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第二章 暮れてゆく空は
六道まいり(3)
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深町家では、高野槙ではなく樒を用意している。
もちろんそれだけと言うわけではなく、そこに多少の花を組み合わせて、仏壇にお供えをしている。
四十九日までは白い花が望ましいとされていて、以降は白以外に黄色や紫色を組み合わせるケースが多いようだ。
花の本数は奇数、仏壇の両側に飾るので左右一対分を用意する。
バラや彼岸花と言った、香りの強い花は相応しくないとされている。
その辺りは花屋さんの方が詳しいため、仏花は近くの花屋さんにお任せだ。
要は、菜穂子は今は六道珍皇寺では高野槙を買う必要がないと言うことだ。
水回向であれば、備え付けの高野槙がある。それを済ませたところで、いよいよ迎え鐘をつく列に並ぶ。
四方が壁に封印された鐘楼の一ヶ所から、綱引きの綱に似た紐が出ており、それを引くことで鐘楼内の鐘が鳴る。
地の底へ響くような音色と言われ、それによって多くの精霊、つまりは先祖が冥土より戻って来るのだと信じられているのだ。
鐘楼は東側の門の近くにあり、順番待ちの列が長くなれば、いったんお寺の敷地を出て、外の路地をぐるりと巡って順番待ちをすることもある。
それでも鐘をつかないと言う選択肢はないので、そんな時でも根気よく並ぶしかない。
前後に並んでいる人たちも地元の人で、毎年先祖をお迎えすると言う人がほとんどだ。
菜穂子が祖母と来ていた頃は特に、並んでいる間に『今年も暑おすなぁ』だの『お嬢ちゃん、ちゃんと水飲んで、倒れんようにしぃや』だのと、声を掛けたり掛けられたりしながら順番を待っていたものだ。
あの世とこの世の入り口とされる「六道の辻」があったと言われ、精霊の通り道とも言われている場所だとは微塵も感じさせないご近所トークが炸裂するところまでが、ある意味「六道まいり」の恒例行事なのかも知れなかった。
今はもう菜穂子は大学生だし、一人でそこに来ていることもあり、せいぜい「今年の行列も長そうやねぇ」と、話しかけられたくらいだっただろうか。
日が暮れてから行こうと考えた人が、それなりにいるということだろう。
一人で列に並びながら、祖母と来ていた頃のことを思い出す。
『あんた一人では、よう鐘鳴らさんやろうから、おばあちゃんの手ぇ持って一緒に引っ張ろなぁ?』
確かに小学生かそこらでは、あの綱引きの綱のような紐を引いても、鐘はウンともスンとも音を出さないだろう。
だからと言って祖母と一緒に引っ張っていても、想像したほどの大きな音は出ていなかったと思う。
『どうしよ、おばあちゃん⁉ あんな音でおじいちゃん帰って来てくれはるやろか⁉』
鐘の音が響いてこそ、祖父があの世から戻って来るのだと思っていた菜穂子は、思わず涙目になって祖母の服の袖を引っ張った覚えもあるくらいだ。
『大丈夫や。大事なのは気持ちや。ちゃんとあの世まで届いてる!』
祖母の皺だらけの手が、涙ぐむ菜穂子の頭をゆっくりと撫でて、それから二人で手を繋いで家に戻ったことも覚えている。
陶器市に行き、飴を買い、鐘をつく。
それが、毎年の深町家のお盆の始まりだったが、特にそうやって祖母とお参りをした年のことだけは、何年たっても菜穂子の頭の中に残っていた。
(今年は一人やわ、おばあちゃん。ちゃんとあの世まで鐘の音、届くかなぁ? って言うか、おばあちゃん、おじいちゃんに会えてる……?)
