【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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第一章 カミモホトケモ

盂蘭盆会(うらぼんえ)

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 お盆、お盆と口にはするが、そちらは略称らしい。

 正式名称は、盂蘭盆会うらぼんえ。地域によっては盂蘭盆と言うところもあり、いずれも語源はサンスクリット語の「ウランバーナ(逆さに吊り下げられた苦しみ)」からきているんだそうだ。

 わが子可愛さのあまり餓鬼道に落ちた釈迦の弟子の母を弔うため、読経やお供え物を捧げたところから始まる宗教行事で、中国から日本にその習慣が伝わった後は、日本古来の信仰と混じりあいながら、ゆっくりと今のお盆の習慣が形作られて行ったと言うことらしい。

 僧侶の夏の修行が終わる日(旧暦7月15日)と言うところから、7月にお盆行事を行ったり、それが旧暦であることから現在の暦である8月に行事を行うところと、宗派、地域によってお盆の捉え方にはすこし違いがあるのだと言う。

 言われてみれば、東京むこうのバイト先の知り合いの中には、7月に親戚で集まると言った話をしていた子がいたような気もする。

 そんな話を聞きながら菜穂子は、案外お上人しょうにんさんもお経以外に覚えないといけないことが沢山あるんだな……と、感心しきりだった。

 直近で亡くなった人がいないとしても、祖先への供養としてお墓の掃除を行い、家庭内では仏壇に「精霊しょうりょう棚」の飾りつけを行う。

 飾りつけるものに関しては、これも宗派ごとに多少の差があるらしいが、時代と共に仏壇そのものの置き場のないマンションも増えてきているらしく、そのあたりは「手に入るもので臨機応変に」という形で、最近は法要を行っているんだそうだ。

 確かに通信販売サイトで「お盆供養セット」などと検索をかければ、ガラスや陶器で出来たイミテーション、造花などで小ぶりに作られたものがいくつもヒットする。

 究極の行事短縮で、お上人しょうにんさんがお経をあげに来られて、その後お墓参りに行くだけと言う家もあるらしい。だが深町家には先祖由来の仏壇が、祖父母が暮らしていた家の方にまだしっかりと鎮座していたため、それなりの手順をもって準備は進められていた。

 ただその便利さに、もしかしたら菜穂子がこの行事を引き継ぐ頃には、通販セットを頼んでしまいような気も、ひしひしとしている。

 何せ普段のお盆よりも飾りつけの多い「新盆」も、わざわざ区別されたセット商品が販売されているのだ。

 覚えていられないとなったら外注してしまうな……と、内心ではちょっと思っていた。

「よそさんでは迎え火・送り火言うて、お墓やら玄関先やらでちょっとした火を焚いてご先祖様をお迎えしたりお送りしたり……いうのをやってはりますけど、京都は『迎え鐘』と『五山送り火』がありますさかいに、ちょっと独特ですやろな」

 お上人しょうにんさんの言う「よそさん」とは、つまりは京都以外の土地と言うことだろう。

 もちろん、京都でもお墓や玄関で「迎え火」「送り火」をやる家だってあるのだが、何せ冥府まで鳴り響いて、ご先祖様をこちらに導くと言われる鐘と、全国的にも有名な送り火があるのだ。

 長らく地元に住んでいる人の多くは、この『迎え鐘』と『五山送り火』こそがお盆行事の一環であり、これに関しては宗派云々よりも、先祖を敬う気持ちの方を皆、優先しているのだと考えられていた。

「外のお人らは『大文字焼き』やら言うて、なんや間違った覚え方をしてはりますけどな。本来は、ご先祖様の霊に迷わず浄土へと戻って貰うための道標ですさかいにな。送り火の由来を知ってたら、大文字焼きとはよう言えませんわ」

 確かに菜緒子も東京にいた間は、何度か「大文字焼き」と言われた気はする。

 先祖送りの行事と言うよりは、〇〇川花火大会のような、イベントの一種くらいに思われている面は否定出来ない。

 迎え鐘に至っては、関東圏ではさっぱり認知度がない。

 バイトのシフトを入れない理由として、お盆のあれこれを説明した時に、まるで通じなかったからだ。

 へえ、さすが京都――などと、よく分からない納得の仕方をされたりもした。

「深町さんとこも、お墓での迎え火やのうて、六道ろくどうさんの鐘をつきに行かはりますんやろ?」

 前月の祥月命日で、深町家にお経をあげに来たお上人しょうにんさんは、むしろそちらが普通だとばかりに、そう尋ねてきたのだった。 
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