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第五章 木蘭の涙
雲がくれにし
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『おばあちゃんと、おんなじこと言う……』
確かに、あの世とこの世の境がどうのと言う話が正しければ、ここにいる時点で死んでしまったと思われても仕方がないのかも知れない。
けれど示し合わせたように「まさか死んでしもたんか⁉」と尋ねられた菜穂子は、思わず笑ってしまった。
『笑いごとやないやろ。おまえ、なんでここにおんのや』
扉を開けた八瀬青年に案内されてきたのは、間違いなく、菜穂子の祖父・毅市だった。
『おじいちゃんや……』
『あ⁉』
『いや……うん、本当におじいちゃんなんやなぁ……と』
祖母よりも何年も早く、あの世に行ってしまったはずの祖父。
菜穂子の記憶にあるままの姿で目の前にいることに対して、祖母以上の戸惑いがあったと言うのが正直なところだった。
『閻魔王様の判決を受け入れるか、その先の王の誰かの判決を受け入れて六道の界へ行くまでは、皆さん亡くなった時点での姿なんですよ』
多分、菜穂子が内心で思っていたことに気付いたんだろう。
それとも、死後の裁判を受けにやって来る皆が思うことで、説明に慣れているのか。
祖父の背後で、八瀬青年がそんなフォローを入れてきた。
『六道の界に行くとなった時には、三つの善の方の道に行く者は、いつの時代の姿がいいのか、希望を聞いて貰えますよ。そのままでいいと言う人やら、若い時の恰好がいいと言う人やら、そのあたりは千差万別です』
『え……じゃあ、残り三つの、悪い方の道に行く場合は……?』
『簡単に言えば、その界での責め苦に耐えられる年代の姿ですね』
若いうちに何かをやらかして命を落とした場合はともかくとして、大半は老年に差し掛かるまでの、大人の姿ということらしい。
なかなかの笑顔で八瀬青年が答えたために、菜穂子は思わず表情を痙攣らせてしまった。
このあたり、伊達に閻魔王の筆頭補佐官を名乗ってはいないと言うことなのかも知れない。
『ああ、それと六道の界に行かずに、僕のように官吏になる者たちも、亡くなった時点の年齢までと言う制約は付きますけど、何歳の姿でいたいかと言う希望は聞いて貰えます。まあ――』
そう言って、八瀬青年はチラと祖父の方へと視線を投げた。
『貴女のお祖父様は、六道の界にも行かず官吏でもなく、今風に言えば住所不定無職のフリーターみたいなもんですから、亡くなられて間もない高辻先生と同じように、亡くなった年齢の姿のまま言うことになるんですけどね』
『……っ』
気のせいか、祖父のこめかみに青筋が立ったような気がした。
住所不定無職のフリーター。
さっきから思っていたが、色々と最近広まった単語も知っているのだなと、菜穂子はヘンなところで感心してしまった。
戦後復興期頃に亡くなったと言っていた八瀬青年が、フリーターだのなんだのと、単語を知っているのがちょっと不思議だった。
『おじいちゃんが、フリーターって……』
『あれ、使い方間違えてましたか? ほら、亡くなった人がその時々で色々と知らない単語を持ち込んでくるワケでしょう? 十王庁の各執務室には、そちらで言うところの広辞苑的な辞書が毎年編纂されてましてね』
『な、なるほど……』
聞けば聞くほど、ちゃんと時代に合わせた仕事をしている十王庁。
何なら現代のお役所よりシステムがしっかりしているんじゃなかろうか。
『やかましいわ。俺のことは、どうでもええ。菜穂子がなんでここにおるんやと、俺は聞いとるんや。……それと、八瀬さん』
青筋立てて鋭い視線を送る祖父に、八瀬青年は動じた風もなく「なんでしょう」と、答えていた。
多分、色々な死者と日々対峙していて、どういった態度を相手が取ろうと、ある程度想定の範囲内と言うことなんだろう。
『高辻先生やないて、何回言わせんのや。アレは深町志緒。俺のただ一人の嫁さんや言うとるやろ』
え、おじいちゃん、そっち⁉
