【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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第四章 手つかずの世界

この世とあの世をつなぐ場所(9)

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 基本的に、三途の川は一方通行。次の王の下へと渡ってしまえば戻ることは出来ない。
 例外は、王自身と十王庁の上位官吏のみ。

 ならば、お盆の時期はどうやって先祖の魂が現世の家族のところに戻っているのかと言えば、小野篁が宮中と閻魔の庁とを行き来していた時代に、当時の閻魔王から、塔婆供養と迎え鐘を用いて亡き先祖を再びこの世へ迎える法儀「精霊迎えの法」を授かって実行したところから始まっているのだと言う。

 六道珍皇寺境内地蔵堂前の「賽の河原」を模した場所での水回向、それを行うことで実際の賽の河原と空間が繋がり、三途の川を行き来することなく、あの世とこの世の行き来が可能になるのだそうだ。

『……だから、お盆の「六道まいり」の時期だけ、あの世からご先祖様が戻って来るって言われてるんですね』

 具体的な法儀のやり方は、聞いたとて分からないだろうから、菜穂子も深くは聞かない。

 何となくそう理解しただけのことで、八瀬青年も細かな訂正はしなかったのだから、それほど間違って認識はしていないと言うことだろう。

『ちなみに、五山送り火を過ぎてもあの世に戻らない魂ってあるんですか?』

 純粋な好奇心で菜穂子が聞いてみたところ、八瀬青年は「いいえ」と首を横に振った。

『五山の送り火言うからには、文字通り魂をあの世に「送る」火になります。現世の方は追悼の意を込めて祈らはりますが、その後押しもあって、送られる側は基本的に強制送還ですよ』

『な、なるほど』

 黄泉平良坂でも、振り返れば冥府に引き込まれてしまうとの言い伝えがあるくらいだ。
 よほど死者の国からの「引き」の方が強いと言うことなんだろう。

『あ、じゃあさっき六道さんで鐘をついてきたから、おじいちゃんもおばあちゃんも、もう深町家に戻って来れるっていうことで合ってます?』

『合ってます。逆に言えば、今がその時期であるが故に、我々十王庁の側からは、五山送り火が終わるまで高辻先生とも、貴女のお祖父様とも話が出来ない――いうことになるんです』

 それで貴女への「お願い」という話になったわけなんです。

 そう言って私の目を覗き込む八瀬青年の目も、また真剣だった。

『確かに祖先の霊が、あの世からこの世に戻る時期ですが、それを自身の目で確かめられる人はいません。皆が皆、祖先の霊を視認出来たら世の中パニックです』

『た、確かに』

 毎年鐘をついたり、お盆の飾りつけをしたりしているが、菜穂子自身「祖先の霊」なるものにお目にかかったことはない。

 家族も、恐らく世の中の皆も「帰ってきている」と信じて、お盆行事を執り行っているはずだ。

 霊能者だの陰陽師だのと呼ばれる人種であれば見えるのかも知れないが、そもそもそう言った人種は、どうしても胡散臭さが先に立ってしまうから、あとは「信じる気持ち」が全てなんだろう。

お孫さんアナタも、さすがに地上で普通に生活をしてらっしゃる限りは、お祖父様にもお祖母様にも会えませんし、話せません』

『え、じゃあ……』

『だから、ここへお招きしたんですよ』

 ここ、のところで足元を指さすようにしながら、八瀬青年が菜穂子の言葉を遮った。

たかむら様――当代いまの閻魔王様が、地上から通われていた時の法儀を特別に復活使用させて貰ってます。魂さえ黄泉への通路を通り抜けられれば、「六道まいり」期間に入った今、先祖の魂と邂逅することが可能になる。要は、お祖父様とお祖母様とも話が出来ると言うことになるんですよ』

『おじいちゃんと、おばあちゃんに……?』

『五山送り火までの期間限定ですけどね』

 前代未聞。初の試み。
 などと、八瀬青年はブツブツと呟いている。

『言い方を変えれば、十王庁がお二人の意思を尊重して、待てるのもそこまでなんですよ。こちらも、慈善事業で六道を回しているわけではありませんからね。そこで決着がつかなければ、十王庁いずれかの王が、問答無用で二人をそれぞれ「庁」あるいは「道」に引っ張り込むことになるでしょう』

『引っ張り込む……』

 要は十王庁の方では、祖母の教師就任は既に決定事項なのだ。

 後は祖父が納得するか、しないか。しないのであれば、五山送り火と共に問答無用で十王庁を離れて六道のどこかに行くことになるということだ。

『高辻先生からのお願いもありますから……一度この館で、お祖父様とお祖母様とにそれぞれ会っていただけますか』

『…………』

 荒唐無稽だ。
 夢の中の出来事としてしまう方が、よほど簡単だ。

 だけど目の前に立つ八瀬青年の表情は真剣だ。

 それよりなにより、菜穂子は祖父とも祖母とも「最期のお別れ」は出来なかったのだ。

 せめて自分の到着を待っていて欲しかったと――直接、伝えることが出来るのなら。

『…………ぜひ』


 そう答えてしまったのは、決して不自然な話ではなかったはずだ。
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