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エレベーターが5階に着いた。
ドアが左右にゆっくりと開いていく。
正直、面白みもなく生産性のない仕事だ。
それだけなら何の不平不満もないが高橋や小室といった脅威的な殺人ウイルスが暴れ回り俺の身体を蝕んでいく。
ヤツらから身を守る抗体は一切、俺には備わっていなかった。
一度、この殺人ウイルスに感染すると暗くて先が見えず永遠に続くかのような長いトンネルの中を悲しみや憎しみを抱えて進まなければならない。
それでもどうにかこうにか暗闇で目を凝らし手探りで出口を求めてトンネルを歩いていると何かのタイミングで辛い出来事がフラッシュバックしてしまう。
このような大変危険な殺人ウイルスから身を守る策はせいぜい近寄らないようにする事くらいしかない。
人間関係も病気と同じで予防は必要だと思う。
しかし悲惨な事に今更それに気づいても、既にもう泥沼にハマってしまっている。
エレベーターを降りて、ドアを閉める為に"閉"ボタンを押した。
この時もボタンを連打で押してしまう。
このまま開けっ放しにしていると警報が鳴り響き非常にうるさい。
それ以上に他のフロアの作業員がエレベーターを使用したい場合、エレベーターが開けっ放しであるとボタンを押してもエレベーターを呼び出すことが出来ない為、迷惑をかけてしまう。
以前にも高橋がエレベータードアを閉め忘れて、開けっ放しのまま放置した事があった。
たまたま付近にいた上司の八木が発見して高橋がドアを閉め忘れていた事を注意した。
八木の話によると高橋は最後まで言い訳をして、事務所でパソコンを使い入力作業に追われていた俺のせいにしていたとのことだった。
その場にいない俺がどうやってエレベータードアを閉め忘れるというのだろう?
八木は高橋のついた嘘を呆れたように笑っていたが、俺は深刻にこの話を聞いていた。
いつもの俺なら面白くもない事でも相手に合わせて笑う事くらいはいくらか出来たが、この時は愛想笑いでさえ到底出来るわけがなかった。
高橋の卑劣さは群を抜いている。
’’死神"に取り憑かれているような心境だった。
俺はこの件以降、今まで以上に高橋と接する機会を極力避けて関わらないようにした。
やはり病気と同じで人間関係も予防がなによりも大切なんだとつくづく思い知った。
たまたま上司の八木がいたから、俺のアリバイは証明出来たが次は高橋の策略にハマりどんな濡れ衣を着せられるか分からない。
エレベータードアを完全に閉めた後、本日の物量を確認する為、詰所の引き戸を開けた。
いつもなら必ず誰かいるのだが誰もおらずガランとしていた。
詰所に入ってすぐ、俺はガタガタしてバランスの悪くなったパイプ椅子に座りながら作業リストに目を通す。
小室とトイレで出くわした時「今日は忙しいですよ」とほざいていたが、定時上がりで済みそうだった。
毎度の事ながら小室には呆れてしまう。
1階の事務所のパソコンと繋がっている詰所のパソコンを使いリストでは分からない具体的な物量、入出荷のおよその時間等をチェックしていた。
壁掛け時計の秒針が1秒毎にカチカチと詰所中に音を響かせている。
いつもならフォークリフトの騒音や怒鳴り声で掻き消されてしまうはずなので詰所にいて壁掛け時計の音なんて聞こえてくるはずがない。
この静けさに違和感を感じた。
俺はパソコンで一通り確認した後、すぐ詰所を出た。
やはり水を打ったように静かだ。
俺が運転するフォークリフトが1台だけひっそり駐車されていた。
皆がフォークリフトを使用しているのは間違いない。
いつもの煩くて慌ただしい職場と比べとても静かだ。
このまま1人でもかまわない。皆を探すのは気が向かないなと思いながら各倉庫へ向かう。
倉庫Aを開けて、辺りを見回すが全く人の気配がない。
その隣の倉庫BもAと同じだった。
残るは倉庫Cだけだ。
俺は倉庫Cに向かって歩いた。
俺の安全靴の足音だけが構内に響き渡る。
コツコツ、という音が少し格好良く聞こえた。
以前、オフィスで勤務していた頃の革靴の足音に似ている。
ふいに、このまま高橋に合わずにすんだらーーーー
