ザ・グレート・プリン

スーパー・ストロング・マカロン

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「お前しかやらかす奴はいねーんだ!お前が白状しなけれりゃ今朝、早番の俺が疑われちまうじゃねえかよ!」
高橋は興奮して尖った口からペッペとツバを飛ばし、その細い目を更に吊り上げていく。

俺は高橋の怒涛の口撃にショックを受けて頭の中が真っ暗になり思考停止しかけたが自分が潔白である事を証明する為、震える声を必死にコントロールしてやっとの思いで八木に伝えた。
しかし、それが高橋に聞こえたようで更に高橋の怒りに拍車がかかり大きな炎のように激しく燃え盛っている。

高橋は怒り狂い俺の肩を強引に掴んだ。
これを隣でいた八木が見かねてすぐ止めに入った。
八木は高橋に向かって暴力は止めろと言い放ち、同時に俺と高橋の間にスッと入り込んで俺の肩を掴む高橋の手を払った。
この光景を見た加藤は目が点になり驚きのあまり固まってしまった。
宮本は喧嘩は勘弁してくれよといった表情で声を出して深いため息をついた。

引き離されても尚、高橋は俺に罵声を浴びせながら黒く汚れた指で、俺に指をさしている。
八木は「高橋、お前いい加減にしろよ!」と俺に背を向ける形で前に立ちはだかり、怒り狂う高橋を強い口調で注意した。

「ひとまず、この話は終わりにする。解散。」
八木は事態を鎮静化する為に皆に告げた。
「佐山!お前のせいだぞ!」高橋は身を乗り出して八木の背中で隠れている俺に指をさしながら言った。
高橋は顔が紅潮して茹でタコのように真っ赤になっている。

「ドライバーから出荷の連絡きてんだよ!早く仕事しろよ!」八木は高橋が身を乗り出して俺に突っ掛かってくるのを制しながら怒鳴った。

高橋はブツブツ文句を言いながらフォークリフトに乗りこんだ。悪態をつくようにクラクションを鳴らして倉庫Cを出た。
大型台風のように辺りをめちゃくちゃに荒らした高橋が消えて、また詰所にいた時のような秒針の音が聞こえるくらい静かになった。

3人の内、1番はじめに口を開いたのは宮本だった。

「あいつ頭狂ってるな…。」独り言を呟くように言った。
「別に犯人探しをしているわけじゃないんだけどね。」固まっていた加藤も宮本に続いて独り言のようにボソッと呟いた。

「ミスは仕方ない。でも隠さず報告をしてくれないとまずいんだよ。会社も今は昔とは違うんだからさ…。」八木はやや俯いて言った。
加藤はこくりと首を縦に振って同意していた。




俺は八木が話した"昔とは違う"の意味を知っている。
ミスをした作業員は数日間程、謹慎処分を受ける。
謹慎処分といっても自宅での謹慎ではなく一応、出勤はする。
通常の仕事をする代わりに詰所にこもり沢山の始末書を書かされるハメになったのを見た事があった。
同じ業務を担う自分達だけでは済まされず本社や関連会社に報告をする義務が発生するので各フロアで仕事をしている関連会社の社員にも謹慎処分を科されている事は知られてしまう。

俺の職場だけでなく関連会社の社員や一部のトラックドライバーが謹慎処分をくらっている人を陰で"やらかした人"と言って喫煙所や詰所など至る所で噂話が広まりボロクソ馬鹿にしている。

謹慎処分が解けた頃には完全に噂が広まっている為、所謂"やらかした人"は全体から名前も顔も知られており、見下され嫌味を言われて孤立してしまう。
そんな中で働く事は、ある種の公開処刑といっても過言ではないだろう。

謹慎処分を受けた作業員は俺の知っている限り3名いて全員、自己都合で退職をしている。
この3名に小室が含まれていた。

小室に関しては俺が入社をする以前の話になる。
小室は現在もフォークリフトの免許はなく手元として限られた範囲の業務しか担当していない。
小室が退職した理由は他の2名とは全くもって異なるものだった。
小室はトイレで居眠りをしてサボったりしていたが1番の決め手は勤務中にも関わらず職場放棄をして家電量販店へ行きマッサージチェアでイビキをかいて寝ているのを、たまたま事務の女性に発見されたのが決めてとなった。

さすがに小室は、この件がもとで退職をしている。
退職後は清掃作業やコンビニバイトをやるなど転々としていたらしい。
八木の話によれば行き場の無い小室は八木に電話をかけて泣きながらもう一度、働かせて欲しいと連絡を入れた過去があった。
「うちの5歳の息子みたいに泣いてさ、会話が聞き取れないくらいだったよ。」と苦笑いしながら教えてくれた。

どの業種に就いても人間関係が上手く構築出来ない為、周囲から浮いて相手にされず仕事は長続きしていなかったようだ。

素行不良とはいえ、かつての部下である小室に泣きつかれた事ももちろんだが、当時は今より慢性的な人手不足というのもあり八木は一応は経験者である小室の出戻りを認めた。


小室の話は例外だが過去に退職した2人と違い、今はここまでペナルティは科されていない。
関連会社にはミスを報告しても誰がミスをしたかまでは明かす事はなくなった。
始末書は書いても詰所で缶詰になるなんて事も今では考えられない。
高橋が入社する前から既に、このような事はなくなっていた。

実際に加藤は昨年、目的地ではない店舗に向かうトラックに商品を出荷させてしまうという誤出荷をしている。
そのようなミスをしても加藤は"やらかした人"にはならず始末書だけで事なきを得ていた。
八木の言う通り、もう昔とは違う。


高橋はおしゃべりな小室(小室は自分の素行不良や出戻りについては話してはいないはず)から過去に起きた出来事ーーーー
"やらかした人"については聞かされて知っているが、同時に誤出荷をした加藤が干されなかった事も知っている。


1つハッキリしているのは、なぜかは分からないが高橋は俺に対して強烈な悪意を持っている事。
過去に高橋自身が犯したミスであるエレベーターの件でも全く無関係な俺をでっち上げて犯人扱いしている。

俺は今、過去の件も含めて2度も高橋に濡れ衣を着せられている。

先ほど高橋に恫喝されてかなりの精神的ダメージを受けたが、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある状況の中で俺はある事を考え始めた。

それはエレベーターの件と同じで今回も


俺が高橋を疑うのは自然な事だと思う。








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