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渡辺太郎はとめどなく流れる大粒の涙をハンカチで押さえている。
ペラっとしたハンカチ1枚では、恵子への歪んだ愛情から湧き上がった涙を止めることはできそうにないようだ。

次第に会話は無くなって渡辺太郎の啜り泣く無様な声と、スイーツニャンコのグッズに囲まれてテンションが上がった翔馬の歓喜の声が部屋を支配していく。

俺はある種のチャンスを無駄にしたくないと思い意識して頭をフル回転させていた。

泣き喚くバーコードハゲの渡辺太郎から何しかしらの情報を得る事はできないだろうかと。

ただし漠然と思案しているだけで、何を質問するべきかちっとも頭に浮かんでこない。
メデューサの足取りを掴む為、気合い充分ではあるのだが燃料が空っぽの車に乗ってハンドルを握っているようなものだった。

渡辺太郎は小さなサーモンピンクのテーブルに顔を伏して乱れに乱れたハゲ頭をこちらへ晒している。
涙でビショビショになったハンカチを右手で強く握りしめている。


俺は渡辺の頭頂部を見ながら頭の中でチラシの裏や紙の切れっ端に箇条書きをするような感覚で考えた。

聞きたいこと。
当然それはメデューサのこと。
俺が知らなくて渡辺が知っている貴重な情報。
好きな食べ物やブランド物のバッグだとかクソほど役に立たない情報ではなく、例えばトオル達以外の友好関係、或いは職場、かつて働いていた職場でもいい。
そこを質問するのも悪くない。

他には…そうだ、そうだ!
メデューサに食事をご馳走して惨めな疑似恋愛をしていた際、どうやって待ち合わせをしていたのだろう?
電話番号や無料通話アプリを使って落ち合っていたのではないか?

あっ!
肝心な事を忘れていた。
そういや、コイツは興信所で大金をはたいてメデューサを調べたわけだから、きっと有力な情報を得ているはずだ。

俺は泣いている渡辺に質問した。

「渡辺さん、確か先程おっしゃってましたが興信所を使って身辺調査をしたのですよね?」
俺はシティホテルのコンシェルジュのような丁寧な話し方をした。


渡辺は顔を上げた。
目を真っ赤にしながら、力無く「はい。」と答えた。

「興信所での調査内容を教えてはいただけませんか?」

「いや、さすがに第三者にそれを教えるのは、ちょっと…。」
渡辺は4回ほど頭頂部のバーコードを左手で整えている。

「確かに大切な個人情報ですから、他者に漏らす事が出来ないのは重々承知しています。
興信所で契約書も交わしている事でしょう。
しかし私は翔馬を預かっている立場です。
ご存知の通り私の息子でもなければ甥でもない。赤の他人です。
隣人だというだけで、突然預かって欲しいと強引に頼まれたわけですよ。
しかも、とんでもなく危険な輩と出て行ったわけです。
私は事件に巻き込まれてしまった可能性が高い。
沢山の有力な情報を集めなければならないと思うのは当然だと思いませんか?渡辺さん!
メデュ…山田恵子さんの安否が気になります。なんせ、私は翔馬を預かっているのですからね。」

俺は嘘偽りはなく本音で胸の内を明かした。
芝居かかった演技ではなく本気だからこそ、自分でも説得力があると思った。

渡辺は溢れ落ちる涙をとっくにビショ濡れになっていたハンカチで拭った後、鼻をかもうとして着ているジャケットやズボンのポケットに手を突っ込んでいる。
ちり紙がなく困った素振りをしていたので、俺はメデューサの家のボックスティッシュを手渡した。


「あ、ありがとうございます。」
渡辺はペコッと頭を小さく下げてお礼を言いながら鼻をかみ始めた。

「ブォー、確かにそうですよね。いきなりほぼ面識のない人の子どもを預からなきゃならなくなるなんて不安ですよ。
おまけにヤクザなのかわかりませんが、恵子は関わってはならない連中と付き合いがあったわけですし…。
わかりました。教えますよ。興信所で調べて頂いた恵子の事を。
私が知る限りの恵子の事を。」





















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