皆を探しに倉庫Cまで行く道のりが霞んで見えないくらい遠ければいいのにと思った。
ずっとこの足音だけを聞いていたかった。
うんざりしながら倉庫Cの目の前で立ち止まりドアを開けた。
皆がフォークリフトを降りて話し込んでいる。
俺は引き返したかったが意をけして挨拶をした。
その場にいたのは上司の八木、加藤、宮本、そして高橋だった。小室の姿はなかった。
挨拶の返事をしたのは加藤のみで、八木と宮本は話に夢中だった。
高橋は無視をきめこんでいるだろうが八木と宮本は決して無視をしたわけではないはずだ。
彼らに近づくとすぐに何があったか分かった。
食品が入っているダンボールが20個、パレットの上に置かれていた。
ある程度、八木達の手で片付けられていたのが分かる。
本来ならこのダンボールは地上5メトール程の棚に置かれているものでフォークリフトがないとダンボールを下ろす事はできない。
ダンボールは凹んだ物もあれば破けている物まである。
中には食品のパッケージも破損して中身が飛び出して出荷できない状態の物まであった。
こんな状態で出荷したら店舗側から即、怒りのクレームが来るだろう。
「いったいどうすればこうなるわけ?」八木は疲れた口調で話した。
宮本は「俺が最初に発見した時はもっと酷かったんですよ。」と第一発見者の宮本は八木の顔を見ながらクールに言った。
「見ての通りだよ佐山くん。朝来たらこの有様だったんだよ。佐山くんは何かあったか知らない?」ただ一人、挨拶の返事をした加藤が俺に言う。
アホか!今来た俺が知ってるわけねーだろと言いたかったが、丁寧な口調で知りませんと一言だけ述べた。
加藤は破損したダンボールを軽く蹴りながら「いくつかのダンボールにはフォークリフトでやった傷跡がついている。普通は落っことしただけでこんな破損はしないからね。」
八木は「…やってしまったのは仕方がない。でもこのまま放置しておくのはダメだろ。」と破損したダンボールを見ながら吐き捨てるように呟いた。
俺は八木の言い方で察した。このような破損事故を発生させておきながら上司の八木に一切、報告をしなかった不届き者がいるようだ。
それもこの中に。
俺達は一言も交わさず腕を組みボーっとしながら破損したダンボールを眺めた。
倉庫Cにも壁掛け時計があれば詰所にいた時のように秒針の音がカチカチ聞こえただろうと思った。
それまで俺達の会話に入らず不気味に黙り込んでいた高橋が、何をするわけでもなく破損したダンボールを黙って見つめる俺達に一歩近づき、指をさして喚きはじめた。
「これは佐山がやったんだ!佐山は昨日、遅番だろ?みんなが帰った後にやらかしたんじゃないのか!」
高橋は、その細い目を吊り上げて無関係な俺を怒鳴りはじめた。
なぜ、俺は普通に仕事が出来ないのだろうか?
今の仕事に幸福どころか、“やりがい"なんてものさえ求めていない。
寧ろ、今の仕事が退屈極まりないもので一向にかまわない。
出世して自己顕示欲を満たしたい、みんなから必要とされたいなどと思うこともない。
この仕事に向上心なんて持ちあわせてはいないのだから。
とはいえそんな俺にも唯一、求めるものがあった。
それは1日の終わりに仕事が無事終わった時の安心からくる解放感だ。充実感を味わうことはないけれど俺にはそれだけで充分だ。
その解放感はタイムカードを押した後、薄汚い職場を出た瞬間に心地良いさざ波のように押し寄せてくる。
いつも飽きるほど通いなれた、無機質な風景がどことなく胸をうつ。
職場から道路沿いに立ち並ぶオレンジ色の街灯が俺を優しく照らしてくれているように感じる。
街灯の灯りにゴキブリや蛾などの虫が集まっていたとしても、そう思えるから不思議だ。
独裁者やテロリストから自由を求めて亡命したような気分と言ったら、亡命者とはレベルが違うと突っ込まれ笑われてしまうだろう。
でも、健全な精神を破壊する不快な場所から一時的とはいえ脱出したのだから亡命者と同じではないかと思いつつも、このような感情は誰にも言わず自分の胸にしまいこんでいる。
しかし昔とは比べものにはならないくらい高橋が強烈な悪意を俺に向けてくる以上、常に高橋の存在に怯えてしまっている。
