14 / 67
第二章 暮れてゆく空は
六道まいり(4)
しおりを挟む
深町家では購入しない高野槙だが、元来「お精霊さんは槇の葉に乗ってあの世から戻って来る」あるいは「高野槙を依代にご先祖様は各々の自宅に帰る」と言った言い伝えもあるらしく、少なくない参拝客が高野槙を手にしている。
『そんなんせんでも、ちゃんと鐘をついた人について帰って来てくれはるやろ』
――というのが、両親以前から深町家では定着しているようだが。
確かに祖母と出かけていた間も、メインは鐘をつくことだけだったような気がする。
鐘さえついていれば……というのは極論にせよ「迎え鐘」が宗派を超えた伝統行事となっている以上、一から十まで事細かに作法を強要してはいないと言うことなのかも知れない。
要はこの時期にご先祖様をお迎えする、という気持ちがあってお参りをしていればいいのだと、菜穂子もそんな認識でいた。
そうこうしている間に、ようやく次が菜穂子が鐘を鳴らす番と言うところまで来た。
「あ、間違うた」
今、鐘を鳴らしている目の前の人を見ながら、菜穂子はその人が手に水塔婆を持ちながら鐘を鳴らしていることに気が付いてしまった。
水塔婆に戒名あるいは生前の名前を書いて貰った後、鐘をついて、それから水回向をしてその水塔婆を納めるのが順序だったところを、うっかり先に水塔婆を納めてしまっていたのだ。
とは言え、もう菜穂子の順番が来てしまった。
(わぁ……おばあちゃん、ごめん! おじいちゃんにも「あほか」って言われそうやなぁ……)
せめて頑張って鐘を鳴らそう!
ふと、綱の下にある賽銭箱を見れば、なかなかの達筆で何か書かれた紙が貼られている。
〝迎え鐘 心をこめて 一つ撞く〟
〝鐘は心で撞く。回数や音の大きさではありません〟
……何だか、幼少時代の菜穂子のためにあるような文言だ。
現実的なことを言えば、あれだけ人が並んでいるところに、一度に三回も四回も鐘をつかれては、列が減らないと言うのもあるかも知れない。
それでも音が小さいと不安になるのもまた確かなので、この貼り紙は菜穂子の心を落ち着けるものでもあった。
(――鐘は心で撞く)
心の中で一度そう呟いて、菜穂子は思い切り綱を引いた。
『…………仕方のないやつだな』
昔よりは大きく響いた音と共に、菜穂子の耳に「あほか」ではなかったが、にそんな祖父の口癖が聞こえた気がした。
境内には、小野篁があの世とこの世を行き来したと言う、行きの「冥土通いの井戸」と帰りの「黄泉がえりの井戸」があると言うものの、そちらは特別拝観や寺宝展の時にしか近寄って見られないと言うことで、菜穂子自身はまだ一度も実物を見たことがない。
ただ「冥土通いの井戸」はともかく「黄泉がえりの井戸」は、ここ二十年ほどの間に発見された井戸だ。
平安時代、鳥辺野とともに嵯峨野の奥、化野も葬送地だったので、帰路の出口はそちら方面だと言う説もあり、実際長い間そう信じられてきた。それらしき井戸は現代に残ってはいないものの、伝承だけが残っているのだと言う。
それが六道珍皇寺で、帰路の井戸も見つかったと言うのだから、その真偽も含めて気にならないと言えば嘘になる。が、毎年六道まいりの間はそちらは開放されないため、昼だろうと夜だろうと見ることは出来ない。
そもそも、どうして行きと帰りと通り道が違うのかと言う話になるのだが、どうやらこればかりは明確な理由、根拠と言ったものは何も残されてはいないらしい。
いつか特別拝観の時にまたやって来て、行き帰り両方の井戸をこの目で見てみたい。純粋な好奇心だ。
小野篁はこれらの井戸を使っていたと言うが、果たして先祖の霊たちも同じ道を通って帰ってくるのか。
