23 / 92
23
しおりを挟む
しかしスマホを持つ手が、まるで寒さでかじかんだようになり、指先で上手く操作できない。
日中と違って、確かに夜は寒くなったが決して寒さが原因ではなかった。
自分では大義名分のもと、人助けをする使命感があり緊張なんてしていないつもりだったが、いざ110番通報をしようとスマホを手に持った時、威勢の良さは徐々になりを潜めてしまった。
もし俺が隠れて通報したことが輩にバレたら…。
そんな最悪な事態が頭を過ぎる。
理由があるにせよ、さんざん人に罵詈雑言を浴びせ執拗に暴力を振るったあげく、女を海に沈めたいと笑った奴らだ。
そんな事を本当にするかは分からないが頭のネジが何本かブッ飛んでいるのは間違いない。
俺は通報をする前に奴らに気づかれないよう静かに腹式呼吸"モドキ"をした。
以前、ヨガ教室に通っていた元カノに教えてもらった事がある。
ちっとも上手くできないがやらずにはいられなかった。
目を閉じながら、緊張のせいで乱れに乱れた心を整えようといい加減な腹式呼吸をする。
「すぅぅぅ…。」
「今更、謝っても遅いんだよ!アバズレ!!」
「はぁぁぁ…。」
「もぉやめでよぉ。うぅぅ。」
「すぅぅぅ…。」
「何言ってっかわかんねぇよ!」
「はぁぁぁ…。」
「痛いよぉ!やめでぇぇぇ!やめでぇよぉぉぉ!」
「すぅぅぅ…。」
「ドーン!!!」
例のごとく、シャッターにぶつかる音が激しく聞こえたのと同時にドスの効いた男が獣のような唸り声をあげている。
緊張を緩和させる為に腹式呼吸をしても怒鳴り声が聞こえてくる、こんなヤバイ状況では集中できやしないじゃないか!
気づくのが遅かった。
もはや頭のネジがブッ飛んでいるどころの話ではない。
この二人は特撮ヒーローに登場するような人類の滅亡を企む血も涙もない怪物達と似た思考だ。
俺は今、そんな危険な奴らと関わろうとしている。
雨漏りしてそうな安っぽい倉庫のすぐ向こう側で、人間の女がなんちゃら怪人やなんちゃら星人に捕らえられて殺されかけている。
人として絶対に許してはいけない場面だ。
俺はプルプル小刻みに震える唇を噛み締めた。
特撮映画であれば悲鳴をあげて我先に逃げ惑う群衆を背に、砂埃を撒き散らして倒壊した建物から正体不明のヒーローが勇敢に立ち向かっていくという状況だろうが残念ながら現実はそうじゃない。
この場にいるのは職場で高橋というおっさんに陰湿なパワハラをされ、カップルに小馬鹿にされたダサイ服装に身を包む弱々しい俺だけだ。
そんな俺に出来る事なんてあるわけがない。
高齢のホームレス男性が猟奇的な高校生の集団に殺害された、あの極悪非道な事件の目撃者達も、もしかしたら俺と同じ心境だったのかもしれないと思った。
女を見捨てて逃げるか?
高齢のホームレス男性を見捨てた傍観者と同じでいいのか?
俺は決断出来ずにいる。
暗闇の中でも分かるくらい掌が汗でビチョビチョになっていた。
俺の緊張はジェットコースターが猛スピードで急降下する前の段階ーーーー上へ、上へと角度をつけて上がっていくあの状況に似ている。
別に知らない女の為に怪物を相手にする必要なんてない。
しかし、俺はきっと激しく後悔するだろう。
ふとした時、夜中は眠れなくなるしドラマや漫画で似たような場面があれば今回の件を思い出して気を病むはずだ。
「ねぇトオル?コイツの汚いおパンティ脱がしてケツにタバコの火を当ててさ、ケロイドヒップにしちゃおうよ!」
「嫌ぁぁぁ!!!」
「がははは、本気かよ?」
「何?出来ないわけ?」
「ナオ、コイツは稼がなきゃならんわけだぞ?ビンタや海で溺れるのと違ってよぉ、身体に傷ができちまう。」
「クソ!」
俺はこのやりとりを聞き、背筋がゾッと凍りついた。
"ナオ"と呼ばれている女は"トオル"に残虐行為を提案したものの否定された事によって泣きじゃくる女は一時的に事なきを得た。
ケロイドヒップは回避できたわけだ。
しかし、これで安心できるわけがない。
怪物達が新たな残虐行為を思いつく前に、すぐさま行動をしなきゃならないという気持ちが強く芽生えた。
恐怖に支配されていたが、これで踏ん切りがついた。
よし、110番通報しよう。
ただし、怪物達に見つかればゲームオーバーだ。
見つからないように通報する為には、この場を離れて安全な場所から通報するしかない。
警察には本名を明かすことはしなくてもいいだろう。
適当に山田や田中でいい。いっそ高橋と名乗ってもいい。
事件を目撃して通報してくれた善意ある市民に対して警察も強くは追求しないだろう。
俺はヒーローではなく一般人だ。
それもひ弱な小心者だ。
面倒事も苦手だ。
かえってこの気持ちが俺を突き動かした。
自分の限界を超えてまで何かをしようと考えたからダメだったのかもしれない。
もう迷いはない。
そうと決まればすぐ行動に移さなきゃ!
怪物達に時間を与えてはいけない。
通報さえすれば、ほぼ俺の役目は終わりだと思っていいだろう。
やるべき事をやった後は警察が早く到着してくれるのを祈るのみだ。
それだけで充分だ。
ヒーローのような振る舞いはできっこないが俺は高齢のホームレス男性を見捨てた傍観者とは違う!
