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第六章 遠い音楽

京のパン文化

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「…………マジか」

 ミンミンと煩い蝉の鳴き声。
 じんわりと寝汗をかいている身体。

 どうやら菜穂子は本当に、起床時間の頃合いに意識が引き戻されていたらしい。
 目を開ければ、見慣れた実家の天井が見えた。

 それでも、つい今しがたまで祖父母と会話していた記憶がキッパリはっきり残っている。
 夢のようで、夢じゃなかった。

 マジか、くらいは言いたくなるだろう。

「なんやの、あんた。眠そうな顔して」

 パジャマ姿のまま、階下のダイニングに下りて行くと、パンとコーヒーをテーブルに置いていた母と視線が交錯した。

 深町家の朝はパンとコーヒーだ。それは昔から全く変わらない。
 だから一人暮らしを始めてからも、菜穂子の朝食もパンとコーヒーだ。

 特に朝から重たい料理を食べたいと思ったことはない。

「どうせ、夜おそうまでスマホでもいじってたんやろ」

 普段ならその通りだと思うかも知れないが、さすがに昨夜は母親のその言葉には素直に頷けなかった。

「……寝つきが悪かったかも知れん。おじいちゃんと、おばあちゃんにうた夢見たわ」

 黙り込むと母親がムッとしそうだったので、菜穂子は少し考えて、それだけを口にした。

「へえ。まあ、お盆の時期やしそんなこともあるかも知れへんな」

 母はちょっとだけ目を丸くしたものの、ある意味菜穂子の予想した通りの返しを口にした。

「どんな夢やったんや。昔の話とかか?」

 そう聞いてきたのは、父の方だ。
 夢なら夢で、家族で食卓を囲んで共通の話題を口にするのにちょうどいいと思ったのかも知れない。

 菜穂子は、夢だと前置きしているから何でもありだろうと、ほぼぶっちゃけて話をすることにした。

 もしかしたら、何か役立つ話が聞けるかも知れないと思いながら。

「ううん。閻魔さまの部下に、賽の河原で石積みしてる子どもたちの先生して欲しい言われて前向きになってるおばあちゃんと、よ天国に行こう言うて迎えに来てたっぽいおじいちゃんとの、三途の川でのバチバチのバトル」

 バトルと言うと、多分大いに語弊がある。
 ただ、何が引っかかっているのかと言えば、要はそう言うことだと思うのだ。

 端的に昨夜の話をまとめた菜穂子に、両親はちょっとポカンとした表情になっていたものの、やがてすぐに父親の方が「はははっ!」と、愉快そうに笑い声をあげた。

「面白い夢見てんなぁ、菜穂子は! 無茶苦茶やわ」
「そやから夢やて、菜穂子このコも言うてますやん」

 母の方は菜穂子に何か言うよりも先に、父親の方にツッコミたくなったようだった。
 とは言え二人共が荒唐無稽だと思ったのは間違いない。

 菜穂子とて今でも半信半疑なのだから、当然の反応と言えるだろう。

「まあ、おまえのおばあちゃんは小学校の先生やったって、前から言うてたからな。本当ほんまにありそうな話ではあるわな」

「おばあちゃんが先生してた学校って、もう廃校になったんやったっけ?」

 以前に聞いた記憶を引っ張りだせば、父はパンを片手に頷いた。

「そやな。ここ何年もの間で、お父さんも分からんくらいに学校の統廃合が進んださかいにな。菜穂子かて、もう小学校はどこやったかに統合されてるやろ」

「……確かに」

「言うても、建物自体はまだ残ってるわ。今、確か芸術センターか何かになってて、前田珈琲か何処どっかが建物の一角に入ってるはずや」

「へえ……」

 京都を離れて何年かたてば、帰省する都度どこかの店が入れ替わっている。

 かつて祖母が教壇に立っていた小学校が、そんな風に再利用されていることなど菜穂子は今まで知らなかった。

「ちょっと見に行って見ようかな。どうせ、お盆の間ヒマやし」

 行ったからと言って、祖父の説得材料がそう都合よく転がっているはずもないとは思ったものの、このまま夜まで何もしないと言うのもいただけない。

 なるべく不自然に見えないようにと思いながら両親の様子をチラと見ると、父はあっさりと「ええんと違うか」と言って、手にしていたパンを全て口に放り込んだ。

志津屋しづやでも進々堂しんしんどうでもかまへんし、ついでに明日の朝のパン買ってきてくれたら一石二鳥や」

 一方の母はと言えば、父の言葉にまなじりを吊り上げていた。

「何が「一石二鳥」ですの。行くなとは言わへんけど、玄関とか仏壇とか、掃除くらいはしていって貰わな困りますわ。働かざる者食うべからず、ですやろ」

「「……おっしゃる通りです……」」


 そして冷ややかに発せられた一言に、菜穂子と父はぐうの音も出なかったのだった。
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