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「おい!!渡辺!バカなまねはやめろー!!」
俺は大声で叫んだ。
力の限り叫んだ。

至近距離で叫んだが誰も振り向かない。
見た目が不潔な男が発狂してアキトを本気で刺そうとしている。

目の前で刃物を振り回すアブナイ奴がいるのだから俺の声なんてトオル達の耳に入らないのは当たり前だ。


「死ね!しね!シネ!」
快速特急列車のように渡辺太郎は猛烈な勢いでアキトめがけて突進する。
尖ったナイフを向けられ混乱し、なす術がないアキトの懐に渡辺太郎は入った。

「やめろぉぉ!うわぁ!!」
逃げ場のないアキトは大声を出す事しか出来なかった。
渡辺太郎が両手で握ったナイフの刃はアキトの太腿に刺さっている…。

刺された瞬間、ドラマやアニメのようなグサッというような音は一切なかった。

刺された光景を見た俺は猛スピードで階段をかけ上がって3階につくとアキトはその場で倒れて声をあげながら、のたうち回っていた。

警察が事件ですか?事故ですか?と冷静な口調で110番通報した俺に聞いている。
俺はそれを意図的に無視をするつもりはなかったが、真っ先にアキトに声をかけた。

アキトの太腿にはナイフが突き刺さって、ズボンに血液が滲んでいる。

「お、わ!おまわりさん!事件です!アキトがナイフで刺されました!俺じゃないです!」

「あのハゲデブはとんでもねぇ野郎だ…。こんな所にいたんじゃ巻き込まれるぞ。」
トオルはカズオらに声をかけて慌てて逃げ出した。

「クソ!さっきの運ちゃん(トオルを待っていたタクシードライバー)がいねえじゃんよ!おい!おめえのボロいのあんだろ?」

「あっはい!」

殺虫剤をあたりに噴射された虫が蜘蛛の子散らすかの如くアパートの階段を降りてカズオとマメが停めた黒いワンボックスカーの方向へ逃げて行った。

「やんやんやんやっちゃったぁ…。あぁ、どどどどうしよう。誰か助けてぇーママー!!」
派遣会社で営業をしている渡辺太郎が尻餅をついて泣き始めた。

人を刺しておいて、誰か助けてとは…。
一刻も早く助けださなければならないのはナイフで刺されたアキトの方だろうが!

「サヤマさん、まさか俺、死んじゃうのかな?嫌だな。こんなんで…こんな所で死ぬの…。」
先ほどより刺された左の太腿が真っ赤な鮮血でズボンを染めている。

「俺、全然幸せな人生じゃなかった。
でもやっと自分の、ゴホッゴホッ…。自分の力でなんでもできるって。
アイツらみたいな…俺を捨てた親や口先ばっかしの大人、ワリィだけのどうしようもない大人にだけはならねえぞと、強く生きてきたんだけどな。
あぁ、ようやく幸せになれるって、これからって時だったのにさ…。」

「アキトさん、もうすぐ警察が来ます。
同時に救急も来ます。大丈夫です。見たところ傷は浅いですよ!それに腹ではなく足ですから。」

俺はなるべく冷静に、そしてポジティヴに話した。
刺された箇所は刃渡り約10センチほどのペティナイフで出刃包丁やドスほど長くはないが左太腿に突き刺さっており、誰が見ても重症だ。
当人に本当の事を伝えてしまえばアキトは更にショックを受けて、ますます悪化してしまうと俺は判断したんだ。


「恵子はサヤマさんが、ゴホッゴホッ!思っている通りの女です。
どうしようもない女です…。でも生い立ちが俺とそっくりでした。
俺も、何度も腐りかけた時期がありましたが幸運な事に腐った奴らばかりでなく優しい人達とも出会う事ができたのです。
ヤバイ時に必ず救いの手がありましたから。
まだ恵子よりかはマシな星の下で生まれたのかもしれません。
だから、だからこそ、今度は俺が恵子を助け…アイツが非常識な事をすればするほど逃げずに、立ち直れるように、優しく寄り添ってやりたいって…。」


俺は声をかけられるまで全く気づかなかったが、警察官が側にいた。
横から救急隊が謝りながら俺の肩に軽くぶつかってきて、倒れているアキトにすぐさま応急処置を施している。

赤い光がアパートのひび割れした壁の一部分に当たっていた。


































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