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第三章 うたかた歌
この世とあの世をつなぐ場所(4)
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『体外離脱……?』
幽体離脱なら聞くが、体外離脱とは?
そう思ったのが表情に出たのか、八瀬青年が補強説明をしてくれた。
なるほど、まだ目は醒めそうにないということかと、菜穂子は若干げんなりとする。
『幽体離脱の方が皆さんオカルトモノで馴染みがあるのかも知れませんが、基本的に幽体離脱いうのは、離脱している状態の時はその自覚がない、いうことなんですよ。けど今は「意識が体から抜け出してる」自覚があるでしょう? だから、体外離脱』
同じ「意識が身体を離れた」状態でも、本人の自覚の有無で呼び方が変わると言うことらしい。
『えっ……っていうか、どっちにしても私、今、意識が身体から離れた状態いうことですか⁉』
思わず菜穂子は叫んでしまったが、八瀬青年の方は「そういうことです」と、あっけらかんとしたものだった。
『それが証拠にほら、パジャマ着てるわけでもないし、何も着てないわけでもないでしょう? そういう時は大体、本人のお気に入りとか、ついさっきまで着てた服とかが意識に反映されるんですよ』
軽く手のひらを向けられてみれば、なるほどお気に入りとまでは言わないが、菜穂子の恰好は昼間と同じ恰好だ。
『まあ、ここでお気に入りが浮かばないということは、根っからの興味は洋服に対して持ってない言うことでしょうね。お洒落への関心が薄い。あるいはめんどくさい』
『……放っといて下さい』
確かに菜穂子の洋服の基準は、脱ぎ着がしやすいとか、ゆとりがあって楽そうとか、そう言った基準かも知れない。
デートの予定すらなければ、益々そうなっていてもおかしくはなかった。
(くっ)
声には出さなかったけど、自分への自虐ネタにちょっと凹んでしまう。
『あの、八瀬さん』
このままだと話がいつまでたっても脱線したままになりそうな気配だったので、菜穂子は自分を落ち着かせる意味もこめて、八瀬青年へと話しかけた。
『ああ、そうでした、そうでした。何で今こうなってるのかっていう話でしたよね』
『思い出して貰ったなら、良かったです』
別に厭味を言いたかったわけじゃないが、多少は通じていて欲しいとの思いもあった。
そしてどうやら本題に戻ってくれそうだったので、諦め半分で菜穂子は八瀬青年の話の続きを聞くことにした。
『このご時世、死後裁判ひとつとっても手続きが煩雑化していましてね。昔と違ってやれテレビだ小説だとあるでしょう? 死者の側にも知恵がついて、やれ証拠を出せだの冤罪だなどと文句を言う輩が増えて、判決ひとつ出すのにも紆余曲折が生じるわけなんですよ』
『は、はあ』
『そうすると、王を補佐する官吏の数が圧倒的に足りなくなるわけです』
『あれ、でも閻魔様のところには、死者の生前の行いを映し出す特殊な鏡がある……いう話じゃなかったですか?』
確か「浄玻璃の鏡」と言って真実をありのままに映し出すために、生前の行動を誤魔化せない――とか何とか。
その程度は菜穂子も聞いたことがある。
ただそれを伝えると、八瀬青年はちょっと困ったように肩をすくめていた。
『基本はね、閻魔帳を見ながら本人の善いことやら悪いことやらを確認して、本人の認否をとって沙汰を下されるんですよ。認めたことでも認めなかったことでも、どちらに対してでも嘘があると分かれば、その時点で鏡の出番というわけなんですが』
確かに刑事ドラマでも、誰かを庇ってやっていないことをやったと言っているシーンはあるわけだから、そのあたりも含めた見極めは必要なのかも知れない。
