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メデューサの部屋を出て、わずか数メートル隣の自分の住む部屋へ向かった。

夕陽が沈み、微かな赤みがかかっている。夜を迎えるのを拒む最後の悪あがきのような空に変貌していた。


どんな理由があれどメデューサは翔馬の育児を放棄して赤の他人である俺に一人息子を委ねた。
この異常な状況では翔馬も不安が募り、幼いながらもあらゆる考えを張り巡らせているはずだ。

幼児にありがちな事。
例えば自分より大きい大型犬に吠えられたり、友達と喧嘩をして叩かれたり、公園で転んで泣いたのとは全く違うものだ。

それらの痛みは様々な経験を積み成長していく過程で次第に忘却の彼方へ追いやってしまうだろう。

しかし現在の翔馬の苦痛は他の幼児では経験する事は極めて稀で、あまりに辛いものだ。
身勝手な大人達ーーーー大人と呼ぶのに分不相応な者達に蹂躙されてしまっていると言っても過言ではない。

だからこそ俺は翔馬に対してなるべく努めて明るく接するべきだという思いが強くなった。
子どもが涙を流して悲しむのを見るのは忍びない。
まして、わがままを言い駄々をこねて泣いている子とはわけが違う。
翔馬は全くといっていいほど、手の焼く子ではない。

自分に出来ることには限界があるが今は問題から逃げず向き合わなければ、この子の人格形成に問題が生じる。
翔馬の将来を、この親にしてこの子ありの典型にはしたくない。

他人事、他人の子どもと言ってしまえばそれまでだが、泣き腫らして赤くなった目をした子が俺を頼りにしている。

俺は心のどこかで熱く込み上げてきた。
いつまで持つ炎かわからないが、今はこの感情で良いと思った。

玄関へ上がって電気をつけて部屋を明るくした。
メデューサの部屋ではありえない明るさだ。
翔馬は、おぉ~と歓声をあげだ。

俺は冷蔵庫のドアを開くと同時にすぐ例のプリンを目にした。

俺は意識してひょうきんな声で言った。
「あったぞ~!」

「これ?いいなあ。ほんとにぼく、たべていいの?」

「もちろん!」

「やったぁ!」
翔馬はよっぽど嬉しかったようで、冷蔵庫の付近で両手を頭より高く上げながらその場で足踏みをした。

俺はキッチンの引き出しからスプーンを取り出して、そのまま翔馬に食べさせようと思ったがこれではちょっと面白みに欠ける。
同棲していた元カノが置いていったケーキ皿の存在を思い出して、プリンをこの真っ白いケーキ皿の上に乗せた。

翔馬の喜びはひとしおだ。

ここまで喜ばれると照れてしまう事に気づいた。
特別な事なんて何もしていないのだから。

翔馬は弾力性のあるプリンをスプーンで押した。
「ぷるぷるだぁ!」

泣き顔から一転、笑顔になった。
やはり子どもは深刻な顔より笑顔が似合う。
スプーンですくいカラメルソースがたっぷり付いたプリンをひと口食べる。
「あぁ~おいしいぃ。」

「あはは、それは良かった!」

翔馬はプリンにも負けないくらいの弾力性のあるほっぺたを動かしながら俺に聞いた。

「ねぇねぇ、このプリンのね、おなまえはなんていうの?」

「うん?これかい?なんつったかな?」

俺は商品名を調べようとキッチンに放置してあった、プラスチックのケースを確認した。

「プルプル可愛いプリンちゃん」という名前だった。
赤ちゃんに擬人化されたプリンの天使があしらわれていて、商品名どおり確かに可愛いデザインだ。

「このプリンの名前はね、プルプル可愛いプリンちゃんて言うんだよ。」

「プルプル可愛いプリンちゃん!」
翔馬はツボに入ったらしく、笑いが止まらない。
"プルプル可愛いプリンちゃん"を食べ終わるのに大人では信じられないくらい時間がかかったよ。





































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