"仕事が無事終わった安心からくる開放感"なんて子供服の胸ポケットに入る程度のちっぽけな希望なはずなのに、高橋がいるとそれでさえ叶いそうにないようだ。
ドアが左右にゆっくりと開いていく。
正直、面白みもなく生産性のない仕事だ。
それだけなら何の不平不満もないが高橋や小室といった脅威的な殺人ウイルスが暴れ回り俺の身体を蝕んでいく。
ヤツらから身を守る抗体は一切、俺には備わっていなかった。
一度、この殺人ウイルスに感染すると暗くて先が見えず永遠に続くかのような長いトンネルの中を悲しみや憎しみを抱えて進まなければならない。
それでもどうにかこうにか暗闇で目を凝らし手探りで出口を求めてトンネルを歩いていると何かのタイミングで辛い出来事がフラッシュバックしてしまう。
このような大変危険な殺人ウイルスから身を守る策はせいぜい近寄らないようにする事くらいしかない。
人間関係も病気と同じで予防は必要だと思う。
しかし悲惨な事に今更それに気づいても、既にもう泥沼にハマってしまっている。
エレベーターを降りて、ドアを閉める為に"閉"ボタンを押した。
この時もボタンを連打で押してしまう。
このまま開けっ放しにしていると警報が鳴り響き非常にうるさい。
それ以上に他のフロアの作業員がエレベーターを使用したい場合、エレベーターが開けっ放しであるとボタンを押してもエレベーターを呼び出すことが出来ない為、迷惑をかけてしまう。
以前にも高橋がエレベータードアを閉め忘れて、開けっ放しのまま放置した事があった。
たまたま付近にいた上司の八木が発見して高橋がドアを閉め忘れていた事を注意した。
八木の話によると高橋は最後まで言い訳をして、事務所でパソコンを使い入力作業に追われていた俺のせいにしていたとのことだった。
その場にいない俺がどうやってエレベータードアを閉め忘れるというのだろう?
八木は高橋のついた嘘を呆れたように笑っていたが、俺は深刻にこの話を聞いていた。
いつもの俺なら面白くもない事でも相手に合わせて笑う事くらいはいくらか出来たが、この時は愛想笑いでさえ到底出来るわけがなかった。
高橋の卑劣さは群を抜いている。
’’死神"に取り憑かれているような心境だった。
俺はこの件以降、今まで以上に高橋と接する機会を極力避けて関わらないようにした。
やはり病気と同じで人間関係も予防がなによりも大切なんだとつくづく思い知った。
たまたま上司の八木がいたから、俺のアリバイは証明出来たが次は高橋の策略にハマりどんな濡れ衣を着せられるか分からない。
エレベータードアを完全に閉めた後、本日の物量を確認する為、詰所の引き戸を開けた。
いつもなら必ず誰かいるのだが誰もおらずガランとしていた。
詰所に入ってすぐ、俺はガタガタしてバランスの悪くなったパイプ椅子に座りながら作業リストに目を通す。
小室とトイレで出くわした時「今日は忙しいですよ」とほざいていたが、定時上がりで済みそうだった。
毎度の事ながら小室には呆れてしまう。
1階の事務所のパソコンと繋がっている詰所のパソコンを使いリストでは分からない具体的な物量、入出荷のおよその時間等をチェックしていた。
壁掛け時計の秒針が1秒毎にカチカチと詰所中に音を響かせている。
いつもならフォークリフトの騒音や怒鳴り声で掻き消されてしまうはずなので詰所にいて壁掛け時計の音なんて聞こえてくるはずがない。
この静けさに違和感を感じた。
俺はパソコンで一通り確認した後、すぐ詰所を出た。
やはり水を打ったように静かだ。
俺が運転するフォークリフトが1台だけひっそり駐車されていた。
皆がフォークリフトを使用しているのは間違いない。
いつもの煩くて慌ただしい職場と比べとても静かだ。
このまま1人でもかまわない。皆を探すのは気が向かないなと思いながら各倉庫へ向かう。
倉庫Aを開けて、辺りを見回すが全く人の気配がない。
その隣の倉庫BもAと同じだった。
残るは倉庫Cだけだ。
俺は倉庫Cに向かって歩いた。
俺の安全靴の足音だけが構内に響き渡る。
コツコツ、という音が少し格好良く聞こえた。
以前、オフィスで勤務していた頃の革靴の足音に似ている。
ふいに、このまま高橋に合わずにすんだらーーーー
皆を探しに倉庫Cまで行く道のりが霞んで見えないくらい遠ければいいのにと思った。