閻魔帳には真実が書かれているそうなので、誰かをかばおうと、自分可愛さであろうと、嘘をついた時点で鏡による嘘の証明が手続きとしては必要になるらしい。
嘘かホントか、夢のつづきにまだ思えるけど、でもなぁ……と思っていると、八瀬青年はそのまま話を続けた。
『するとほら、この時点で一人当たりにかかる裁判時間は伸びてしまうでしょう? 鏡を見てなお、本人が異議申し立てをしたりすれば、更に延びる。いきおい、事務的作業はどんどん後回しになっていくわけです。結果、今生じているのが、慢性的な官吏不足』
『……なるほど』
何とも人間社会の縮図のようだ。
『そして官吏不足にも困っているんですけど、更に困っているのが、賽の河原で石積みをしながら順番待ちをする、子どもの死者の面倒をみてくれる者が足りないということ』
『子ども……』
『それはね、人間が皆、年の順番に亡くなっていけばいいんでしょうが、なかなかそうもいかないわけですし』
そう言った八瀬青年の表情は、やや曇っている。
親よりも先に命を落とす子ども。
確かにそれは、ゼロではないだろう。
『賽の河原の石積み……って、あまりいい印象がないんですが』
『確かにもともとは、親より先に死んだ子は親不孝だ……と言って、石を積ませる、途中で崩す、を繰り返して罰を与えるという話ではあったんですけどね。長い年月、親の手にかかってしまう子や、事故に巻き込まれる子だって出てきますからね。自分ではどうしようもない理由で命を落とす子ども。そんな子らまでまとめて罰を与えるのはどうなんだ、ってかなりの間十王庁でも議論されてきたんですよ』
つくづく、人間社会に近い体制が取られているんだなと、妙に菜穂子は感心してしまう。
『そのままにしておいたら、子どもが石を積むたびに担当官吏が全部潰していく構図は変わらないでしょう? だからまあ、それをしなくちゃいけない子どもと、必要のない子どもとで、待機の間にやることを変えてもいいんじゃないかという話が浮上しまして』
しかも相当、話は具体的だ。
夢と言い切っていいのか……と迷いはじめたところに、八瀬青年がとどめのように「そこで、貴女のお祖母さんです」と、口を開いた。
幽体離脱なら聞くが、体外離脱とは?
そう思ったのが表情に出たのか、八瀬青年が補強説明をしてくれた。
なるほど、まだ目は醒めそうにないということかと、菜穂子は若干げんなりとする。
『幽体離脱の方が皆さんオカルトモノで馴染みがあるのかも知れませんが、基本的に幽体離脱いうのは、離脱している状態の時はその自覚がない、いうことなんですよ。けど今は「意識が体から抜け出してる」自覚があるでしょう? だから、体外離脱』
同じ「意識が身体を離れた」状態でも、本人の自覚の有無で呼び方が変わると言うことらしい。
『えっ……っていうか、どっちにしても私、今、意識が身体から離れた状態いうことですか⁉』
思わず菜穂子は叫んでしまったが、八瀬青年の方は「そういうことです」と、あっけらかんとしたものだった。
『それが証拠にほら、パジャマ着てるわけでもないし、何も着てないわけでもないでしょう? そういう時は大体、本人のお気に入りとか、ついさっきまで着てた服とかが意識に反映されるんですよ』
軽く手のひらを向けられてみれば、なるほどお気に入りとまでは言わないが、菜穂子の恰好は昼間と同じ恰好だ。
『まあ、ここでお気に入りが浮かばないということは、根っからの興味は洋服に対して持ってない言うことでしょうね。お洒落への関心が薄い。あるいはめんどくさい』
『……放っといて下さい』
確かに菜穂子の洋服の基準は、脱ぎ着がしやすいとか、ゆとりがあって楽そうとか、そう言った基準かも知れない。
デートの予定すらなければ、益々そうなっていてもおかしくはなかった。
(くっ)
声には出さなかったけど、自分への自虐ネタにちょっと凹んでしまう。
『あの、八瀬さん』
