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第六章 遠い音楽
今宵はここまで
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『ああ……残念ながら、今日は時間切れみたいです』
菜穂子と祖父、それぞれが続ける言葉に困っていたところに、八瀬青年のそんな言葉が間に割って入ってきた。
『『時間切れ?』』
反応した二人の声が揃ってしまったのも、無理からぬことだったかも知れない。
が、八瀬青年は表面上は淡々と『ええ』と頷いていた。
『そろそろ地上は夜が明けるようですから、今晩はここまでです』
『今晩は……って、おまえまだ、ウチの孫をここへ引っ張り込むつもりしとんのか』
おじいちゃんの声が、ちょっと低気圧だ。
引っ張り込むって、人聞き悪いな……と思ったことが伝わったのかどうか、八瀬青年が片手を慌てて左右に振っていた。
『いやいや、変な勘違いせんといて下さい⁉ 今の話、明日また仕切り直ししましょか言うてるだけなんで!』
『何回仕切り直しても、俺の答えは変わらん』
『そうは言うても、お孫さんやないですけど、ご家族でちゃんと話し合わはったことないでしょう? 閻魔王様からも、五山送り火までは強制執行のようなことはしたくない言うて許可貰ってるんですから、ちゃんと話し合いして下さいよ。一方的に「おまえは浄土行きや」とか、言うてるんやのうて。閻魔王様より偉そうとか、勘弁して下さい』
多分「アンタは閻魔さまより偉いんか!」くらい言いたかったのを、だいぶオブラートに包んだような気がした。
そう言えば、祖父に十王庁での働き口はないのかと聞いて貰う件はどうなったんだろう……と、菜穂子が八瀬青年を見やったところ、そこに関してはゆるゆると首を横に振られてしまった。
『言いたいことは分かりますけど、いくらなんでもそんなに早く話が各王のところまでは届きません。明日来て貰ったら、何らかの進展はあると思います』
どうやら八瀬青年は、今この場で詳細を祖父の前で言うつもりはないらしい。
どうせ何を言っても殻に閉じこもっている状態だろうから、まずは祖母も交えて三人で改めて話し合えと言うことなのかも知れない。
『そやけど、明日言われても……』
どうしろと言うのか。
口には出さなかったけど、もちろんそこはちゃんと通じていて「大丈夫です」と八瀬青年は頷いた。
『今日と同じように、私が六道珍皇寺の井戸を行き来出来るよう誘導しますから』
『えっ、でも、おじいちゃんとおばあちゃんは……』
冥土通いの井戸と黄泉がえりの井戸は、生前の小野篁が使った井戸。
既に一度三途の川を渡っている祖父母はどうなるのか。
そう思った菜穂子の疑問にも、八瀬青年は心得ているとばかりに答えてくれた。
『六道珍皇寺の井戸を通れるのは、閻魔王様の許可を得た人間と魂だけ。それ以外は皆、全国に複数あると言われている「黄泉平良坂」を通ります。この道が開くのは、鐘をつこうがつくまいが、鐘をつく時期である八月七日。お盆の陰膳は、大体どの家も八月十三日から供えられるので、それまでの思い思いの日に現世に出るんです』
陰膳の日に戻って行ったり、七日の日から出て実家以外の思い思いの場所を見て回ったりと、そこは本人任せになっているらしい。ただ、五山送り火がある八月十六日に現世を離れることだけは、絶対なのだそうだ。
『まあですから、もう一日二日ここに居はったからと言って問題はないんです。お二人にはまだ地上に向かわずにいて貰って、明日またお孫さんがこっちに来てくれはったら、それで』
『そ、そうですか』
『実際のところ、ご実家には陰膳が供えられるまでは入れませんから。六道珍皇寺のあたりでフラフラされるくらいやったら、高辻先生にはもう何日か賽の河原の子どもと交流して貰う方がよほど有難いです』
ピキリと祖父のこめかみに青筋が立った気がしたけれど、実際のところ、今、祖母がこの場にいないと言うことは、他の部屋どころか迷える子どもたちの様子を見に行った可能性が高い。
多分八瀬青年の性格なら、祖父と話し合っているようで、裏でしれっとそれくらいのことはしているような気がした。
