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第二章 暮れてゆく空は
美人神社
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「あ、帰る前に若宮さんも寄っとこうかな」
六道珍皇寺で鐘をついて、さて家に帰ろうかと山門を出たところで、菜穂子はふと思い直して方向転換をした。
五条坂の途中にあることと、陶祖神が祀られていることで「陶器神社」としてこの時期は特に賑わっているのだが、普段は「美貌の神」と呼ばれるほどの神が合祀されているために「美人神社」としての通りの方がいい側面も持っていた。
美の神社としては、嵯峨野にある河合神社の方がTVなどでもよく取り上げられて、知名度も全国区だ。
ただ夏休み中の嵐山・嵯峨野となれば、お参り以前に人ごみに酔ってしまうことが想像出来る。
実際授与品に関しても、陶芸上達守はもちろんのこと、美の鏡御守りや永遠の美ハート御守と言った、美の神様の御力を授かろうとの願いがこもった御守が複数販売されていて、境内は陶芸家と思しき人たちと若い女性の観光客とが入り混じっている状態だった。
(美の鏡御守りってコンパクト鏡かぁ……学生にはちょっと値が張るけど……あ、美貌の肌守も捨てがたいな。でも、なんかガツガツしてるみたいやし、鳩付きストラップ御守の方がいい……?)
多分、菜穂子と同じように考えて、悩んでいる女性の参拝客は多い筈だ。
あっさりと陶芸上達の御守を手にする参拝客とは明らかに一線を画す形で、並べられている御守をランランとした目で眺めている女性客の多いことと言ったら。
菜穂子の方がむしろ気圧されてしまって、あまり長時間悩むことはせず、最終的には鳩付きストラップ御守と美貌の肌守をこっそり忍ばせる方向でいくことにした。
鳩付きストラップ御守を見ながら、そう言えば若宮八幡宮に限らず、八幡宮と名の付く神社には鳩関連の授与品が多いな……と、菜穂子は思った。
立て看板の内容をナナメ読みすれば、日本で最も普及した神社信仰と言われている八幡信仰だが、古来より諸説多く、鳩に関しても鎌倉時代には既に鳩が八幡神の化身や使いであると認識されていたようだ。
一説によると平安時代、本宮である大分・宇佐八幡宮から八幡大神を全国に勧請する際、道案内をしたのが白い鳩だったからであり、その説が有力だとも言う。
元々は土着の神だった八幡様だが、農耕の神、武運の神として、特に源氏の流れを汲む武士たちの間であっと言う間に信仰が広がったことで、今となっては伊勢、天神、稲荷といったメジャーどころの信仰を上回るほどの社が国内では建立されているらしい。
「――あ、鏡」
近くにいた誰かの声に、ふと菜穂子も視線を動かした。
〝身も心も美しく〟
そんなことが掛かれた石の立て札の隣に、こちらも外枠が石で出来ている等身大の鏡が置かれていた。
「自分の姿を映したら、自分の本当の美しさを映しだすって言われてるらしいよー?」
「えぇー? ちょっと怖いなぁ……ホラー映画の怨霊みたいな姿が映し出されたら、どないしてくれるんよー」
20代後半のOL二人、と言ったところだろうか。
互いの肘を突き合いながら、鏡の前に立つの立たないのと言いあっている。
「分からんよ? めっちゃ、美人さんに映るかも知れへんやん」
「えぇ……」
どうするんだろうと、菜穂子も何となく歩く速度を落として様子を窺っていると、顔を見合わせた二人組は、二人一緒に端からおずおずと鏡を覗き込んでいた。
「いやいやいや! じっくり覗き込むのは、やめとこ!」
「おかしな景色映ってなかった! うん、そういうことにしとこ!」
結局、映ったのか、映らなかったのか。
それともチラッと顔を覗かせただけで、すぐさま引っ込めてしまったのか。
こちらからは確認出来ないまま、二人は明るい笑い声をあげながら走り去ってしまった。
「…………」
気付けば菜穂子の方が、鏡のすぐ近くまで来ていた。
(ま、まあ、六道さん帰りやから言うて、おかしなモンは写らへんよね!)
普通なら気にしないだろうが、何せ今は迎え鐘をついてきたばかり。
妙に背筋が寒くなってしまう。
(いや、必要以上に美人には写らんでいい! 普通でいい、普通で!)