もしまだ会えていないのだとしても、このお盆行事で鐘をつけば、どちらも深町家に一時的に戻ることになるわけだから、最悪、深町家で会えるのか……と、菜穂子は思い直す。
また祖父の方が祖母を探して「どちらさんです?」「俺や!」を繰り返したりするんだろうか。
思いがけずヤンデレだったらしい祖父のことを思い浮かべながら、菜穂子は思わずクスリと笑っていた。
もちろんそれだけと言うわけではなく、そこに多少の花を組み合わせて、仏壇にお供えをしている。
四十九日までは白い花が望ましいとされていて、以降は白以外に黄色や紫色を組み合わせるケースが多いようだ。
花の本数は奇数、仏壇の両側に飾るので左右一対分を用意する。
バラや彼岸花と言った、香りの強い花は相応しくないとされている。
その辺りは花屋さんの方が詳しいため、仏花は近くの花屋さんにお任せだ。
要は、菜穂子は今は六道珍皇寺では高野槙を買う必要がないと言うことだ。
水回向であれば、備え付けの高野槙がある。それを済ませたところで、いよいよ迎え鐘をつく列に並ぶ。
四方が壁に封印された鐘楼の一ヶ所から、綱引きの綱に似た紐が出ており、それを引くことで鐘楼内の鐘が鳴る。
地の底へ響くような音色と言われ、それによって多くの精霊、つまりは先祖が冥土より戻って来るのだと信じられているのだ。
鐘楼は東側の門の近くにあり、順番待ちの列が長くなれば、いったんお寺の敷地を出て、外の路地をぐるりと巡って順番待ちをすることもある。
それでも鐘をつかないと言う選択肢はないので、そんな時でも根気よく並ぶしかない。
前後に並んでいる人たちも地元の人で、毎年先祖をお迎えすると言う人がほとんどだ。
菜穂子が祖母と来ていた頃は特に、並んでいる間に『今年も暑おすなぁ』だの『お嬢ちゃん、ちゃんと水飲んで、倒れんようにしぃや』だのと、声を掛けたり掛けられたりしながら順番を待っていたものだ。
あの世とこの世の入り口とされる「六道の辻」があったと言われ、精霊の通り道とも言われている場所だとは微塵も感じさせないご近所トークが炸裂するところまでが、ある意味「六道まいり」の恒例行事なのかも知れなかった。
今はもう菜穂子は大学生だし、一人でそこに来ていることもあり、せいぜい「今年の行列も長そうやねぇ」と、話しかけられたくらいだっただろうか。
日が暮れてから行こうと考えた人が、それなりにいるということだろう。
一人で列に並びながら、祖母と来ていた頃のことを思い出す。
『あんた一人では、よう鐘鳴らさんやろうから、おばあちゃんの手ぇ持って一緒に引っ張ろなぁ?』
確かに小学生かそこらでは、あの綱引きの綱のような紐を引いても、鐘はウンともスンとも音を出さないだろう。
だからと言って祖母と一緒に引っ張っていても、想像したほどの大きな音は出ていなかったと思う。
『どうしよ、おばあちゃん⁉ あんな音でおじいちゃん帰って来てくれはるやろか⁉』
鐘の音が響いてこそ、祖父があの世から戻って来るのだと思っていた菜穂子は、思わず涙目になって祖母の服の袖を引っ張った覚えもあるくらいだ。
『大丈夫や。大事なのは気持ちや。ちゃんとあの世まで届いてる!』
祖母の皺だらけの手が、涙ぐむ菜穂子の頭をゆっくりと撫でて、それから二人で手を繋いで家に戻ったことも覚えている。
陶器市に行き、飴を買い、鐘をつく。
それが、毎年の深町家のお盆の始まりだったが、特にそうやって祖母とお参りをした年のことだけは、何年たっても菜穂子の頭の中に残っていた。
(今年は一人やわ、おばあちゃん。ちゃんとあの世まで鐘の音、届くかなぁ? って言うか、おばあちゃん、おじいちゃんに会えてる……?)
もしまだ会えていないのだとしても、このお盆行事で鐘をつけば、どちらも深町家に一時的に戻ることになるわけだから、最悪、深町家で会えるのか……と、菜穂子は思い直す。
また祖父の方が祖母を探して「どちらさんです?」「俺や!」を繰り返したりするんだろうか。
思いがけずヤンデレだったらしい祖父のことを思い浮かべながら、菜穂子は思わずクスリと笑っていた。
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