【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
13 / 67
第二章 暮れてゆく空は

六道まいり(3)

しおりを挟む
 深町家では、高野槙ではなく樒を用意している。

 もちろんそれだけと言うわけではなく、そこに多少の花を組み合わせて、仏壇にお供えをしている。

 四十九日までは白い花が望ましいとされていて、以降は白以外に黄色や紫色を組み合わせるケースが多いようだ。

 花の本数は奇数、仏壇の両側に飾るので左右一対分を用意する。
 バラや彼岸花と言った、香りの強い花は相応しくないとされている。

 その辺りは花屋さんの方が詳しいため、仏花は近くの花屋さんにお任せだ。

 要は、菜穂子は今は六道珍皇寺では高野槙を買う必要がないと言うことだ。

 水回向であれば、備え付けの高野槙がある。それを済ませたところで、いよいよ迎え鐘をつく列に並ぶ。

 四方が壁に封印された鐘楼の一ヶ所から、綱引きの綱に似た紐が出ており、それを引くことで鐘楼内の鐘が鳴る。
 地の底へ響くような音色と言われ、それによって多くの精霊、つまりは先祖が冥土より戻って来るのだと信じられているのだ。

 鐘楼は東側の門の近くにあり、順番待ちの列が長くなれば、いったんお寺の敷地を出て、外の路地をぐるりと巡って順番待ちをすることもある。

 それでも鐘をつかないと言う選択肢はないので、そんな時でも根気よく並ぶしかない。

 前後に並んでいる人たちも地元の人で、毎年先祖をお迎えすると言う人がほとんどだ。

 菜穂子が祖母と来ていた頃は特に、並んでいる間に『今年も暑おすなぁ』だの『お嬢ちゃん、ちゃんと水飲んで、倒れんようにしぃや』だのと、声を掛けたり掛けられたりしながら順番を待っていたものだ。

 あの世とこの世の入り口とされる「六道の辻」があったと言われ、精霊の通り道とも言われている場所だとは微塵も感じさせないご近所トークが炸裂するところまでが、ある意味「六道まいり」の恒例行事なのかも知れなかった。

 今はもう菜穂子は大学生だし、一人でそこに来ていることもあり、せいぜい「今年の行列も長そうやねぇ」と、話しかけられたくらいだっただろうか。

 日が暮れてから行こうと考えた人が、それなりにいるということだろう。

 一人で列に並びながら、祖母と来ていた頃のことを思い出す。

『あんた一人では、よう鐘鳴らさんやろうから、おばあちゃんの手ぇ持って一緒に引っ張ろなぁ?』

 確かに小学生かそこらでは、あの綱引きの綱のような紐を引いても、鐘はウンともスンとも音を出さないだろう。
 だからと言って祖母と一緒に引っ張っていても、想像したほどの大きな音は出ていなかったと思う。

『どうしよ、おばあちゃん⁉  あんな音でおじいちゃん帰って来てくれはるやろか⁉』

 鐘の音が響いてこそ、祖父があの世から戻って来るのだと思っていた菜穂子は、思わず涙目になって祖母の服の袖を引っ張った覚えもあるくらいだ。

『大丈夫や。大事なのは気持ちや。ちゃんとあの世まで届いてる!』

 祖母の皺だらけの手が、涙ぐむ菜穂子の頭をゆっくりと撫でて、それから二人で手を繋いで家に戻ったことも覚えている。

 陶器市に行き、飴を買い、鐘をつく。

 それが、毎年の深町家のお盆の始まりだったが、特にそうやって祖母とお参りをした年のことだけは、何年たっても菜穂子の頭の中に残っていた。

(今年は一人やわ、おばあちゃん。ちゃんとあの世まで鐘の音、届くかなぁ? って言うか、おばあちゃん、おじいちゃんに会えてる……?)

 もしまだ会えていないのだとしても、このお盆行事で鐘をつけば、どちらも深町家に一時的に戻ることになるわけだから、最悪、深町家で会えるのか……と、菜穂子は思い直す。

 また祖父の方が祖母を探して「どちらさんです?」「俺や!」を繰り返したりするんだろうか。

 思いがけずヤンデレだったらしい祖父のことを思い浮かべながら、菜穂子は思わずクスリと笑っていた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...