あるがままに映って、性根が腐ってないとホッと出来れば、それでいい。
どのみち、同じように鏡の前に立ってみようとしている参拝客がいるのだから、そうそう悩んでもいられないし、必要以上に怖がらなくてもいいんだろうと思う。
胸に手をあてて、深呼吸をしてから、菜穂子は鏡の前に立った。
「⁉」
鏡に写った自分は、今日家を出たそのままの姿だ。
顔の一部が無くなっているとか、TVで見たような、髪の長い怨霊が自分の代わりに写っているとか、そんなことはなかったので、とりあえず息をつこうとして――ふと、鏡の奥、自分の位置からすると背後の奥の方に、一人青年が立っている……ような気がして、目を見開いた。
「……っ」
慌てて背後を振り返ったけれど、その視線の先には、菜穂子が見たと思った青年の姿はもうなかった。
(え……一瞬通り過ぎた観光客とか……? あ、いや、うん、観光客やと思っておこうかな)
深く追求しないでおこう。
菜穂子はそう決意した。
「……うん、帰ろ」
今度こそ、実家に帰ろう。
菜穂子は帰ってからも鏡の話だけは家族にせず、頭から布団をかぶって休むことにしたのだった。
六道珍皇寺で鐘をついて、さて家に帰ろうかと山門を出たところで、菜穂子はふと思い直して方向転換をした。
五条坂の途中にあることと、陶祖神が祀られていることで「陶器神社」としてこの時期は特に賑わっているのだが、普段は「美貌の神」と呼ばれるほどの神が合祀されているために「美人神社」としての通りの方がいい側面も持っていた。
美の神社としては、嵯峨野にある河合神社の方がTVなどでもよく取り上げられて、知名度も全国区だ。
ただ夏休み中の嵐山・嵯峨野となれば、お参り以前に人ごみに酔ってしまうことが想像出来る。
実際授与品に関しても、陶芸上達守はもちろんのこと、美の鏡御守りや永遠の美ハート御守と言った、美の神様の御力を授かろうとの願いがこもった御守が複数販売されていて、境内は陶芸家と思しき人たちと若い女性の観光客とが入り混じっている状態だった。
(美の鏡御守りってコンパクト鏡かぁ……学生にはちょっと値が張るけど……あ、美貌の肌守も捨てがたいな。でも、なんかガツガツしてるみたいやし、鳩付きストラップ御守の方がいい……?)
多分、菜穂子と同じように考えて、悩んでいる女性の参拝客は多い筈だ。
あっさりと陶芸上達の御守を手にする参拝客とは明らかに一線を画す形で、並べられている御守をランランとした目で眺めている女性客の多いことと言ったら。
菜穂子の方がむしろ気圧されてしまって、あまり長時間悩むことはせず、最終的には鳩付きストラップ御守と美貌の肌守をこっそり忍ばせる方向でいくことにした。
鳩付きストラップ御守を見ながら、そう言えば若宮八幡宮に限らず、八幡宮と名の付く神社には鳩関連の授与品が多いな……と、菜穂子は思った。
立て看板の内容をナナメ読みすれば、日本で最も普及した神社信仰と言われている八幡信仰だが、古来より諸説多く、鳩に関しても鎌倉時代には既に鳩が八幡神の化身や使いであると認識されていたようだ。
一説によると平安時代、本宮である大分・宇佐八幡宮から八幡大神を全国に勧請する際、道案内をしたのが白い鳩だったからであり、その説が有力だとも言う。
元々は土着の神だった八幡様だが、農耕の神、武運の神として、特に源氏の流れを汲む武士たちの間であっと言う間に信仰が広がったことで、今となっては伊勢、天神、稲荷といったメジャーどころの信仰を上回るほどの社が国内では建立されているらしい。
「――あ、鏡」
近くにいた誰かの声に、ふと菜穂子も視線を動かした。
〝身も心も美しく〟
そんなことが掛かれた石の立て札の隣に、こちらも外枠が石で出来ている等身大の鏡が置かれていた。
「自分の姿を映したら、自分の本当の美しさを映しだすって言われてるらしいよー?」
「えぇー? ちょっと怖いなぁ……ホラー映画の怨霊みたいな姿が映し出されたら、どないしてくれるんよー」
20代後半のOL二人、と言ったところだろうか。
互いの肘を突き合いながら、鏡の前に立つの立たないのと言いあっている。
「分からんよ? めっちゃ、美人さんに映るかも知れへんやん」
「えぇ……」
どうするんだろうと、菜穂子も何となく歩く速度を落として様子を窺っていると、顔を見合わせた二人組は、二人一緒に端からおずおずと鏡を覗き込んでいた。
「いやいやいや! じっくり覗き込むのは、やめとこ!」
「おかしな景色映ってなかった! うん、そういうことにしとこ!」
結局、映ったのか、映らなかったのか。
それともチラッと顔を覗かせただけで、すぐさま引っ込めてしまったのか。
こちらからは確認出来ないまま、二人は明るい笑い声をあげながら走り去ってしまった。
「…………」
気付けば菜穂子の方が、鏡のすぐ近くまで来ていた。
(ま、まあ、六道さん帰りやから言うて、おかしなモンは写らへんよね!)
普通なら気にしないだろうが、何せ今は迎え鐘をついてきたばかり。
妙に背筋が寒くなってしまう。
(いや、必要以上に美人には写らんでいい! 普通でいい、普通で!)
あるがままに映って、性根が腐ってないとホッと出来れば、それでいい。
どのみち、同じように鏡の前に立ってみようとしている参拝客がいるのだから、そうそう悩んでもいられないし、必要以上に怖がらなくてもいいんだろうと思う。
胸に手をあてて、深呼吸をしてから、菜穂子は鏡の前に立った。
「⁉」
鏡に写った自分は、今日家を出たそのままの姿だ。
顔の一部が無くなっているとか、TVで見たような、髪の長い怨霊が自分の代わりに写っているとか、そんなことはなかったので、とりあえず息をつこうとして――ふと、鏡の奥、自分の位置からすると背後の奥の方に、一人青年が立っている……ような気がして、目を見開いた。
「……っ」
慌てて背後を振り返ったけれど、その視線の先には、菜穂子が見たと思った青年の姿はもうなかった。
(え……一瞬通り過ぎた観光客とか……? あ、いや、うん、観光客やと思っておこうかな)
深く追求しないでおこう。
菜穂子はそう決意した。
「……うん、帰ろ」
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