通報をしようとスマホを握りしめて倉庫を離れようとした瞬間、着信音が鳴った…。
日中と違って、確かに夜は寒くなったが決して寒さが原因ではなかった。
自分では大義名分のもと、人助けをする使命感があり緊張なんてしていないつもりだったが、いざ110番通報をしようとスマホを手に持った時、威勢の良さは徐々になりを潜めてしまった。
もし俺が隠れて通報したことが輩にバレたら…。
そんな最悪な事態が頭を過ぎる。
理由があるにせよ、さんざん人に罵詈雑言を浴びせ執拗に暴力を振るったあげく、女を海に沈めたいと笑った奴らだ。
そんな事を本当にするかは分からないが頭のネジが何本かブッ飛んでいるのは間違いない。
俺は通報をする前に奴らに気づかれないよう静かに腹式呼吸"モドキ"をした。
以前、ヨガ教室に通っていた元カノに教えてもらった事がある。
ちっとも上手くできないがやらずにはいられなかった。
目を閉じながら、緊張のせいで乱れに乱れた心を整えようといい加減な腹式呼吸をする。
「すぅぅぅ…。」
「今更、謝っても遅いんだよ!アバズレ!!」
「はぁぁぁ…。」
「もぉやめでよぉ。うぅぅ。」
「すぅぅぅ…。」
「何言ってっかわかんねぇよ!」
「はぁぁぁ…。」
「痛いよぉ!やめでぇぇぇ!やめでぇよぉぉぉ!」
「すぅぅぅ…。」
「ドーン!!!」
例のごとく、シャッターにぶつかる音が激しく聞こえたのと同時にドスの効いた男が獣のような唸り声をあげている。
緊張を緩和させる為に腹式呼吸をしても怒鳴り声が聞こえてくる、こんなヤバイ状況では集中できやしないじゃないか!
気づくのが遅かった。
もはや頭のネジがブッ飛んでいるどころの話ではない。
この二人は特撮ヒーローに登場するような人類の滅亡を企む血も涙もない怪物達と似た思考だ。
俺は今、そんな危険な奴らと関わろうとしている。
雨漏りしてそうな安っぽい倉庫のすぐ向こう側で、人間の女がなんちゃら怪人やなんちゃら星人に捕らえられて殺されかけている。
人として絶対に許してはいけない場面だ。
俺はプルプル小刻みに震える唇を噛み締めた。
特撮映画であれば悲鳴をあげて我先に逃げ惑う群衆を背に、砂埃を撒き散らして倒壊した建物から正体不明のヒーローが勇敢に立ち向かっていくという状況だろうが残念ながら現実はそうじゃない。
この場にいるのは職場で高橋というおっさんに陰湿なパワハラをされ、カップルに小馬鹿にされたダサイ服装に身を包む弱々しい俺だけだ。
そんな俺に出来る事なんてあるわけがない。
高齢のホームレス男性が猟奇的な高校生の集団に殺害された、あの極悪非道な事件の目撃者達も、もしかしたら俺と同じ心境だったのかもしれないと思った。
女を見捨てて逃げるか?
高齢のホームレス男性を見捨てた傍観者と同じでいいのか?
俺は決断出来ずにいる。
暗闇の中でも分かるくらい掌が汗でビチョビチョになっていた。
俺の緊張はジェットコースターが猛スピードで急降下する前の段階ーーーー上へ、上へと角度をつけて上がっていくあの状況に似ている。
別に知らない女の為に怪物を相手にする必要なんてない。
しかし、俺はきっと激しく後悔するだろう。
ふとした時、夜中は眠れなくなるしドラマや漫画で似たような場面があれば今回の件を思い出して気を病むはずだ。
「ねぇトオル?コイツの汚いおパンティ脱がしてケツにタバコの火を当ててさ、ケロイドヒップにしちゃおうよ!」
「嫌ぁぁぁ!!!」
「がははは、本気かよ?」
「何?出来ないわけ?」
「ナオ、コイツは稼がなきゃならんわけだぞ?ビンタや海で溺れるのと違ってよぉ、身体に傷ができちまう。」
「クソ!」
俺はこのやりとりを聞き、背筋がゾッと凍りついた。
"ナオ"と呼ばれている女は"トオル"に残虐行為を提案したものの否定された事によって泣きじゃくる女は一時的に事なきを得た。
ケロイドヒップは回避できたわけだ。
しかし、これで安心できるわけがない。
怪物達が新たな残虐行為を思いつく前に、すぐさま行動をしなきゃならないという気持ちが強く芽生えた。
恐怖に支配されていたが、これで踏ん切りがついた。
よし、110番通報しよう。
ただし、怪物達に見つかればゲームオーバーだ。
見つからないように通報する為には、この場を離れて安全な場所から通報するしかない。
警察には本名を明かすことはしなくてもいいだろう。
適当に山田や田中でいい。いっそ高橋と名乗ってもいい。
事件を目撃して通報してくれた善意ある市民に対して警察も強くは追求しないだろう。
俺はヒーローではなく一般人だ。
それもひ弱な小心者だ。
面倒事も苦手だ。
かえってこの気持ちが俺を突き動かした。
自分の限界を超えてまで何かをしようと考えたからダメだったのかもしれない。
もう迷いはない。
そうと決まればすぐ行動に移さなきゃ!
怪物達に時間を与えてはいけない。
通報さえすれば、ほぼ俺の役目は終わりだと思っていいだろう。
やるべき事をやった後は警察が早く到着してくれるのを祈るのみだ。
それだけで充分だ。
ヒーローのような振る舞いはできっこないが俺は高齢のホームレス男性を見捨てた傍観者とは違う!
通報をしようとスマホを握りしめて倉庫を離れようとした瞬間、着信音が鳴った…。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる