19 / 63
一章 長男、冬児を守れ!
18 綻びはじめた絆
しおりを挟む
リビングの窓を開ける。
朝の冷たい風が夏子の顔や手を冷やす。
冬児が鬼頭を病院送りにしてから季節は冬になっていた。
夏子が冬でも部屋を換気するのには理由がある。
冬児が鬼頭との一件で、不登校となってしまってから部屋の空気をより気にするようになった。
特に朝は1日の始まりである事をより意識しており、新鮮な空気が部屋に幸運をもたらしてくれると信じているのだ。
「冬ちゃんおはよう。
朝ご飯、できているからね。」
完全に塞ぎ込んでいる冬児は姿を見せないが、毎朝冬児の部屋のドアの前で夏子は優しく話しかけている。
「春君、冬ちゃんは1学期からずっと不登校のままよ。
あんなに明るかった子が、あそこまで無気力になるなんて…。」
「ああ。」
新聞を広げている春彦は夏子の視線を遮っている。
「確かに暴力はよくないしすべてを肯定するつもりはないけど、でも冬ちゃんは札付きの不良が暴れ回るのを止めたのよ。
そのまま見過ごしたらそれこそ、あの不良に誰かが殺されたかもしれない。」
「ああ、そうだな。」
春彦はページを捲って言った。
「警察だって冬くんには同情的だったし、あっ、ほら?春君と仲の良いあの若い警察官も冬ちゃんを責めなかったわ。」
「…あぁ。」
「さっきからなんなの?私の話を右から左へ聞き流しているだけじゃない。
今、私は心を閉ざしてしまった大切な息子の話をしているんだよ。
父親なら、もっと冬ちゃんに向き合わなければ駄目でしょ!」
グシャグシャ
春彦が広げて読んでいる新聞を強引に奪い取り睨みつけた。
一瞬だけ春彦は夏子と目を合わせたが、すぐ視線を逸らせて立ち上がった。
無言のままコートを羽織り、ビジネスバッグを手に持った。
「黙ってばかりいないで、なんか言ったらどう?
何度も言うけど自分の息子なのよ。」
「ああ。」
「上の空で聞いて頷くだけ?はぁ、こんな人だと思わなかった。
結婚15年目の今になってわかるなんてね!」
革靴を履いた春彦は何も言わず黙って玄関ドアを開ける。
冬とはいえ、眩しい日差しがヒンヤリした冷気とともに玄関から入り込んだ。
バタン
家を出ていく春彦のふるまいに、胸が破裂するのではないかと思うほどの苛つきでいっぱいになって着ていたエプロンを床に投げつけた。
会社の最寄駅で降りた春彦は、徒歩3分の道のりを嘆きたくなるほど、あっという間に到着した。
職場のオフィスビルの正面入り口に立つ。
スーツの上にコートを羽織った社員達が、なんの疑問を抱くこともなく続々入り口に吸い込まれていく光景を黙って見ている。
こないだまでであれば精励恪勤である春彦から率先と挨拶を交わし、同じ部署で働く同僚と仲良くオフィスの入り口へと吸い込まれていくはずだった。
白い息を吐き立ち尽くす春彦は皆が一斉に挨拶を始める光景を目にした時だ。
皆がいつも以上にこうべを垂れている。
高級ブランドのスーツに身を包んだ同僚のなかに死の宣告を下した直属の上司の姿を発見した。
極度のストレスから春彦は激しい動悸に襲われた。
リストラを告知されたばかりの翌朝で、ショックを拭いさる事ができずにいる。
上司の顔を見ただけで、あの時の淡々とリストラについて説明された情景が脳裏に浮かびあがってしまうのだ。
革靴はオフィスの入り口とは正反対の方向へ向いて走り出した。
駅から職場へ向かうウォーマルなコートを着た人々の塊が一斉に反対方向を歩く春彦へ向かってくる。
やっとこさ群衆から抜け出した春彦だったが特に行く当てもなく、オフィス街を抜けて気づけば商店街を歩いていた。
懐かしいな…。
