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長時間ヘルメットを被っていた為、ペッタリしている髪を手櫛で整えながら、ライトを照らし音をたてて走りゆくトラックの横を注意しながらゆっくり歩く。


春とはいえ日中と違い、夜は肌寒い。
何か羽織るものを着てくればよかったと少し後悔した。
俺は今朝、嫌気がさしてお天気お姉さんが話している途中でテレビを消してしまっている。
もしかしたら夜は寒くなるからジャケットが必要だと、彼女は伝えていたかもしれない。


オレンジ色の灯りが点々としている道を歩きながら、今日起きた出来事を考えていた。

八木は涙を流す俺に、上司として申し訳なく思っていると真摯な態度で話してくれた。

彼曰く、今回の件に関して今のところ誰が大量破損事故を起こしたかは不明だが状況的に、俺(佐山)がしでかした事ではなく可能性としては早番の高橋がやらかしたのではないかと俺と宮本を交互に見ながら下唇を噛み締めていた。

高橋の度重なるパワハラや今回の件にも俺が言及する前に、八木が丁寧に話を続ける。(実際は言及する余裕なんて、俺にはこれっぽっちもなかったが)

「高橋はあの通り勤務態度が悪いだろう?ウチらだけでなく、親会社の評判も悪くてさ。その事で俺は呼び出しをくらったりもしていたんだよ。」


の暴力に振り回されて職場の風紀が乱れまくってるんすよ、会社としてかなりヤバくないっすか?」

宮本のストレートな問いに「あぁ。」と、覇気のない空気の抜けたような声で八木は返事をした。
俺と宮本が飲んでいる缶コーヒーと同じメーカーの缶コーヒーをひと口飲んだ後、頷きながら続けて八木は話した。

「宮本と同じで、俺もそう思っているよ。特に今回の件ではね。」

「それなら早く高橋氏に"バイバイ"した方がいいっすよ!違いますか?」
宮本は身を乗り出して、八木に話した。飛沫が飛んだのを目で確認できる。

「高橋の件に関して、今日中に本社に連絡するつもりだよ。日頃の行いだけでなく佐山を犯人扱いして、あげく関連会社に嘘を垂れ流しているからな。
これは問題だよ。」

そう言う八木は凛々しい表情で俺を見た。
隣で座っている宮本も俺の横顔を見ているようだ。
宮本の顔は視野に入ってはいないが、これは感覚的なものでだいたい分かる。

「それとな、佐山。
これも伝えておかなくちゃな。
お前、長いこと有給を消化していないぞ。しばらく繁忙期が続いた時、頑張って働いてくれたわけだから、こちらとしてはとても助かったわけだし感謝しているけどさ…。」

先程の凛々しい面構えから、うってかわり眼が泳ぎはじめる。
泣き止んで多少の落ち着きを取り戻した俺から視線をそらし俯いてしまった。

宮本は八木に何か言いたげそうにしていた。
口を開くことはなかったが、代わりに指でテーブルをコツコツ鳴らしたり貧乏ゆすりをしながら、その場で生じた気持ちを発散させているようだった。

八木はパソコン台に置いてある卓上カレンダーに指をさしながら
「突然だけど明日から…いや土日を挟むから来週からか。2週間休んでほしい。」

「こういっちゃなんだけど、高橋の件もあって心身共に疲れ切ってるだろ?
アイツの事は責任者である俺が何とかしておくから、しばらく休んでよ。なっ?」

「はぁ…でも、自分が休むと…またその…。」
俺は頭で考えている事を上手く言葉にして、伝えられずにいると

「もしかして、物量すか?それでしたら大丈夫なはずですよ。ねっ八木さん?」
宮本が俺の気持ちを代弁してくれた。宮本って、こんなにフレンドリーな人だったっけ?と俺は思った。

「もう閑散期に入ったんだよ。例年よりちょいと早いから、佐山は気づかなかったかもしれないな。
その証拠にここ最近は、ほとんど残業なんてしてないだろ?
何の予定だか知らないが小室は早引きするしさ。
今だって、次の作業まで40分くらい余裕があるんだよ。
反対に高橋は、この時間から忙しいというか、忙しくさせたというか…。今日はヤツと顔を合わせる事はないぞ。」


そういえば、隣に住む母子が引っ越してきてから数回残業があっただけで定時上がりが増えたなぁ、と考えていたら八木が"小室"の名前をだしたので小室の顔が浮かんできた。

小室が残業手当てを狙って無意味に残業をしている事を八木はどう思っているか話そうと思ったが、この場で話すのは相応しくないと判断し黙っておいた。

「おい、どうした?休む事にまだ不安はあるのか?」

小室の事を考えてボーッとしていたら、悩んでいるように見えたらしく俺の顔を下から覗きこむように八木が心配して問いかけてきた。

「たぶん、佐山さんは長めの休みをとったら高橋氏がキレるんじゃないかって不安なんすよ!」
宮本はそう発言した後、俺に視線を向けている。
これも感覚的に分かっていた。

確かに高橋なら、2週間も休めば俺に噛みついてくるだろう。
宮本に言われるまで、俺は考えも及ばなかった。


「佐山、そうなのか?そんな事を心配するんじゃないよ。高橋にとやかくいわれる筋合いはないんだから、なっ?」

「そうっすよ!佐山さん!有給は当然の権利です。今まで休みも取れず働いていたのだから!」

宮本の発言で、再び八木の眼が泳ぎはじめた。
警察ドラマの取り調べのシーンで、刑事に脅迫されてビクビクしている容疑者そのものだった。

「…まぁ、しっかり休んでリフレッシュしてくれよ。
さっきも話したけど、高橋の件は心配無用だからさ。」





交差点の信号は赤だった。俺は振り返り職場の建物を見つめた。

後ろからやってくるトラックのライトが眩しく、咄嗟に左手で顔を隠した。

八木の言った通り、午後からは高橋と顔を合わせる事は一度たりともなかった。

高橋がいないことで精神的な負担が、これほどまで軽減されるとは。
寧ろ、職場で生じる負担の90パーセントは高橋じゃないかと思った。

高橋のような陰湿で暴力的な輩がいなければ、今日の午後のように平穏な日々があるはずなんだ…。

そんな事を考え交差点で立ち尽くしていると、前から通行人がぞろぞろ歩いて来ている事に気づく。

とっくに信号は青に変わって点滅していた。


































































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