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一章 長男、冬児を守れ!
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「終わったか?」
春彦は頷いて用具入れにホウキとチリトリを戻した。
早朝から身体を動かして少し額に汗が滲んでいる。
通勤中は歩くとはいえ、オフィスワークばかりだった為、運動不足を感じていた。
額の汗をハンカチで拭った時、心地良さがあった。
「その次はサクラを散歩に連れて行け。」
春蔵の滑舌が悪く聴き取れなかった春彦は、何と言ったか聞き返すと「サクラの散歩だ!」とシワとシミが目立つ顔で春蔵は語気を強めた。
父の横柄な態度にムッとはしたものの、言い返す事はせず、サクラの胴体にハーネスを装着して勝手口から表へ出た。
冬晴れとはいえ肌をさすような朝。
元気よく春彦を引っ張って走るサクラは冬の寒さをものともしない。
リードを離さぬよう強く握りしめて走る春彦の吐く息は真っ白だ。
通りを行き交う車は多くなく、通学中の学生や年寄りの散歩が目立つ。
春彦が生まれ育った実家付近は再開発が始まり、マンションなどの建設工事がいたる所で行われている。
近所には見知らぬ顔の人々を度々見かける機会が増えた。
再開発で高層マンションが立ち並び、新旧入り乱れる街中で土地勘が消えかけている春彦は、颯爽と走るサクラのピンと立った尻尾を追いかけた。
サクラに案内されるかのように、息を切らせて小走りに進んで行く。
「待てサクラ、ペースを落とせ。」
止まるよう促しても、主導権はサクラが握っている。
「もうダメだ…。」
体力的に苦しくなった春彦は、手からリードを放してしまった。
サクラはリードを引きずったまま、振り返る事もなく一直線に公園へ入っていく。
「はぁ、はぁ。サクラぁ。」
乱れる呼吸を整えながら、綺麗に手入れをされた芝生の間の歩道を歩き、サクラを追った。
サクラはテニスコートの近くにある大きな木の周辺の縁に座り込んで、ヨタヨタ歩く春彦を舌を出したまま見つめている。
「おまえ、待てと言ったら止まらないと危ないだろ?
父さんは躾を怠っていたんだな。」
ぶつぶつ言いながら、春彦も縁に座り込んだ。
額からは吹き出すほど汗をかいている。
「まぁ、いいさ。おまえのおかげで良い運動になったよ。
おかげで気分もいい。」
たまに近所を見回りする事はあっても、汗をかくほどの運動量ではない。
座っていたサクラは再び春彦を置いて歩き出した。
「勘弁してくれよ、サクラ。また運動会をするつもりかい?」
嘆きながらも今度はリードを手放さないよう、サクラの隣にピタッと張り付いた。
サクラは走り出す事はなく、リズミカルに歩いている。
「犬とはいえ生き物だからな。さすがのおまえも疲れたか?」
ところどころ、雑草が生い茂るアスファルトの歩道からサクラは春彦を見た。
「アイコンタクトかい。
おまえは何かを訴えているな。
なんだかんだ言って、俺はおまえのおかげで久しぶりに運動できて晴れ晴れとした気分だ。
行きたいところがあるなら、付き合ってやる。
ただし、走らないでくれよ。」
まだ疲労は残っていたが、笑みを浮かべるほど気分が良い。
尻尾を立てていたサクラが、ブンブン尻尾を激しく左右に振り始めた。
「あっ…。ここの公園は高校3年の頃に、夏子から告白された場所…。」
夏子から告白をされた当時の季節は、現在とは正反対の夏でセミがとてもうるさく、バケツの水を頭から被ったかのような大量の汗をかく猛暑の昼だった。
「俺達はなんでこんな場所で付き合うことになったんだっけ?」
まだ運動後の火照りがある春彦はダウンジャケットを脱いで、冬の冷たい風を浴びた。
春彦は頷いて用具入れにホウキとチリトリを戻した。
早朝から身体を動かして少し額に汗が滲んでいる。
通勤中は歩くとはいえ、オフィスワークばかりだった為、運動不足を感じていた。
額の汗をハンカチで拭った時、心地良さがあった。
「その次はサクラを散歩に連れて行け。」
春蔵の滑舌が悪く聴き取れなかった春彦は、何と言ったか聞き返すと「サクラの散歩だ!」とシワとシミが目立つ顔で春蔵は語気を強めた。
父の横柄な態度にムッとはしたものの、言い返す事はせず、サクラの胴体にハーネスを装着して勝手口から表へ出た。
冬晴れとはいえ肌をさすような朝。
元気よく春彦を引っ張って走るサクラは冬の寒さをものともしない。
リードを離さぬよう強く握りしめて走る春彦の吐く息は真っ白だ。
通りを行き交う車は多くなく、通学中の学生や年寄りの散歩が目立つ。
春彦が生まれ育った実家付近は再開発が始まり、マンションなどの建設工事がいたる所で行われている。
近所には見知らぬ顔の人々を度々見かける機会が増えた。
再開発で高層マンションが立ち並び、新旧入り乱れる街中で土地勘が消えかけている春彦は、颯爽と走るサクラのピンと立った尻尾を追いかけた。
サクラに案内されるかのように、息を切らせて小走りに進んで行く。
「待てサクラ、ペースを落とせ。」
止まるよう促しても、主導権はサクラが握っている。
「もうダメだ…。」
体力的に苦しくなった春彦は、手からリードを放してしまった。
サクラはリードを引きずったまま、振り返る事もなく一直線に公園へ入っていく。
「はぁ、はぁ。サクラぁ。」
乱れる呼吸を整えながら、綺麗に手入れをされた芝生の間の歩道を歩き、サクラを追った。
サクラはテニスコートの近くにある大きな木の周辺の縁に座り込んで、ヨタヨタ歩く春彦を舌を出したまま見つめている。
「おまえ、待てと言ったら止まらないと危ないだろ?
父さんは躾を怠っていたんだな。」
ぶつぶつ言いながら、春彦も縁に座り込んだ。
額からは吹き出すほど汗をかいている。
「まぁ、いいさ。おまえのおかげで良い運動になったよ。
おかげで気分もいい。」
たまに近所を見回りする事はあっても、汗をかくほどの運動量ではない。
座っていたサクラは再び春彦を置いて歩き出した。
「勘弁してくれよ、サクラ。また運動会をするつもりかい?」
嘆きながらも今度はリードを手放さないよう、サクラの隣にピタッと張り付いた。
サクラは走り出す事はなく、リズミカルに歩いている。
「犬とはいえ生き物だからな。さすがのおまえも疲れたか?」
ところどころ、雑草が生い茂るアスファルトの歩道からサクラは春彦を見た。
「アイコンタクトかい。
おまえは何かを訴えているな。
なんだかんだ言って、俺はおまえのおかげで久しぶりに運動できて晴れ晴れとした気分だ。
行きたいところがあるなら、付き合ってやる。
ただし、走らないでくれよ。」
まだ疲労は残っていたが、笑みを浮かべるほど気分が良い。
尻尾を立てていたサクラが、ブンブン尻尾を激しく左右に振り始めた。
「あっ…。ここの公園は高校3年の頃に、夏子から告白された場所…。」
夏子から告白をされた当時の季節は、現在とは正反対の夏でセミがとてもうるさく、バケツの水を頭から被ったかのような大量の汗をかく猛暑の昼だった。
「俺達はなんでこんな場所で付き合うことになったんだっけ?」
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