孫がここにいる理由の方が、ついでになってない⁉
菜穂子は思わず目を丸くして、祖父を凝視してしまった。
確かに、あの世とこの世の境がどうのと言う話が正しければ、ここにいる時点で死んでしまったと思われても仕方がないのかも知れない。
けれど示し合わせたように「まさか死んでしもたんか⁉」と尋ねられた菜穂子は、思わず笑ってしまった。
『笑いごとやないやろ。おまえ、なんでここにおんのや』
扉を開けた八瀬青年に案内されてきたのは、間違いなく、菜穂子の祖父・毅市だった。
『おじいちゃんや……』
『あ⁉』
『いや……うん、本当におじいちゃんなんやなぁ……と』
祖母よりも何年も早く、あの世に行ってしまったはずの祖父。
菜穂子の記憶にあるままの姿で目の前にいることに対して、祖母以上の戸惑いがあったと言うのが正直なところだった。
『閻魔王様の判決を受け入れるか、その先の王の誰かの判決を受け入れて六道の界へ行くまでは、皆さん亡くなった時点での姿なんですよ』
多分、菜穂子が内心で思っていたことに気付いたんだろう。
それとも、死後の裁判を受けにやって来る皆が思うことで、説明に慣れているのか。
祖父の背後で、八瀬青年がそんなフォローを入れてきた。
『六道の界に行くとなった時には、三つの善の方の道に行く者は、いつの時代の姿がいいのか、希望を聞いて貰えますよ。そのままでいいと言う人やら、若い時の恰好がいいと言う人やら、そのあたりは千差万別です』
『え……じゃあ、残り三つの、悪い方の道に行く場合は……?』
『簡単に言えば、その界での責め苦に耐えられる年代の姿ですね』
若いうちに何かをやらかして命を落とした場合はともかくとして、大半は老年に差し掛かるまでの、大人の姿ということらしい。
なかなかの笑顔で八瀬青年が答えたために、菜穂子は思わず表情を痙攣らせてしまった。
このあたり、伊達に閻魔王の筆頭補佐官を名乗ってはいないと言うことなのかも知れない。
『ああ、それと六道の界に行かずに、僕のように官吏になる者たちも、亡くなった時点の年齢までと言う制約は付きますけど、何歳の姿でいたいかと言う希望は聞いて貰えます。まあ――』
そう言って、八瀬青年はチラと祖父の方へと視線を投げた。
『貴女のお祖父様は、六道の界にも行かず官吏でもなく、今風に言えば住所不定無職のフリーターみたいなもんですから、亡くなられて間もない高辻先生と同じように、亡くなった年齢の姿のまま言うことになるんですけどね』
『……っ』
気のせいか、祖父のこめかみに青筋が立ったような気がした。
住所不定無職のフリーター。
さっきから思っていたが、色々と最近広まった単語も知っているのだなと、菜穂子はヘンなところで感心してしまった。
戦後復興期頃に亡くなったと言っていた八瀬青年が、フリーターだのなんだのと、単語を知っているのがちょっと不思議だった。
『おじいちゃんが、フリーターって……』
『あれ、使い方間違えてましたか? ほら、亡くなった人がその時々で色々と知らない単語を持ち込んでくるワケでしょう? 十王庁の各執務室には、そちらで言うところの広辞苑的な辞書が毎年編纂されてましてね』
『な、なるほど……』
聞けば聞くほど、ちゃんと時代に合わせた仕事をしている十王庁。
何なら現代のお役所よりシステムがしっかりしているんじゃなかろうか。
『やかましいわ。俺のことは、どうでもええ。菜穂子がなんでここにおるんやと、俺は聞いとるんや。……それと、八瀬さん』
青筋立てて鋭い視線を送る祖父に、八瀬青年は動じた風もなく「なんでしょう」と、答えていた。
多分、色々な死者と日々対峙していて、どういった態度を相手が取ろうと、ある程度想定の範囲内と言うことなんだろう。
『高辻先生やないて、何回言わせんのや。アレは深町志緒。俺のただ一人の嫁さんや言うとるやろ』
え、おじいちゃん、そっち⁉
孫がここにいる理由の方が、ついでになってない⁉
菜穂子は思わず目を丸くして、祖父を凝視してしまった。
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