【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
30 / 67
第五章 木蘭の涙

夜半(よわ)の月かな

しおりを挟む
『そうは言わはりますけど、先生が下京三番組小学校――あ、あの頃はもう明倫国民学校になってたんでしたっけ。とにかくそこに居らした頃はまだ「高辻先生」でしたし、何ならそのまま辞めたはるんですから、仮に僕以外の生徒と今後会わはったとしても、皆「高辻先生」になると思いますけど』

 ――辞めさした張本人が何を仰っているのやら。

 いっそ呆れたような口調の八瀬青年に、祖父はムッとしたように眉根を寄せていた。
 何となくそれだけで、ここまでのやりとりと空気が察せられてしまう。

 多分、最初は彼もやんわりと祖母の話を持ち掛けたんだろうけど、祖父が折れなくて、多少の苛立ちが前に出て来ているのかも知れない。

 孫としては、祖父の味方をするべきなんだろうけど……。

『確かにちょっとでも「深町先生」になった時期があったんなら、おじいちゃんの言い分も通るか知らんけど、そう聞くと八瀬さんの言う通りかもと思えてくるような……?』

『おまえはどっちの味方をしとるんや、菜穂子!』

 いや、だって、どう考えても祖父の言い分の方が理不尽だ。
 そう思ったことは間違いじゃないはず。

 とは言え、自分に非はないとは思うものの、祖父を頑なにしてしまいかねないと言う点では、ちょっと悪手だったかも知れない。

 多分、八瀬青年も同じように思ったんだろう。
 ちょっとバツが悪そうに、人差し指で自分の頬を掻く仕種を見せていた。

『すみません。たかむらさ――閻魔王様からも、私情が入り過ぎひんように気を付けろと言われてたんですけど……』

『あはは……』

 それだけ、祖母にここで先生をやって欲しいと言うことなんだろう。

『そやから! なんでおまえがここにおんのや。まさか本当ほんまに――』

『いやいやいや! 死んでない! 死んでないから! …………だよね?』

 咄嗟に言い返しはしたものの、何となく不安になって八瀬青年を見つめてしまう。

 祖父も私の視線から、八瀬青年が何か関係していると言うことは分かったんだろう。
 まなじりを険しくして振り返っていた。

『はい。六道まいりの鐘つきを利用して、過去にたかむら様が使われた冥土通いの井戸――「道」を、ちょっと使わせてもろてるだけです。話が堂々巡りになりそうだったんで、ここはお孫さんに公正に判断して貰おうかと』

 朝になったら戻れますよ、と肩を竦める八瀬青年にあっさり肯定され、菜穂子はひとまずは胸をなで下ろした。

『何が公正な判断や。まだ死んでもいいひんのやったら、余計にウチの孫に何してくれとんのや。戻れへんようになったりしたら、どないするつもりやった』

 ただ、祖父の方は「はいそうですか」と頷けなかったらしく、八瀬青年を見る目は険しいままだ。

(ああ……もう、多分「おばあちゃんをすぐに成仏させないヤツはみんな敵」くらいに頑なになってそうやなぁ……)

 そう思いながらも「まあまあ、おじいちゃん」としか宥められずにいる。

『別に、私怒ってないから』
『そやけどな……!』
『だって、おじいちゃんの時もおばあちゃんの時も、私は死に目に間に合わへんかったからさ』

 ほろ苦い笑みで真面目に答えてみたところ、気圧されたらしい祖父は「ぐ……」と、黙り込んだ。

『今でも半分夢かも知れん、と思てるところはあるけど。まあでも夢やったとしても、おじいちゃんともおばあちゃんとも会えたのは嬉しいよ』

『菜穂子……』

『おばあちゃんにも言うたけどさ。本音を言えば、病院に着くくらいまでは待っててほしかったよ』

 普通の人間が死に際なんて決められるはずもないのだから、ないものねだりを口にしている自覚はあるのだけれど。それでも。

『そんな孫の顔をちょっとは立ててよ、おじいちゃん。頭ごなしに何でもかんでも却下するんじゃなくてさ』

『何の顔を立てろ言うんや。それも、こんなところまで来て』

『えぇ……だって、今のままやと私、おばあちゃんに味方するよ?』

 とりあえず今の心境を正直に告げてみたところ、祖父が目を瞠って言葉を失くした。

 え。
 まさかこの状況で、自分に賛成してくれると思ってた……?
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...