ずっとこの足音だけを聞いていたかった。
うんざりしながら倉庫Cの目の前で立ち止まりドアを開けた。
皆がフォークリフトを降りて話し込んでいる。
俺は引き返したかったが意をけして挨拶をした。
その場にいたのは上司の八木、加藤、宮本、そして高橋だった。小室の姿はなかった。
挨拶の返事をしたのは加藤のみで、八木と宮本は話に夢中だった。
高橋は無視をきめこんでいるだろうが八木と宮本は決して無視をしたわけではないはずだ。
彼らに近づくとすぐに何があったか分かった。
食品が入っているダンボールが20個、パレットの上に置かれていた。
ある程度、八木達の手で片付けられていたのが分かる。
本来ならこのダンボールは地上5メトール程の棚に置かれているものでフォークリフトがないとダンボールを下ろす事はできない。
ダンボールは凹んだ物もあれば破けている物まである。
中には食品のパッケージも破損して中身が飛び出して出荷できない状態の物まであった。
こんな状態で出荷したら店舗側から即、怒りのクレームが来るだろう。
「いったいどうすればこうなるわけ?」八木は疲れた口調で話した。
宮本は「俺が最初に発見した時はもっと酷かったんですよ。」と第一発見者の宮本は八木の顔を見ながらクールに言った。
「見ての通りだよ佐山くん。朝来たらこの有様だったんだよ。佐山くんは何かあったか知らない?」ただ一人、挨拶の返事をした加藤が俺に言う。
アホか!今来た俺が知ってるわけねーだろと言いたかったが、丁寧な口調で知りませんと一言だけ述べた。
加藤は破損したダンボールを軽く蹴りながら「いくつかのダンボールにはフォークリフトでやった傷跡がついている。普通は落っことしただけでこんな破損はしないからね。」
八木は「…やってしまったのは仕方がない。でもこのまま放置しておくのはダメだろ。」と破損したダンボールを見ながら吐き捨てるように呟いた。
俺は八木の言い方で察した。このような破損事故を発生させておきながら上司の八木に一切、報告をしなかった不届き者がいるようだ。
それもこの中に。
俺達は一言も交わさず腕を組みボーっとしながら破損したダンボールを眺めた。
倉庫Cにも壁掛け時計があれば詰所にいた時のように秒針の音がカチカチ聞こえただろうと思った。
それまで俺達の会話に入らず不気味に黙り込んでいた高橋が、何をするわけでもなく破損したダンボールを黙って見つめる俺達に一歩近づき、指をさして喚きはじめた。
「これは佐山がやったんだ!佐山は昨日、遅番だろ?みんなが帰った後にやらかしたんじゃないのか!」
高橋は、その細い目を吊り上げて無関係な俺を怒鳴りはじめた。
なぜ、俺は普通に仕事が出来ないのだろうか?
今の仕事に幸福どころか、“やりがい"なんてものさえ求めていない。
寧ろ、今の仕事が退屈極まりないもので一向にかまわない。
出世して自己顕示欲を満たしたい、みんなから必要とされたいなどと思うこともない。
この仕事に向上心なんて持ちあわせてはいないのだから。
とはいえそんな俺にも唯一、求めるものがあった。
それは1日の終わりに仕事が無事終わった時の安心からくる解放感だ。充実感を味わうことはないけれど俺にはそれだけで充分だ。
その解放感はタイムカードを押した後、薄汚い職場を出た瞬間に心地良いさざ波のように押し寄せてくる。
いつも飽きるほど通いなれた、無機質な風景がどことなく胸をうつ。
職場から道路沿いに立ち並ぶオレンジ色の街灯が俺を優しく照らしてくれているように感じる。
街灯の灯りにゴキブリや蛾などの虫が集まっていたとしても、そう思えるから不思議だ。
独裁者やテロリストから自由を求めて亡命したような気分と言ったら、亡命者とはレベルが違うと突っ込まれ笑われてしまうだろう。
でも、健全な精神を破壊する不快な場所から一時的とはいえ脱出したのだから亡命者と同じではないかと思いつつも、このような感情は誰にも言わず自分の胸にしまいこんでいる。
しかし昔とは比べものにはならないくらい高橋が強烈な悪意を俺に向けてくる以上、常に高橋の存在に怯えてしまっている。
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