上 下
22 / 67
第四章 手つかずの世界

この世とあの世をつなぐ場所(7)

しおりを挟む
『貴女のお祖父様は、元は区役所勤務だったとか。なので初江王様は、書類整理や三途の川の見張りなんかの雑用を振って、お祖母様を待つことをお認めになられたみたいで』

 そんな祖父は、自分が辿った死後裁判の経験から、祖母には閻魔王の審議が済んだところで、しかるべき六道の界へと進んで貰おうと考えていたらしい。

 というのも、前の四人は死者の生前の行いを確認していて、五人目の閻魔王のところで最初の判断が下されるからだと、八瀬青年は言う。

 そこで不服があれば、その次の変成王、泰山王のところで再度審議され、それでも決着がつかない場合に、都市王、五道転輪王とが審議を行うのだそうだ。

 つまり、判決に納得をしているならば、五人の王と会うだけで六道の界に向かう場合もあると言うことだ。

 祖父は、戦争に行った自分はともかく、祖母は六道の界の悪とされる三道に行くことはないだろうと信じ切っていたらしい。

『……実際はどうだったんですか?』

 祖父と祖母の裁判は、それぞれどんな判決が用意されていたのか。
 気になった菜穂子が聞けば、八瀬青年は人差し指を口元に立てて、首を軽く横に振った。

『個人情報ですから。たとえお孫さんと言えど、お伝えは出来かねます』

『あ……まあ、そりゃそうですね……』

『ただ、今回は裁判以前の話ではあるんですよ。なんと言っても、僕が初江王様のところまで赴いたわけなんですから』

『ああ、えっと……賽の河原にいる子どもたちのお世話っていう話……』

『だってほら、元小学校教師ですよ? そりゃ、そんな死者はいっぱいいる言われたらそれまでですけど、閻魔王様の筆頭補佐官たる僕が知っている教師は、高辻先生だけ。他の補佐官たちは誰も、自分が教わった先生にお願いをしようなどとは思いつかなかったし、今まではそこまでの問題にはなってなかった』

 八瀬青年がその話を閻魔王に通した後で、他の補佐官も小学校や幼稚園の先生を六道の界で探してみたらどうかと言う話も出たらしいが、何ぶん前例もないことなので、まずは言い出した八瀬青年の推す、菜穂子の祖母に引き受けて貰って、様子を見てみようとの話に落ち着いたのだと言う。

『それで話をしに行ったら、おじいちゃんがいた――と』

『そうなんですよ。しかも、さぁ次の王のところに行こう! ぱぱっと閻魔王様のところまで行って、次の輪廻の輪に入ろう! と、それはもう凄い勢いでまくしたてていらっしゃるところに遭遇してしまって』

 祖母を待って、待って、待ち続けた祖父は、ようやく会えたと言わばテンション爆上がりの状態で、さあ天道界(天国)へ! と言わんばかりの勢いだったらしい。

『そんなところにですよ、僕が「子どもたちの先生になってくれ」なんて言いに行ったら、どうなると思います?』

『どうなるって……あ、おじいちゃん、もしかして反対したとか……?』

 菜穂子の問いかけに、八瀬青年が何とも言えない表情になる。
 ……それが、答えだ。

『苦労して戦後を乗り越えて、子どもを育てて、孫の成長をここまで見守ってきた。もう十分やろう。これ以上働かすな――とね。まあ、言うてはることは分からなくもないんですが』

『ないんですが……?』

『何が苦労かなんて、人それぞれでしょうに。それって、貴女のお祖父様の思う苦労であって、先生がそう思っているとは限らないと思いませんか』

『…………』

 確かに、と菜穂子も思った。
 ただそれと同時に、その理屈は祖父は認めないだろうな、とも思う。

 こうと決めたら梃子でも動かない、頑固な一面を祖父は持っていたからだ。
 そして大抵、そんな時は祖母や周りの家族が折れていた気がする。

『あの、おばあちゃんは何て言ってるんですか……?』

 やっぱり折れたんだろうか。
 とは言え、それならわざわざ八瀬青年は菜穂子に声をかけたりするだろうか。

 菜穂子は固唾を呑んで、八瀬青年の言葉の続きを待った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

プラトニック添い寝フレンド

天野アンジェラ
ライト文芸
※8/25(金)完結しました※ ※交互視点で話が進みます。スタートは理雄、次が伊月です※ 恋愛にすっかり嫌気がさし、今はボーイズグループの推し活が趣味の鈴鹿伊月(すずか・いつき)、34歳。 伊月の職場の先輩で、若い頃の離婚経験から恋愛を避けて生きてきた大宮理雄(おおみや・りおう)41歳。 ある日二人で飲んでいたら、伊月が「ソフレがほしい」と言い出し、それにうっかり同調してしまった理雄は伊月のソフレになる羽目に。 先行きに不安を感じつつもとりあえずソフレ関係を始めてみるが――? (表紙イラスト:カザキ様)

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

8月のサバイバー~ヘンゼル&グレーテルのお留守番チャレンジ~

壱邑なお
ライト文芸
父親とは別居中の母親と暮らす、小学生の兄と妹、大雅と杏。 急遽1週間の出張に出かけた、母親の留守中に。 いきなり家電が壊れたり、保護者代理が足止めされたり......次々と起こる、予想外な出来事! そんなある日、スーパーのお惣菜売り場で、大雅に運命の出会いが。 生真面目なクールイケメン兄と、お気楽きゅるんな妹。 森で迷ったヘンゼルとグレーテルみたいな2人は、真夏のお留守番チャレンジを乗り切れるのか? ほんのり初恋風味の、ほっこりストーリーです♪ ※番外編『ほしこよい』を完結しました。(2024/7/19) ※番外編2『あまつかぜ』を完結しました。(2024/8/23) ※番外編3『くものみね 』を完結しました。(2024/9/27) ※ 番外編4『万聖節』を完結しました。(2024/10/25) ※番外編5『待降節 』を完結しました(2024/12/20) ※番外編6『生誕祭』を完結しました(2024/12/30) 表紙絵は、あさぎ かな様(XID: @Chocolat02_1234)作。

灰かぶり姫の落とした靴は

佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、30手前にして自身の優柔不断すぎる性格を持て余していた。 春から新しい部署となった茉里は、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。順調に彼との距離を縮めていく茉莉。時には、職場の先輩である菊地玄也の助けを借りながら、順調に思えた茉里の日常はあることをきっかけに思いもよらない展開を見せる……。 第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。

ナツキス -ずっとこうしていたかった-

帆希和華
ライト文芸
 紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。  嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。  ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。  大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。  そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。  なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。  夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。  ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。  高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。      17才の心に何を描いていくのだろう?  あの夏のキスのようにのリメイクです。  細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。  選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。   よろしくお願いします!  

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

処理中です...