このままだと話がいつまでたっても脱線したままになりそうな気配だったので、菜穂子は自分を落ち着かせる意味もこめて、八瀬青年へと話しかけた。
『ああ、そうでした、そうでした。何で今こうなってるのかっていう話でしたよね』
『思い出して貰ったなら、良かったです』
別に厭味を言いたかったわけじゃないが、多少は通じていて欲しいとの思いもあった。
そしてどうやら本題に戻ってくれそうだったので、諦め半分で菜穂子は八瀬青年の話の続きを聞くことにした。
『このご時世、死後裁判ひとつとっても手続きが煩雑化していましてね。昔と違ってやれテレビだ小説だとあるでしょう? 死者の側にも知恵がついて、やれ証拠を出せだの冤罪だなどと文句を言う輩が増えて、判決ひとつ出すのにも紆余曲折が生じるわけなんですよ』
『は、はあ』
『そうすると、王を補佐する官吏の数が圧倒的に足りなくなるわけです』
『あれ、でも閻魔様のところには、死者の生前の行いを映し出す特殊な鏡がある……いう話じゃなかったですか?』
確か「浄玻璃の鏡」と言って真実をありのままに映し出すために、生前の行動を誤魔化せない――とか何とか。
その程度は菜穂子も聞いたことがある。
ただそれを伝えると、八瀬青年はちょっと困ったように肩をすくめていた。
『基本はね、閻魔帳を見ながら本人の善いことやら悪いことやらを確認して、本人の認否をとって沙汰を下されるんですよ。認めたことでも認めなかったことでも、どちらに対してでも嘘があると分かれば、その時点で鏡の出番というわけなんですが』
確かに刑事ドラマでも、誰かを庇ってやっていないことをやったと言っているシーンはあるわけだから、そのあたりも含めた見極めは必要なのかも知れない。
閻魔帳には真実が書かれているそうなので、誰かをかばおうと、自分可愛さであろうと、嘘をついた時点で鏡による嘘の証明が手続きとしては必要になるらしい。
嘘かホントか、夢のつづきにまだ思えるけど、でもなぁ……と思っていると、八瀬青年はそのまま話を続けた。
『するとほら、この時点で一人当たりにかかる裁判時間は伸びてしまうでしょう? 鏡を見てなお、本人が異議申し立てをしたりすれば、更に延びる。いきおい、事務的作業はどんどん後回しになっていくわけです。結果、今生じているのが、慢性的な官吏不足』
『……なるほど』
何とも人間社会の縮図のようだ。
『そして官吏不足にも困っているんですけど、更に困っているのが、賽の河原で石積みをしながら順番待ちをする、子どもの死者の面倒をみてくれる者が足りないということ』
『子ども……』
『それはね、人間が皆、年の順番に亡くなっていけばいいんでしょうが、なかなかそうもいかないわけですし』
そう言った八瀬青年の表情は、やや曇っている。
親よりも先に命を落とす子ども。
確かにそれは、ゼロではないだろう。
『賽の河原の石積み……って、あまりいい印象がないんですが』
『確かにもともとは、親より先に死んだ子は親不孝だ……と言って、石を積ませる、途中で崩す、を繰り返して罰を与えるという話ではあったんですけどね。長い年月、親の手にかかってしまう子や、事故に巻き込まれる子だって出てきますからね。自分ではどうしようもない理由で命を落とす子ども。そんな子らまでまとめて罰を与えるのはどうなんだ、ってかなりの間十王庁でも議論されてきたんですよ』
つくづく、人間社会に近い体制が取られているんだなと、妙に菜穂子は感心してしまう。
『そのままにしておいたら、子どもが石を積むたびに担当官吏が全部潰していく構図は変わらないでしょう? だからまあ、それをしなくちゃいけない子どもと、必要のない子どもとで、待機の間にやることを変えてもいいんじゃないかという話が浮上しまして』
しかも相当、話は具体的だ。
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