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第一章 カミモホトケモ

六道まいり(1)

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 お盆の時期は祖先の霊たちがあの世から帰って来るとされていて、京都でなくともさまざまな行事がとりおこなわれている。

 ただとりわけ京都には、お盆の前にお寺にお参りし、祖先の霊すなわちお精霊しょらいさんをお迎えする風習が残されていた。

 ――「六道ろくどうまいり」だ。

 平安時代、京の六波羅地区から東側一帯は、かつて「鳥辺野(とりべの)」と呼ばれる一大葬送地だったと言う。
 鳥辺山(とりべの)と書くこともあるそうだが、そちらは鳥辺野の異称らしい。

 霊柩車のなかった時代、故人の遺体は葬儀が終わると、近親者や地域の人たちが棺を担ぎ、葬列を組んで埋葬地にまで送っていた。それを「野辺の送り」と言い、葬儀のうちの最も重要な儀礼の一つであったんだそうだ。
 
 その「野辺の送り」をした鳥辺野の入口が、六波羅地区から東側一帯に位置したことにより、あの世との境「六道の辻」がそこにあると位置づけられ、お盆には先祖の霊は必ず「六道の辻」を通って現世に里帰りしてくるとの伝承が併せて広がった。

 それが、今に続く「精霊しょうらい迎えの行事」だ。
 そう言った由来で実際には、かつて鳥辺野と呼ばれていた地域にある複数のお寺で「六道まいり」は行われているらしい。

 だが冥土までも響くとされる「迎え鐘」や、生者でありながら冥府の役人も務めていたとの伝承が残る小野篁おののたかむらの存在によって、中でも六道珍皇寺ろくどうちんのうじがその象徴と一般的には思われているようなのだ。

 実際に菜穂子も、前回の祖父の新盆にいぼんに関わって、お上人しょうにんさんからきちんとした話を聞くまでは「六道まいり」はイコール六道珍皇寺の行事だと思っていた。

 小さい頃には、祖母が当たり前のように、曾祖父や祖先の霊を迎えに行くと六道珍皇寺に連れて行ってくれていたため、六道珍皇寺が日蓮宗のお寺ではないと言うことさえも知らなかった。

 臨済宗建仁寺派。山号は大椿山。本尊は薬師如来……らしい。
 中国伝来仏教と、日本古来の慣習が上手く融合した最たる例なのかも知れない。

 いわゆる「洛中洛外図」の外側では「六道まいり」にわざわざ行かない家もあるらしいが、それはもう、一つ一つを挙げるとキリがないそうで、お上人しょうにんさんは「要は気持ちの問題ですわ。お精霊しょらいさんをお迎えする、言うね」と微笑わらって言っていた。

 深町家とて、家はかつて「鳥辺野」と呼ばれた地区の側であって、それは「洛中洛外図」の外側だ。
 それでも祖母以前の時代から、お盆の時期には六道珍皇寺に「六道まいり」に出かける。

 お上人しょうにんさんも、日蓮宗だからと言って、それを咎めだてするようなことはない。

 冥土までも響くとされる境内の「迎え鐘」をついて、祖先の魂をこの世にお迎えする。
 それは五山送り火と共に、宗派を超えた京の伝統行事なのだ。

 だから「六道ろくどうさんの鐘をつきに行かはりますんやろ?」と問われれば、答えは「是」となる。

「朝から行くか、日が暮れてから行くか、どっちにしても暑い時間帯は避けたいところですけど、それはそれで混みますさかいに、悩ましいところですわな」

「そうですなぁ……今年はどないしましょ……」

 お上人しょうにんさんと母がそう言って会話を終えるのも、ある意味伝統行事の一環だと言えた。

(日が暮れてからにしようかなぁ……)

 あまり朝が得意ではない菜穂子は、うっすらとそんな風に考えてはいたのだが。
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