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タクシードライバーからお釣りを受け取る。
整髪料でテカテカ光ったオールバックのドライバーが俺に何か言いた気な顔をしている。
これから俺がメデューサやトオル達の巣に向かうのを心配しているような表情に見えた。
初対面の年季の入った皺が目立つタクシードライバーがそんな事を考えるはずがない。
俺の思い過ごしだね。
個人タクシーから降りて、勢いよくドアを閉めた。
雑居ビルが立ち並ぶ風俗街。
通りがかる人々がどこにでもいるような顔だ。
なんとなく想像していた街の雰囲気は治安が悪いと思って身構えていたものの至って普通だった。
周囲をキョロキョロ見渡す。
当然だが場所柄、ピンサロ、ファッションヘルスが軒を連ねていた。
店の看板を見るとウケ狙いで店名を名付けたのかと思うほどネーミングセンスが酷くて笑いが込み上げてくる。
メデューサが勤務しているSMクラブが目の前にある。
「SMクラブ ヘブン&ヘル」という黒い看板に赤色で描かれた文字が踊っていた。
他の風俗店と比べたらまともな店名だ。
渡辺太郎が興信所を利用して調べ上げた情報によれば今日は昼から出勤で、ちょうどこの時間に店に入るとの事。
俺は電信柱に半ば隠れながら何度もポケットに入っているスマホを取り出しては時刻を確認していると、縦巻きロールを靡かせピンク色のスプリングコートに身を包み、ラメの入ったハイヒールを履いた女が近づいてくる。
俺に翔馬を押し付けて飛び出した時とは明らかに見た目が違う。
でも、あの女だ。
あの顔だ。
あいつが山田"メデューサ"恵子だ。
メデューサが現れてから緊張が高まり手が強張り、地に足が着いていないような感覚に襲われた。
一筋縄でいかないメデューサを上手く説得させられるか?
いや、そんな事は俺に出来るはずがない。
きっと無理だ。
もしかしたら百戦錬磨の一流の弁護士でさえも、コイツを説き伏せる事は難しいだろう。
だからといって失敗する事ばかり考えていては、ほぼゼロに近い成功率は更に下がる。
このまま電柱から覗いているだけではメデューサが店舗の出入り口を潜ってしまう。
中に入られてしまえばスズメバチの巣に無防備なまま特攻しなくてはならなくなる。
そうなれば事態は更に悪化する一方だ。
説得できる言葉を一つも用意出来なかったが、そんな事はもはやどうでもいい!
俺は意を決してメデューサの元へ正面切って向かった。
「おはようございます。山田さん。佐山です。」
「はぁ!?マジで?なんで、なんでぇ?」
少し俯き加減で歩いていたメデューサは意表を突かれてビシッと背筋を伸ばした。
目をパチクリさせて動揺している。
「なんで俺がここにいるかわかりますよね?」
俺は静かな口調で話した。
ここで電話をした時のように口論になってしまうのはまずい。
メデューサならきっと、俺を加害者にでっち上げて周囲を歩く人々に助けを求めるだろう。
「あたし、帰らないよ。」
メデューサは激しく動揺しながらも、俺と同じくらい静かに答えた。
「でもこのまま翔馬君を俺に預けっぱなしとはいきませんよ。それは山田さんもおわかりですよね。」
「仕事があるんで。」
白目をむきながらため息を吐いたあと、先ほどのような動揺が消えてそっけなく俺に言い店の方向へ歩き出した。
「あの子、母であるあなたにずっと会いたがってますよ。夜も寝付けず涙を流した事もあります。今日だって俺と一緒にここまで来たがってましたからね。」
「うるさい。帰らないと言ったら帰らないから。」
またもそっけない口調でそう吐き捨ててきた。
整髪料でテカテカ光ったオールバックのドライバーが俺に何か言いた気な顔をしている。
これから俺がメデューサやトオル達の巣に向かうのを心配しているような表情に見えた。
初対面の年季の入った皺が目立つタクシードライバーがそんな事を考えるはずがない。
俺の思い過ごしだね。
個人タクシーから降りて、勢いよくドアを閉めた。
雑居ビルが立ち並ぶ風俗街。
通りがかる人々がどこにでもいるような顔だ。
なんとなく想像していた街の雰囲気は治安が悪いと思って身構えていたものの至って普通だった。
周囲をキョロキョロ見渡す。
当然だが場所柄、ピンサロ、ファッションヘルスが軒を連ねていた。
店の看板を見るとウケ狙いで店名を名付けたのかと思うほどネーミングセンスが酷くて笑いが込み上げてくる。
メデューサが勤務しているSMクラブが目の前にある。
「SMクラブ ヘブン&ヘル」という黒い看板に赤色で描かれた文字が踊っていた。
他の風俗店と比べたらまともな店名だ。
渡辺太郎が興信所を利用して調べ上げた情報によれば今日は昼から出勤で、ちょうどこの時間に店に入るとの事。
俺は電信柱に半ば隠れながら何度もポケットに入っているスマホを取り出しては時刻を確認していると、縦巻きロールを靡かせピンク色のスプリングコートに身を包み、ラメの入ったハイヒールを履いた女が近づいてくる。
俺に翔馬を押し付けて飛び出した時とは明らかに見た目が違う。
でも、あの女だ。
あの顔だ。
あいつが山田"メデューサ"恵子だ。
メデューサが現れてから緊張が高まり手が強張り、地に足が着いていないような感覚に襲われた。
一筋縄でいかないメデューサを上手く説得させられるか?
いや、そんな事は俺に出来るはずがない。
きっと無理だ。
もしかしたら百戦錬磨の一流の弁護士でさえも、コイツを説き伏せる事は難しいだろう。
だからといって失敗する事ばかり考えていては、ほぼゼロに近い成功率は更に下がる。
このまま電柱から覗いているだけではメデューサが店舗の出入り口を潜ってしまう。
中に入られてしまえばスズメバチの巣に無防備なまま特攻しなくてはならなくなる。
そうなれば事態は更に悪化する一方だ。
説得できる言葉を一つも用意出来なかったが、そんな事はもはやどうでもいい!
俺は意を決してメデューサの元へ正面切って向かった。
「おはようございます。山田さん。佐山です。」
「はぁ!?マジで?なんで、なんでぇ?」
少し俯き加減で歩いていたメデューサは意表を突かれてビシッと背筋を伸ばした。
目をパチクリさせて動揺している。
「なんで俺がここにいるかわかりますよね?」
俺は静かな口調で話した。
ここで電話をした時のように口論になってしまうのはまずい。
メデューサならきっと、俺を加害者にでっち上げて周囲を歩く人々に助けを求めるだろう。
「あたし、帰らないよ。」
メデューサは激しく動揺しながらも、俺と同じくらい静かに答えた。
「でもこのまま翔馬君を俺に預けっぱなしとはいきませんよ。それは山田さんもおわかりですよね。」
「仕事があるんで。」
白目をむきながらため息を吐いたあと、先ほどのような動揺が消えてそっけなく俺に言い店の方向へ歩き出した。
「あの子、母であるあなたにずっと会いたがってますよ。夜も寝付けず涙を流した事もあります。今日だって俺と一緒にここまで来たがってましたからね。」
「うるさい。帰らないと言ったら帰らないから。」
またもそっけない口調でそう吐き捨ててきた。
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