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女はコーヒーを全て飲みきってカップをテーブルに叩きつけるように置いた。
とっくに冷めきっていたのだろう。
不満を抱えた酒乱がビールジョッキを乱暴に扱うのと似ている。

女は一言も発せず沈黙したままだ。

自分から話をして、物事を進展させるつもりはなかったので俺も黙り込む事にした。

「ねぇ?なんでお話しないの?」
顔をエメラルドグリーンにさせた男の子は女の顔を見て話した。

「そうね…。」
ただ一言だけそう言ってまた黙り込んだ。

女はすぐさま、「はぁ。」とため息をつく。

ため息をつきたいのは俺の方だ!
女との取っ組み合いの後は落ち着いてきていたものの、また腹が立ってきた。

男の子はお話してよと膝の上で乗馬をしているように身体を揺さぶる。

「ねぇママ、お話して!ママ!」

「静かにしなさい。」

「ママ!おっはなし!おっはなし!おっはなし!」男の子は無邪気にそう言いながら光る玩具を振りかざした。

「うるさいわね!お前はあっちにいきなさいよ!」
女はヒステックに男の子を怒鳴った。
更に男の子のパジャマの首根っこを掴み、膝の上から立ち上がらせると寝室に連れて行きここで静かにしてろ、ママが良いと言うまでここに居ろと言い放って襖を閉めた。

過去にもこの女は男の子に怒鳴り声をあげていたのを、隣の部屋に住む俺に嫌でも聞こえていた。

男の子は泣きじゃくっている。

「まだ小さな子どもに対してやり過ぎだろ!」
俺は男の子を不憫に思い暴力的な女を注意した。

「子どもを育てた事もない人にあーだこーだ言われたくない!」

仮に俺に子どもがいたとしても、この女みたいに理不尽な事をする気は一切ない。

女の発言に反論してやろうと思ったが黙っていた。
なぜなら俺がこの部屋を出た後、男の子に対する虐待がエスカレートするのを恐れたからだった。

「でも、これで良かった。あの子に聞かれたくなかったからね。」
女はボソッと呟いた。

ジジジ…。

点滅していた電気が安定しはじめた。
女の表情がハッキリ分かる。
眉毛をピクピク動かしながら目を細めて俺を見つめている。

「あの子なんだけど…実は連れていけないのね。私と少しの間は離れて暮らさなきゃならないの。だからお隣さんがあの子の事を預かってほしくて。」

まさか、まさかの発言に俺は呆気にとられてしまった。


最近、隣に越してきたばかりでなんの面識もなく挨拶さえまともにしたこともない人物に?

女の常識のなさは次元を超えている。
同じ3次元で生活しているとは考えられない。
俺と女との間には大きな隔たりがある。







アブラムシとアリゲーターは種族を超えて結婚していた。
夫であるアブラムシが糊の利いたシャツと高価なスーツに身を包み妻に笑顔でお見送りされ、お抱えドライバーの運転で出勤した。

夜、帰宅すると妻であるアリゲーターは夫を優しく労い、愛情のこもった豪勢な料理が木目のテーブルにズラっと並ぶ。
アブラムシは結婚してからスーパーの惣菜などを一切口にしたことが無い。

夫婦のコミュニケーションには、先日ライバルのテントウムシが経営する企業の株価が大暴落した話や隣に住むアリ夫婦の妻が夫に愛想を尽かして出て行った等の話は一切なく、旅行の話や最近アブラムシが始めたカメラの話、アリゲーターのコーラスグループの本番が近づいていて緊張しているといった内容の話だった。

スプーンやフォークが真っ白い皿に時折り当たる。
無機質なはずの音がどことなく幸せな鐘の響きのようだった。

夕食後、静かな青い夜が辺りを覆うとアブラムシがウィスキーを嗜め、ほろ酔い気分になる。
妻のアリゲーターは音楽好きでレコードコレクターである夫に、甘いピアノが聴きたいと頼む。

アブラムシは微笑を浮かべ、アリゲーターの抽象的なリクエストに応える。
慣れた手つきで、レコードを回転させて針を落とす。

異国の古いジャズが流れる。

アリゲーターは灯を消してベッドに潜り込んだ。

2人にとって甘美なひとときーーーー
愛が肉体と肉体とを結びつける夜。





俺は遠い美しい惑星から小便臭い地球圏に突入した。

この悍ましい人類達が牛耳る世界に帰還した。

赤の他人に子どもを預かってくれと言う頭のイカれた女が存在する現実に帰還した。


















































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