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第五章 木蘭の涙
めぐり逢ひて
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広すぎず、狭すぎず。
窓はないものの息苦しさを感じさせない、適度な木の調度品に囲まれた部屋の中で、菜穂子は縮こまるようにして座っていた。
八瀬青年にこの部屋で待つようにと案内されたのだ。
……いっこうに目が覚める気配がない。
いや、単に菜穂子が夢だと思いたいだけなのかも知れないが。
諦めて受け入れろ、と囁く自分もどこかにいたりする。
祖母を呼びつつ、祖父を官吏として雇用する案を上司に投げつつ、それから戻って来ると八瀬青年は言った。
閻魔の庁にあって、死者の生前の善悪の行為を映し出すという〝浄玻璃の鏡〟と同じ職人が作ったという鏡が十王庁の各王の執務室にはあり、インターネットのライブ中継のごとく、姿を見つつ双方向に会話を交わすことが可能らしい。
思ったより色々と仕組みが現代っぽいなと思う。
(いや、それにしても、まさか京都帰って来て、六道さんで鐘ついた後にこんなことになるとは思わんかったなぁ……)
臨死体験をした覚えはない。ただ体外離脱と言うことならば、睡眠障害や夢の状態、金縛りなんかが絡んできて、一般人にも起き得る現象ではあるらしい。
実際の世の中で研究もされている分野だと言う。
――お盆の奇跡と思っておく方が浪漫があると思いませんか?
と、八瀬青年は微笑って部屋を出て行ったけど。
まあ多分、朝になったところで両親は信じないだろう。
せいぜい「そんな夢を見た」とでも言えば「お盆の時期らしい夢やな」とでも答えて笑ってくれるくらいだろうと思う。
(いや、でも、そもそも朝になってちゃんと起きれるんかな? これ……)
今の状況を考えれば、夜が明けてもここにいるようでは、傍目には意識不明の重体だ。
祖父母と話をした後、いったん帰って、夜にまた来るとかそんな器用なことは出来るんだろうか。
そんなことをつらつら考えていると、とうとう、ようやく、扉がトントンと叩かれる音が聞こえた。
『あっ、はい!』
『いいですか? 開けますねー』
まず聞こえたのは八瀬青年の声だった。
扉が開いたところで『先生、お孫さん、この部屋に居はりますよ』と誰かに話しかけているのが聞こえる。
『孫……って、菜穂子がここに?』
『!』
聞こえた声は、間違いなく菜穂子の知る祖母・志緒の声だ。
思わずその場で立ち上がってしまうくらいには動揺していたんだろうと思う。
そして扉が大きく開いて、まず八瀬青年が顔を出した。
扉に手をあてたまま『どうぞ』と後ろにいた誰かを通す仕種を見せ――現れたのは、菜穂子が会いたくて、会いたくて、そして最期に間に合わなかった――大好きな祖母が、本当に、そこにいた。
『おばあちゃん……っ!!』
『……おや、まあ』
夢でもいい。
こんな夢なら大歓迎だ。
菜穂子は思わず走って抱きつこうとしたものの、その手前で何故か八瀬青年にやんわりと遮られてしまった。
『申し訳ない。ここは地上の世界と勝手が違いますから、同じように触れたり抱きついたり、言うのはちょっと難しいんですよ』
『え……』
『そっと手を出して貰ったら、綿菓子の綿を触るくらいの感覚はあると思いますけど、それが多分精一杯やと思いますよ』
そうか。
それも夢の世界であれば仕方がないのかも知れない。
『おばあちゃん……』
菜穂子は祖母に近付いて、小さな両の手にそっと触れた。
『あんた……まさか死んでしもたんか?』
目を丸くしている祖母に、菜穂子は思わず泣き笑いの表情になっていた。
『おばあちゃん、第一声がそれ? 私、めっちゃ会いたかったのに。せめて「元気やったか?」とか、もっと何か……』
『そやかて……』
もごもごと言い淀んでいる祖母に、八瀬青年が軽く手を叩いて話を止めた。
『まあ、とりあえず二人とも座って下さい。立ち話もなんですから』
確かに、話したいことなら八瀬青年からのお願いごと以外にもあれやこれやとある。
