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一章 長男、冬児を守れ!
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しおりを挟む(18歳だった頃を回想する)
「春くん、今日ってね。記念すべき日なんだよ。
それもね、記念が2つもあるの。」
汗で前髪が額にペタリとくっ付いている春彦は、暑さで半ばバテてしまい心ここにあらずだった。
「なぁ、話ってなんだよ。」
「あっ、ごめんね。
暑いよね。普通の人からすれば…。」
虫カゴと網を手にしてはしゃぐ小学生の集団が2人の横を走り抜けていく。
普段から真面目で正義感こそ強い春彦だが、他者を寄せ付けないとっつきにくさがあった。
春彦の態度で夏子は怯んだが、いつものように怖気づくつもりはなく、ギラギラした夏の太陽のように恐怖を燃やし尽くそうと挑んでいたのだ。
「16年前の今日は、36度でその年の夏の猛暑日を記録したの。
記録してからは全体的に気温は上がったんだけどね、その年以降は36度にはならなかったんだって。
そして今日は、なんと16年ぶりの36度をマーク!
すごくない?」
話を聞いていてイラつきを隠せなくなった春彦は、無言で自販機があるテニスコート近くまで歩く。
額から汗を流す春彦は炭酸飲料を二本買って夏子に投げた。
夏子は咄嗟に両手で受け止めようとしたが、ペットボトルに付着している水滴で手を滑らせ胸元で受け止めた。
「キャッ!冷たい!」
水滴で制服のシャツが少し濡れた。
「こんな灼熱地獄のなか、俺だけ飲むわけにはいかないからさ。」
「ありがとう春彦先輩!私、嬉しい!」
「なんだよ?いつもは君づけじゃないか?
春彦先輩なんて呼び方は、なんかこう、くすぐったいっていうかさ。」
「でも、茶道部で出会ったばかりの頃は季節原先輩で、その後、ユキちゃんが「春彦先輩」って呼ぶようになったから私も負けじと春先輩になったんだよ。
更に、ユキちゃんを突き放そうと思って「春くん」て呼ぶようにしたの。
それまで春くんて呼ぶ人はいなかったから、どんな反応をされるか怖かったよ。
すごぉーく、勇気のいる事だったんだからね。
私、ウチのお風呂でのぼせそうになるまで名前を呼ぶ練習をしたんだから。
春クン!とか、春くぅん…春くんっ!とかね。」
「な、なんだよ。そんな話をする為にこんな暑い中、俺を呼んだのか?」
話を聞かされた春彦は夏子がなぜ、自分を呼び出したのか理解した。
普段から下級生の夏子を異性として意識していなかったが、途端にソワソワしてしまい夏子の顔を見れなくなってしまった。
「16年ぶりの36度の猛暑日ともうひとつ、記念日があってね。
実はこの日は私の誕生日でもあるの。」
「えっ?そうだったのか。た、誕生日おめでとう…。」
照れているのを夏子に見透かされないように、春彦は夏子から目を逸らして言った。
「私、この日に決めてたの。
勇気がないからキッカケをずっと探していてね。
誕生日に伝えようとは思ってたんだけど、あの…それだけでは弱いっていうか。」
胸元付近でペットボトルを両手で持った夏子はモジモジしながら、春彦に話している。
春彦は炭酸飲料を口にしていない。
理由は口をつけた後キャップを閉める際、緊張で手が震えているのを夏子に見られたくなかったのだ。
「もし、私が生まれた16年前と同じで、雨も降らなくて曇り空でもない、16年前と同じお天気の良い36度の猛暑日だったら、春くんに…私の想いを伝えようと思って。
あの、私、春くんの事が好きです。
もしも、こんな私で良かったらお付き合いしてくれませんか?」
今まで生きてきた18年の間、春彦に彼女はいなかった。
女子から好かれても、あまりに生真面目過ぎる性格が災いし、入り込むスキがなさ過ぎたのが主な原因だ。
夏子な春彦の返事を待っている時だった。
先ほどの子ども達が大声で騒ぎながら2人の近くに戻ってきた。
しかし、楽しそうにはしゃいでいた先程とはうってかわり様子が明らかに違った。
小学校低学年の3人の男子が春彦と夏子に助けを求めている。
「お兄さん、友達が倒れちゃった!助けてください!」