答えのない問いを抱えたまま、菜穂子は実家へと戻ることにしたのだった。
『そんなんせんでも、ちゃんと鐘をついた人について帰って来てくれはるやろ』
――というのが、両親以前から深町家では定着しているようだが。
確かに祖母と出かけていた間も、メインは鐘をつくことだけだったような気がする。
鐘さえついていれば……というのは極論にせよ「迎え鐘」が宗派を超えた伝統行事となっている以上、一から十まで事細かに作法を強要してはいないと言うことなのかも知れない。
要はこの時期にご先祖様をお迎えする、という気持ちがあってお参りをしていればいいのだと、菜穂子もそんな認識でいた。
そうこうしている間に、ようやく次が菜穂子が鐘を鳴らす番と言うところまで来た。
「あ、間違うた」
今、鐘を鳴らしている目の前の人を見ながら、菜穂子はその人が手に水塔婆を持ちながら鐘を鳴らしていることに気が付いてしまった。
水塔婆に戒名あるいは生前の名前を書いて貰った後、鐘をついて、それから水回向をしてその水塔婆を納めるのが順序だったところを、うっかり先に水塔婆を納めてしまっていたのだ。
とは言え、もう菜穂子の順番が来てしまった。
(わぁ……おばあちゃん、ごめん! おじいちゃんにも「あほか」って言われそうやなぁ……)
せめて頑張って鐘を鳴らそう!
ふと、綱の下にある賽銭箱を見れば、なかなかの達筆で何か書かれた紙が貼られている。
〝迎え鐘 心をこめて 一つ撞く〟
〝鐘は心で撞く。回数や音の大きさではありません〟
……何だか、幼少時代の菜穂子のためにあるような文言だ。
現実的なことを言えば、あれだけ人が並んでいるところに、一度に三回も四回も鐘をつかれては、列が減らないと言うのもあるかも知れない。
それでも音が小さいと不安になるのもまた確かなので、この貼り紙は菜穂子の心を落ち着けるものでもあった。
(――鐘は心で撞く)
心の中で一度そう呟いて、菜穂子は思い切り綱を引いた。
『…………仕方のないやつだな』
昔よりは大きく響いた音と共に、菜穂子の耳に「あほか」ではなかったが、にそんな祖父の口癖が聞こえた気がした。
境内には、小野篁があの世とこの世を行き来したと言う、行きの「冥土通いの井戸」と帰りの「黄泉がえりの井戸」があると言うものの、そちらは特別拝観や寺宝展の時にしか近寄って見られないと言うことで、菜穂子自身はまだ一度も実物を見たことがない。
ただ「冥土通いの井戸」はともかく「黄泉がえりの井戸」は、ここ二十年ほどの間に発見された井戸だ。
平安時代、鳥辺野とともに嵯峨野の奥、化野も葬送地だったので、帰路の出口はそちら方面だと言う説もあり、実際長い間そう信じられてきた。それらしき井戸は現代に残ってはいないものの、伝承だけが残っているのだと言う。
それが六道珍皇寺で、帰路の井戸も見つかったと言うのだから、その真偽も含めて気にならないと言えば嘘になる。が、毎年六道まいりの間はそちらは開放されないため、昼だろうと夜だろうと見ることは出来ない。
そもそも、どうして行きと帰りと通り道が違うのかと言う話になるのだが、どうやらこればかりは明確な理由、根拠と言ったものは何も残されてはいないらしい。
いつか特別拝観の時にまたやって来て、行き帰り両方の井戸をこの目で見てみたい。純粋な好奇心だ。
小野篁はこれらの井戸を使っていたと言うが、果たして先祖の霊たちも同じ道を通って帰ってくるのか。
答えのない問いを抱えたまま、菜穂子は実家へと戻ることにしたのだった。
1
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる