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第五章 木蘭の涙
夜半(よわ)の月かな
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『そうは言わはりますけど、先生が下京三番組小学校――あ、あの頃はもう明倫国民学校になってたんでしたっけ。とにかくそこに居らした頃はまだ「高辻先生」でしたし、何ならそのまま辞めたはるんですから、仮に僕以外の生徒と今後会わはったとしても、皆「高辻先生」になると思いますけど』
――辞めさした張本人が何を仰っているのやら。
いっそ呆れたような口調の八瀬青年に、祖父はムッとしたように眉根を寄せていた。
何となくそれだけで、ここまでのやりとりと空気が察せられてしまう。
多分、最初は彼もやんわりと祖母の話を持ち掛けたんだろうけど、祖父が折れなくて、多少の苛立ちが前に出て来ているのかも知れない。
孫としては、祖父の味方をするべきなんだろうけど……。
『確かにちょっとでも「深町先生」になった時期があったんなら、おじいちゃんの言い分も通るか知らんけど、そう聞くと八瀬さんの言う通りかもと思えてくるような……?』
『おまえはどっちの味方をしとるんや、菜穂子!』
いや、だって、どう考えても祖父の言い分の方が理不尽だ。
そう思ったことは間違いじゃないはず。
とは言え、自分に非はないとは思うものの、祖父を頑なにしてしまいかねないと言う点では、ちょっと悪手だったかも知れない。
多分、八瀬青年も同じように思ったんだろう。
ちょっとバツが悪そうに、人差し指で自分の頬を掻く仕種を見せていた。
『すみません。篁さ――閻魔王様からも、私情が入り過ぎひんように気を付けろと言われてたんですけど……』
『あはは……』
それだけ、祖母にここで先生をやって欲しいと言うことなんだろう。
『そやから! なんでおまえがここにおんのや。まさか本当に――』
『いやいやいや! 死んでない! 死んでないから! …………だよね?』
咄嗟に言い返しはしたものの、何となく不安になって八瀬青年を見つめてしまう。
祖父も私の視線から、八瀬青年が何か関係していると言うことは分かったんだろう。
眦を険しくして振り返っていた。
『はい。六道まいりの鐘つきを利用して、過去に篁様が使われた冥土通いの井戸――「道」を、ちょっと使わせて貰てるだけです。話が堂々巡りになりそうだったんで、ここはお孫さんに公正に判断して貰おうかと』
朝になったら戻れますよ、と肩を竦める八瀬青年にあっさり肯定され、菜穂子はひとまずは胸をなで下ろした。
『何が公正な判断や。まだ死んでもいいひんのやったら、余計にウチの孫に何してくれとんのや。戻れへんようになったりしたら、どないするつもりやった』
ただ、祖父の方は「はいそうですか」と頷けなかったらしく、八瀬青年を見る目は険しいままだ。
(ああ……もう、多分「おばあちゃんをすぐに成仏させないヤツはみんな敵」くらいに頑なになってそうやなぁ……)
そう思いながらも「まあまあ、おじいちゃん」としか宥められずにいる。
『別に、私怒ってないから』
『そやけどな……!』
『だって、おじいちゃんの時もおばあちゃんの時も、私は死に目に間に合わへんかったからさ』
ほろ苦い笑みで真面目に答えてみたところ、気圧されたらしい祖父は「ぐ……」と、黙り込んだ。
『今でも半分夢かも知れん、と思てるところはあるけど。まあでも夢やったとしても、おじいちゃんともおばあちゃんとも会えたのは嬉しいよ』
『菜穂子……』
『おばあちゃんにも言うたけどさ。本音を言えば、病院に着くくらいまでは待っててほしかったよ』
普通の人間が死に際なんて決められるはずもないのだから、ないものねだりを口にしている自覚はあるのだけれど。それでも。
『そんな孫の顔をちょっとは立ててよ、おじいちゃん。頭ごなしに何でもかんでも却下するんじゃなくてさ』
『何の顔を立てろ言うんや。それも、こんなところまで来て』
『えぇ……だって、今のままやと私、おばあちゃんに味方するよ?』
とりあえず今の心境を正直に告げてみたところ、祖父が目を瞠って言葉を失くした。
え。
まさかこの状況で、自分に賛成してくれると思ってた……?
