかと、菜穂子も素で驚いていた。

 ただそれでも「送り火」であの世に戻って貰うと言う考え方は、どれでも同じらしい。

 京都のように五山の送り火ではないが、玄関先などで思い思いに火を焚くだけでも充分に儀式としては成立すると考えられていると言う。

「七夕、言うんも元々はお盆行事の一環やったらしいからな。旧暦の7月7日の夕方から精霊棚や幡・旗や笹を安置をして、ご先祖様を迎える準備をしてたのが始まりやったとか。中国の星まつり行事が合わさったんと、旧暦が新暦になって、八月にお盆行事をやる地域が増えて、七夕行事だけお盆から独立した行事になった言う話やな」

 それでも、新暦に照らし合わせて八月七日からお盆の準備を始める地域があるのも、その七夕の名残りじゃないかと父は言った。

「ふうん……色々あるんや……」

「お尻の十六日の方は一緒言うのが何とも面白いところやけどな」

 そうやって聞けば、あの八瀬青年が「五山の送り火までが全てのタイムリミット」と言った言い方をしていたのも何となく頷けてしまう。

「そやけど菜穂子、夢見たにせよ、なんでまたおまえのおばあちゃんが先生してた小学校見たなったんや。全然気にしたことなかったやろ」

「……えーっと」

 当然と言えば当然の疑問に、菜穂子は思わず言葉に詰まってしまう。

「そ、そろそろ卒論のテーマ考えようかなと思って」
「卒論? おまえまだ三年生と違うんか」
「いや、それはそうなんやけど、ざっくりやること決めて、資料の目星くらいはつけておかんと」

 父の疑問は間違ってない。
 正直言えば、三年生のこの段階では、まだこれっぽっちも決まっていなかった。

 有り体に言えば、今この場を凌ぐために思い立ったことだ。

「き、京都の学校教育の歴史とか……? あるいはその頃の歴史的建造物の歴史とか? ちょっと興味あるなぁ……って」

「なんで疑問形やねん。まあ、何かしら思てることあるんやったら、お父さんがとやかく言うもんでもないけどな。やると決めたら梃子でも動かんのは、むしろおじいちゃんあたりに似たんと違うか」

「がーん……!」

 父は半分は冗談のつもりだったのかも知れない。
 けれど昨夜アレコレと体験してきた今の菜穂子には、なかなかにその一言は胸に刺さった。

 思わず胸を押さえた菜穂子を見ながら、面白そうに父は笑っている。

「ああ、それと学校の歴史言うんやったら、建物そのものは確かに芸術センター行ったらええけど、中身の話やったら京都市学校歴史博物館言うトコが別にあるさかいに、両方行くか、そっちに行った方がええかも知れんで」

「え、そうなん? そんなトコあるの初めて聞いたわ」

「おまえのおばあちゃんが、同じようなこと言うてたからな。足がもうちょっと良うなったら、今どうなってるのか見に行ってみたい――言うてな」

「!」

「言うて、お父さんもお母さんも行ったことないさかいに、菜穂子おまえが気になるんやったら行ってみたらええわ」

 ――パン買って帰るの忘れんようにな。

 父はそう念押しするのを忘れなかった。
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