菜穂子もぶんぶんと首を縦に振って『おばあちゃん、座ろ座ろ』と、声をかけた。
窓はないものの息苦しさを感じさせない、適度な木の調度品に囲まれた部屋の中で、菜穂子は縮こまるようにして座っていた。
八瀬青年にこの部屋で待つようにと案内されたのだ。
……いっこうに目が覚める気配がない。
いや、単に菜穂子が夢だと思いたいだけなのかも知れないが。
諦めて受け入れろ、と囁く自分もどこかにいたりする。
祖母を呼びつつ、祖父を官吏として雇用する案を上司に投げつつ、それから戻って来ると八瀬青年は言った。
閻魔の庁にあって、死者の生前の善悪の行為を映し出すという〝浄玻璃の鏡〟と同じ職人が作ったという鏡が十王庁の各王の執務室にはあり、インターネットのライブ中継のごとく、姿を見つつ双方向に会話を交わすことが可能らしい。
思ったより色々と仕組みが現代っぽいなと思う。
(いや、それにしても、まさか京都帰って来て、六道さんで鐘ついた後にこんなことになるとは思わんかったなぁ……)
臨死体験をした覚えはない。ただ体外離脱と言うことならば、睡眠障害や夢の状態、金縛りなんかが絡んできて、一般人にも起き得る現象ではあるらしい。
実際の世の中で研究もされている分野だと言う。
――お盆の奇跡と思っておく方が浪漫があると思いませんか?
と、八瀬青年は微笑って部屋を出て行ったけど。
まあ多分、朝になったところで両親は信じないだろう。
せいぜい「そんな夢を見た」とでも言えば「お盆の時期らしい夢やな」とでも答えて笑ってくれるくらいだろうと思う。
(いや、でも、そもそも朝になってちゃんと起きれるんかな? これ……)
今の状況を考えれば、夜が明けてもここにいるようでは、傍目には意識不明の重体だ。
祖父母と話をした後、いったん帰って、夜にまた来るとかそんな器用なことは出来るんだろうか。
そんなことをつらつら考えていると、とうとう、ようやく、扉がトントンと叩かれる音が聞こえた。
『あっ、はい!』
『いいですか? 開けますねー』
まず聞こえたのは八瀬青年の声だった。
扉が開いたところで『先生、お孫さん、この部屋に居はりますよ』と誰かに話しかけているのが聞こえる。
『孫……って、菜穂子がここに?』
『!』
聞こえた声は、間違いなく菜穂子の知る祖母・志緒の声だ。
思わずその場で立ち上がってしまうくらいには動揺していたんだろうと思う。
そして扉が大きく開いて、まず八瀬青年が顔を出した。
扉に手をあてたまま『どうぞ』と後ろにいた誰かを通す仕種を見せ――現れたのは、菜穂子が会いたくて、会いたくて、そして最期に間に合わなかった――大好きな祖母が、本当に、そこにいた。
『おばあちゃん……っ!!』
『……おや、まあ』
夢でもいい。
こんな夢なら大歓迎だ。
菜穂子は思わず走って抱きつこうとしたものの、その手前で何故か八瀬青年にやんわりと遮られてしまった。
『申し訳ない。ここは地上の世界と勝手が違いますから、同じように触れたり抱きついたり、言うのはちょっと難しいんですよ』
『え……』
『そっと手を出して貰ったら、綿菓子の綿を触るくらいの感覚はあると思いますけど、それが多分精一杯やと思いますよ』
そうか。
それも夢の世界であれば仕方がないのかも知れない。
『おばあちゃん……』
菜穂子は祖母に近付いて、小さな両の手にそっと触れた。
『あんた……まさか死んでしもたんか?』
目を丸くしている祖母に、菜穂子は思わず泣き笑いの表情になっていた。
『おばあちゃん、第一声がそれ? 私、めっちゃ会いたかったのに。せめて「元気やったか?」とか、もっと何か……』
『そやかて……』
もごもごと言い淀んでいる祖母に、八瀬青年が軽く手を叩いて話を止めた。
『まあ、とりあえず二人とも座って下さい。立ち話もなんですから』
確かに、話したいことなら八瀬青年からのお願いごと以外にもあれやこれやとある。
菜穂子もぶんぶんと首を縦に振って『おばあちゃん、座ろ座ろ』と、声をかけた。
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