――辞めさした張本人が何を仰っているのやら。
いっそ呆れたような口調の八瀬青年に、祖父はムッとしたように眉根を寄せていた。
何となくそれだけで、ここまでのやりとりと空気が察せられてしまう。
多分、最初は彼もやんわりと祖母の話を持ち掛けたんだろうけど、祖父が折れなくて、多少の苛立ちが前に出て来ているのかも知れない。
孫としては、祖父の味方をするべきなんだろうけど……。
『確かにちょっとでも「深町先生」になった時期があったんなら、おじいちゃんの言い分も通るか知らんけど、そう聞くと八瀬さんの言う通りかもと思えてくるような……?』
『おまえはどっちの味方をしとるんや、菜穂子!』
いや、だって、どう考えても祖父の言い分の方が理不尽だ。
そう思ったことは間違いじゃないはず。
とは言え、自分に非はないとは思うものの、祖父を頑なにしてしまいかねないと言う点では、ちょっと悪手だったかも知れない。
多分、八瀬青年も同じように思ったんだろう。
ちょっとバツが悪そうに、人差し指で自分の頬を掻く仕種を見せていた。
『すみません。篁さ――閻魔王様からも、私情が入り過ぎひんように気を付けろと言われてたんですけど……』
『あはは……』
それだけ、祖母にここで先生をやって欲しいと言うことなんだろう。
『そやから! なんでおまえがここにおんのや。まさか本当に――』
『いやいやいや! 死んでない! 死んでないから! …………だよね?』
咄嗟に言い返しはしたものの、何となく不安になって八瀬青年を見つめてしまう。
祖父も私の視線から、八瀬青年が何か関係していると言うことは分かったんだろう。
眦を険しくして振り返っていた。
『はい。六道まいりの鐘つきを利用して、過去に篁様が使われた冥土通いの井戸――「道」を、ちょっと使わせて貰てるだけです。話が堂々巡りになりそうだったんで、ここはお孫さんに公正に判断して貰おうかと』
朝になったら戻れますよ、と肩を竦める八瀬青年にあっさり肯定され、菜穂子はひとまずは胸をなで下ろした。
『何が公正な判断や。まだ死んでもいいひんのやったら、余計にウチの孫に何してくれとんのや。戻れへんようになったりしたら、どないするつもりやった』
ただ、祖父の方は「はいそうですか」と頷けなかったらしく、八瀬青年を見る目は険しいままだ。
(ああ……もう、多分「おばあちゃんをすぐに成仏させないヤツはみんな敵」くらいに頑なになってそうやなぁ……)
そう思いながらも「まあまあ、おじいちゃん」としか宥められずにいる。
『別に、私怒ってないから』
『そやけどな……!』
『だって、おじいちゃんの時もおばあちゃんの時も、私は死に目に間に合わへんかったからさ』
ほろ苦い笑みで真面目に答えてみたところ、気圧されたらしい祖父は「ぐ……」と、黙り込んだ。
『今でも半分夢かも知れん、と思てるところはあるけど。まあでも夢やったとしても、おじいちゃんともおばあちゃんとも会えたのは嬉しいよ』
『菜穂子……』
『おばあちゃんにも言うたけどさ。本音を言えば、病院に着くくらいまでは待っててほしかったよ』
普通の人間が死に際なんて決められるはずもないのだから、ないものねだりを口にしている自覚はあるのだけれど。それでも。
『そんな孫の顔をちょっとは立ててよ、おじいちゃん。頭ごなしに何でもかんでも却下するんじゃなくてさ』
『何の顔を立てろ言うんや。それも、こんなところまで来て』
『えぇ……だって、今のままやと私、おばあちゃんに味方するよ?』
とりあえず今の心境を正直に告げてみたところ、祖父が目を瞠って言葉を失くした。
え。
まさかこの状況で、自分に賛成してくれると思ってた……?
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