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「もちろん私だってお腹を痛めて産んだ子だからね。離ればなれで暮らすのは寂しいよ…。ただ、どうしても理由があってさ。せめて2週間くらいは、あの子の面倒をみてくれないかな?」

灯りの下、女の毒々しい表情を見るとメデューサのようだ。

「ねぇ?お願いだよ!でないと私、大変な事になっちゃうの。」

女の図々しさ、育児放棄…。

親の子どもへのネグレクトはテレビやネットを通じて、もちろん知っていた。

若い内縁の夫と共謀して熱湯を浴びせた事件。
食事も殆ど食べさせず餓死させた事件。
真夏の炎天下の中、意図的に車内に置き去りにして熱中症で死なせた事件。
激しく暴行した後に山林に穴を掘ってゴミのように埋めた事件。

どれもこれも許すことなど到底不可能であり残忍で身勝手な犯行だ。

テレビで報道された狂人達と何ら遜色ない人物が俺の目の前でペチャクチャ勝手な事を話している。

もしかしたら、こんな女はトオル達に殺害された方がいいのではないか。
出来ればトオル諸共、くたばればいい。

「なんか言ってよ!」
女は痺れをきらせている。

しばらく明るかった照明はまた点滅を繰り返すようになり、目の前にいるメデューサが現れたり消えたりする。

至極当たり前の事だが俺は理由を知りたかった。
どこへ誰と何の為に子どもを置いてまで行く必要があるのかを。

俺は女に当然の疑問をぶつけた。

「仕方ないの…。金銭的な理由でさ。どうしても逆らえないの。私が今から行く所って深くは言えないけど子どもは連れていけないんだよ。」
女の返事は薄っぺらい。これでは俺の質問に答えていない。
腹が立ってきた。

「どこにそんなバカげた話があるんだよ!そんな説明でこちらが納得すると思っているのか!」
俺は強い口調で言った。

「私が決めたわけじゃないよ!向こうの人が子どもは連れてくるなと言ってるから従っているの!ここに住んでいる事が知られてしまった以上、逃げたくても、もう逃げらんないんだよ!」
女も俺につられたように口調が強くなっている。

「今話した金銭的な理由って、もしや借金だな?借金取りに追われているのか?」
俺は感情的になるのを堪えた。
女から情報を引き出そうと思ったからだ。


「借金取りとは違う…。でもお金で揉めたのは認めるよ。」
女に先程の勢いはなく声がトーンダウンしている。

「じゃあ誰だ?何をやっている人間なんだ?」
俺は気づいたら敬語ではなくなっている。
そんな事はいまさら構わないだろう。

「言えない。」
女は静かな声ではあったが、首を振ってキッパリそう言った。

「具体的な理由もどんな奴らと、どこへ行くかも言えない女のお願いなんか聞けるかよ!俺は事件に巻き込まれたくないんだ!」
俺は感情的になってしまい、また振り出しに戻ってしまった。

「お隣さんお願いだよ!これ以上は追求しないで!ねっ?ただ、話すべきか迷ったけど、たぶんお隣さんの考えているとおり、私を連れていく人らはまともな人間ではないよ。それだけは伝えておく…。」

まともな人間じゃない。
そりゃトオル達だもんな…。
こんなヤバイ女が俺の前にいるなんて、最悪だよ。

「それで…いつ頃、ここを出るの?そもそもアパートの契約はどうなっているんだ?先日、越してきてまたすぐ出ていくのか?それとも家賃を俺に支払わせるつもりか?」

「家賃をお隣さんに支払わせるなんて事はしないよ。それはあり得ない。
ここの家賃なら私にゾッコンな人が毎月支払ってくれる約束だから。
しかもこのアパートに越してくる前に向こう半年分の家賃をまとめて支払ってくれたの。
お隣さんに言われる前に言うけど、アパートの家賃を支払ってくれている人は今回の件とは全く無関係だからね。
ちなみに家賃を支払ってくれる人は家庭があるからという理由での面倒を見る事は出来ないって言われた。家賃だって払って貰っているし、さすがにこれ以上は頼めなかったわ。
それにしても、これから安定した生活が出来ると思ったのに、この有様よ。
えっと最初の質問はなんだっけ…あっ、そうそう!いつ出ていくかだよね?今日出ていく事になっているよ。」

やはり俺とメデューサの間には大きな隔たりがある。

次元が違う、別世界の住人だ。














 













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