『そのあたりの話も、明日仕切り直しましょう』
ではまた明日――そんな八瀬青年の声と共に、菜穂子の視界は暗転した。
菜穂子と祖父、それぞれが続ける言葉に困っていたところに、八瀬青年のそんな言葉が間に割って入ってきた。
『『時間切れ?』』
反応した二人の声が揃ってしまったのも、無理からぬことだったかも知れない。
が、八瀬青年は表面上は淡々と『ええ』と頷いていた。
『そろそろ地上は夜が明けるようですから、今晩はここまでです』
『今晩は……って、おまえまだ、ウチの孫をここへ引っ張り込むつもりしとんのか』
おじいちゃんの声が、ちょっと低気圧だ。
引っ張り込むって、人聞き悪いな……と思ったことが伝わったのかどうか、八瀬青年が片手を慌てて左右に振っていた。
『いやいや、変な勘違いせんといて下さい⁉ 今の話、明日また仕切り直ししましょか言うてるだけなんで!』
『何回仕切り直しても、俺の答えは変わらん』
『そうは言うても、お孫さんやないですけど、ご家族でちゃんと話し合わはったことないでしょう? 閻魔王様からも、五山送り火までは強制執行のようなことはしたくない言うて許可貰ってるんですから、ちゃんと話し合いして下さいよ。一方的に「おまえは浄土行きや」とか、言うてるんやのうて。閻魔王様より偉そうとか、勘弁して下さい』
多分「アンタは閻魔さまより偉いんか!」くらい言いたかったのを、だいぶオブラートに包んだような気がした。
そう言えば、祖父に十王庁での働き口はないのかと聞いて貰う件はどうなったんだろう……と、菜穂子が八瀬青年を見やったところ、そこに関してはゆるゆると首を横に振られてしまった。
『言いたいことは分かりますけど、いくらなんでもそんなに早く話が各王のところまでは届きません。明日来て貰ったら、何らかの進展はあると思います』
どうやら八瀬青年は、今この場で詳細を祖父の前で言うつもりはないらしい。
どうせ何を言っても殻に閉じこもっている状態だろうから、まずは祖母も交えて三人で改めて話し合えと言うことなのかも知れない。
『そやけど、明日言われても……』
どうしろと言うのか。
口には出さなかったけど、もちろんそこはちゃんと通じていて「大丈夫です」と八瀬青年は頷いた。
『今日と同じように、私が六道珍皇寺の井戸を行き来出来るよう誘導しますから』
『えっ、でも、おじいちゃんとおばあちゃんは……』
冥土通いの井戸と黄泉がえりの井戸は、生前の小野篁が使った井戸。
既に一度三途の川を渡っている祖父母はどうなるのか。
そう思った菜穂子の疑問にも、八瀬青年は心得ているとばかりに答えてくれた。
『六道珍皇寺の井戸を通れるのは、閻魔王様の許可を得た人間と魂だけ。それ以外は皆、全国に複数あると言われている「黄泉平良坂」を通ります。この道が開くのは、鐘をつこうがつくまいが、鐘をつく時期である八月七日。お盆の陰膳は、大体どの家も八月十三日から供えられるので、それまでの思い思いの日に現世に出るんです』
陰膳の日に戻って行ったり、七日の日から出て実家以外の思い思いの場所を見て回ったりと、そこは本人任せになっているらしい。ただ、五山送り火がある八月十六日に現世を離れることだけは、絶対なのだそうだ。
『まあですから、もう一日二日ここに居はったからと言って問題はないんです。お二人にはまだ地上に向かわずにいて貰って、明日またお孫さんがこっちに来てくれはったら、それで』
『そ、そうですか』
『実際のところ、ご実家には陰膳が供えられるまでは入れませんから。六道珍皇寺のあたりでフラフラされるくらいやったら、高辻先生にはもう何日か賽の河原の子どもと交流して貰う方がよほど有難いです』
ピキリと祖父のこめかみに青筋が立った気がしたけれど、実際のところ、今、祖母がこの場にいないと言うことは、他の部屋どころか迷える子どもたちの様子を見に行った可能性が高い。
多分八瀬青年の性格なら、祖父と話し合っているようで、裏でしれっとそれくらいのことはしているような気がした。
『そのあたりの話も、明日仕切り直しましょう』
ではまた明日――そんな八瀬青年の声と共に、菜穂子の視界は暗転した。
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