「倒れたぁ?どこでだ!?」
マリナーズの帽子を被ったリーダー格の子が、「こっちです!」と言って、2人を案内した。
そこには木陰でうずくまる男子がいて、心配そうに付き添っている友人2名が必死に声をかけていた。
「これは熱中症かもしれない。夏子!すぐ救急車を呼んでくれ!」
「あっはい!」
スカートのポケットからストラップが付いたガラケーで救急車を呼び出している。
春彦は自分のスクールバックの中を急いであさり、下敷きとノートを取り出して、倒れている男子を煽いだ。
「おまえらも、俺のバックから教科書でもノートでもいい。
扇げるものを使ってこの子を煽いでやってくれ!」
オロオロしていた男子の友人達は、春彦の指示の元、やる事が明確になり使命感が芽生えた。
「そうだ!もっと強く!」
そう言いながら自販機で水やスポーツドリンクを買う時間さえ惜しみ、とっさに手に持っていた炭酸飲料を口に含ませた。
「おい大丈夫か?おまえらの友人の名前は?」
友人達が一斉に「トシヤ!」と叫ぶ。
「トシヤ!!死ぬなよ!!今すぐ救急車が来るからな!!」
男子達も春彦に続いて、まだ変声期を迎えていない幼い声で名前を叫んだ。
****
救急車に搬送された男子はすぐに処置が施され、一命を取り留めた。
病院には男子の家族がかけつけて、一命を取り留めた事、後遺症もなく数日で退院できる事を医師から伝えられた。
病院の待合室に居た、高校の制服姿の春彦と夏子は男子の両親から泣きながらお礼を言われて、助かった事を心の底から喜ぶのと同時に、真面目な10代の少年少女特有の慎ましさで対応していた。
「今日の春くん、アニメのヒーローみたいだった。」
病院からの帰宅途中、夏子は言った。
「いや、もう俺、必死だったんだ。
ちゃんと応急処置が出来たか今になって不安になっている…。
だって、あんな状況に遭遇するなんて初めての事だったしさ。
もし、死んでしまったら俺の責任じゃないかと思ってしまう…。」
「春くんがやった応急処置は私が前にテレビで観たのと同じ応急処置だったよ。
まず一つ目が、熱中症になった場合はなるべく早く涼しい場所へ移動をする。
えっと、あの男子は既に風通しの良い木陰で休んでいたね。
二つ目が、水分補給。
春くんが水分補給をしてあげていたし、そのあと私が春くんからもらった冷たい炭酸飲料が入ったペットボトルで体を冷やしてあげたし、私も新たに買った買ったスポドリも飲ませたげた。
あっ!あと、春くんの指示で男の子達が一斉にノートや教科書を団扇みたく煽いであげていたね!
あれも効果的なはず。
その場に適した正しい処置をしたから、あの子は助かったんだと私は思うけどなぁ。」
「そうかな?夏子にそう言われてちょっと安心した…。」
「春くんてさ、本当に責任感が強いよね。
他の人達では関わりたくない場面でもテンパったりせず、ちゃんと向き合ってあげるんだもん。」
「それは当然の事だよ。」
褒められたことで春彦は照れくさそうに下唇を噛んだ。
「ただ一点だけ残念な事があるの。
あの子達はわざとではないにしろ、私の告白タイムがハチャメチャになっちゃって、ガッカリしたよ。」
突然、夏子は立ち止まり春彦を見つめている。
夏子が隣に居ない事に気づいた春彦は立ち止まって振り返った。
「あれ、夏子?」
「…春くんからの答えをまだ聞いてなかったね。」
やや右斜め下を向いて口元に小さな右手を添えて言った。
初めて女子から好意を寄せられた春彦は、夏子の恋をする顔を見て今まで知ることがなかった感情が湧き上がり、胸が締め付けるような心地良い痛みが頭のテッペンを中心に全身に駆け巡った。
「私は春くんとずっと一緒にいたい。」
「あ、ありがとう、こんな俺で良ければ、俺も夏子とお付き合いしたい…。」
声が裏返った春彦の返事を受けて、夏子は嬉し泣きをしながら春彦に飛びついた。
「そういえばさ、夏子は誕生日だったよな?
急だったからプレゼントは何にも渡せなくてごめん。」
「これが何よりも1番嬉しいプレゼントだよ!」
グスンと鼻をすすって夏子は言った。
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