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「父親の顔は覚えてないな。
俺が産まれてからすぐ父親が出て行ったからね。
俺と血の繋がった家族との記憶は僅かにしかなくて。
母親とボロアパートで暮らしていた時に部屋が雨漏りしていた事と当時流行っていたアニメ、"バーサーカーくん"くらいかな。
バーサーカーくんの方が母親より好きだったよ。」

アキトは右手でハンドルを握りながら、俺とメデューサに淡々と話してくれた。

「俺の4歳の誕生日が間近に迫ると母親は突然、俺に優しくなった。普段は俺を罵り、手を挙げる事も頻繁にあったんだけどさ。」

ルームミラー越しからアキトと目が合う。

車内は甘ったるいチョコレートの香りで充満していたが、苦味のある香りに変化した。
アキトは運転席の窓を開けた。
俺はチョコレート風味のベイプについて何も言ってはいない。

「アキト。あたし、大丈夫だよ。もう慣れているから。」

「ん?でもサヤマさんがね。嫌かなって。」

「あぁぁ、僕も大丈夫ですよ!甘い香りは嫌いじゃないんですから。気にしないでください。」

煙が運転席の窓からモクモクと大量に排煙されている。
側から見れば、車内から小火でもあったのかと誤解されてしまうかもしれない。

「誕生日を迎えた当日に俺は…。電話だ。たぶん、ナオさんかカズオさんだな。」

話の途中、割って入るかのようにアキトのスマホから電話が鳴った。

「ふっ、ナオさんか。」
アキトは窓を閉めた。

「ヤバイよ!あたしが店にいないからナオがキレてんじゃない!」

「別に。」
アキトはポケットにスマホを戻した。

「はぁ?早く電話にでてよ!大変な事になっちゃうよ!」

「…わかった。」
メデューサは素直に応じたアキトの言葉を聞いて少しは落ち着きを取り戻したが、まるで興奮した熱を冷ますかのようにフゥフゥ、と声を出している。

「はぁい。もしもし。うん、いる…。その事なんだけどさ、ねぇナオさん。もうあんたらとはこれでさようならだ。じゃあ。」

アキトは一方的に通話を切った。
後部座席に座っている俺にナオの、はぁ?という驚きの声が聴こえてきた。

助手席に座っているメデューサが石のようにカチカチに固まっている。

メデューサといったらギリシア神話に登場する怪物で、メデューサと目が合った者を石に変えてしまう力がある。

山田"メデューサ"恵子が石になって固まる姿はちょっとマヌケに見えてしまった。



























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