【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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序章 さいた さいた

古びたオルガン

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 父と母に聞いたところをまとめると、お通夜には近所の人たちが主に手を合わせに来ていて、お葬式には京都以外のところに住む関西圏の親戚や、それこそ祖母の教え子と名乗る人たちが来ていたということだった。

 関西圏の親戚ですら、うろ覚えの状態だった菜穂子は、都度説明を受けないことには誰が誰だか分からなかったのだ。

 もっとも、祖母の教え子となるとさすがに両親も相手から言われて「なるほど」となっていたようだ。

 高辻先生、高辻先生と、こぞって彼らが口にしたことで、菜穂子は実は今日初めて祖母の旧姓を知った。

 小学校の先生だった、という記憶が残るばかりで、それが旧姓か深町姓かなんて、いちいち聞く必要もタイミングもなかったのだ。

 そしてその教え子たちは、皆が同い年というわけではなかったものの、まるで示し合わせたかのように「高辻先生との思い出は、音楽室でオルガンを弾いて童謡を歌ってくれたこと」だと、祖母との思い出を語った。

 専門課程として音楽の教師はちゃんといたらしいのだが、その先生が体調不良や身内の不幸などで休みをとった時の代理で、何度か臨時の授業を受け持っていたらしかった。

 透き通ったキレイな声で「チューリップ」を歌っていたのだと言う。

(そう言えば、おばあちゃん家にオルガン置いてあったな……)

 菜穂子の時代になると、ピアノやエレクトーンを置いてある家はちらほらあっても、オルガンのある家と言うのは覚えがなかった。

 唯一敷地内同居の祖父母宅に、外側が木で出来た骨董品のようなオルガンがあったのは菜穂子の記憶にも残っていた。

『おばあちゃん家に、オルガンってまだあるん?』
『なんやの、いきなり』
『いや、なんとなく』

 不意打ちの問いに母は眉を顰めたものの、お葬式の前後で祖母とオルガンと童謡の話が複数回出ていたことは分かっていたんだろう。あっさり「まだ置いてあるわ」と、菜穂子の問いかけを肯定した。

『あんたかて、小さい頃おばあちゃんに「チューリップ」弾いて歌って貰ってたわ。覚えてへんのかも知れんけど』

『ああ……言われてみたら確かに……』

 いつ、と聞かれるとちょっと困ってしまうが、調律なんてしたこともない、といったくぐもった音にも関わらず、嬉しそうにオルガンを弾いて「咲いた 咲いた」と歌っていた祖母の姿は、確かに菜穂子の記憶の奥底にあった。

『固そうな鍵盤やなぁ、って思ったのはなんとなく覚えてるわ。オルガンの音より鍵盤叩く音の方が大きかったんと違うかな』

『まあ、大層やなとは言い切れへんな』

 お互いに古びたオルガンを脳裏に思い浮かべて、母とどちらからともなく苦笑いを浮かべる。

『あのオルガン、どうするん』

 そもそも、敷地内同居だった祖父母宅内、遺品整理だってする必要はあるだろう。

 そんな意味もこめて聞く菜穂子に、母はゆるゆると首を横に振った。

『お母さんもそうやけど、お父さんかてまだ気持ちの整理がつかへんやろうしな。しばらくは今のままにしておくわ。それにオルガンは、なんぼなんでもお焚き上げは無理やろ』

 棺には入れられなかったものの、故人を偲んで生前大切にしていた物をお寺で供養として炊き上げて貰うことも出来るようだが、母の言う通り、オルガンはさすがに無理だろうなと菜穂子も思った。

 かと言って、粗大ゴミに出してしまえるのかと問われれば、微かな思い出が残る菜穂子でも、すぐには頷けない。

『ある程度の年忌供養のところで、また考えるわ。今は無理やわ』

 そう言った母の言葉に、反対する理由は菜穂子にもなかった。



 帰宅後確かめたところ、まだ微かに音も出る状態だったため、尚更家族の誰も「処分しよう」とは、言えなかった。
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