最後に商店街へ来たのはいつだったか。
アーチを潜って歩行者より強引に進入する自動車と前を歩く人に我が物顔でベルを鳴らす自転車が行き交う、細い道を歩きながら思った。
商店街に足を伸ばしたのは、まだ秋奈が生まれたばかりの頃で、同僚が仕事で大きなミスをして酷く落ち込んでいた時だった。
風情ある赤提灯が目立つ居酒屋を通った時、生真面目な春彦は同僚を飲みに誘って熱く語った記憶が蘇っていた。
おまえは会社にとって必要な人材だぞ。
優秀なおまえのクビを切るなんて事しないさ。もし何かあれば俺が全力で守る。
だから死にたいなんて言うな。これから力を合わせてやっていこうじゃないか。
そう熱く語ったのを今でもハッキリ覚えている。
時は流れ今では春彦が無情にも会社から肩叩きにあってしまった。
皮肉にもリストラを告げたのは当時、落ち込んでいた元同僚で、現在では出世を果たし上司になった男からだった。
全身から一滴残らず血が抜けて、身体が真っ白になったかのようだ。
周囲の人々が振り返るほど、目に見えて体調が悪い春彦は、吐き気を催しながらたまたま発見した枯れ木ばかりの大きな公園のベンチにへたりこむように座った。
虚な目をした春彦の正面にあるフェンスに括りつけられた看板には野球やサッカーをして遊ぶのは禁止、大きな声を出すのも禁止と記されていた。
北風が吹いて寒々とした公園には白い息を吐きながらセントバーナードを連れて散歩をする中年女性と、高校生のカップルがベンチに座り身を寄せながら彼氏のスマホを2人で見ている。
今時珍しく愛社精神を持ち、身を粉にして働いてきた春彦は、なにが原因で自分が肩叩きにあったかを考えはじめたが今更考えたところで後の祭りだ。
人生で初めて無断欠勤した事も不甲斐ない思いだった。
音を立てて枯葉が宙を舞う、寒風吹きすさぶ公園で項垂れている事しか出来なかった。
朝の冷たい風が夏子の顔や手を冷やす。
冬児が鬼頭を病院送りにしてから季節は冬になっていた。
夏子が冬でも部屋を換気するのには理由がある。
冬児が鬼頭との一件で、不登校となってしまってから部屋の空気をより気にするようになった。
特に朝は1日の始まりである事をより意識しており、新鮮な空気が部屋に幸運をもたらしてくれると信じているのだ。
「冬ちゃんおはよう。
朝ご飯、できているからね。」
完全に塞ぎ込んでいる冬児は姿を見せないが、毎朝冬児の部屋のドアの前で夏子は優しく話しかけている。
「春君、冬ちゃんは1学期からずっと不登校のままよ。
あんなに明るかった子が、あそこまで無気力になるなんて…。」
「ああ。」
新聞を広げている春彦は夏子の視線を遮っている。
「確かに暴力はよくないしすべてを肯定するつもりはないけど、でも冬ちゃんは札付きの不良が暴れ回るのを止めたのよ。
そのまま見過ごしたらそれこそ、あの不良に誰かが殺されたかもしれない。」
「ああ、そうだな。」
春彦はページを捲って言った。
「警察だって冬くんには同情的だったし、あっ、ほら?春君と仲の良いあの若い警察官も冬ちゃんを責めなかったわ。」
「…あぁ。」
「さっきからなんなの?私の話を右から左へ聞き流しているだけじゃない。
今、私は心を閉ざしてしまった大切な息子の話をしているんだよ。
父親なら、もっと冬ちゃんに向き合わなければ駄目でしょ!」
グシャグシャ
春彦が広げて読んでいる新聞を強引に奪い取り睨みつけた。
一瞬だけ春彦は夏子と目を合わせたが、すぐ視線を逸らせて立ち上がった。
無言のままコートを羽織り、ビジネスバッグを手に持った。
「黙ってばかりいないで、なんか言ったらどう?
何度も言うけど自分の息子なのよ。」
「ああ。」
「上の空で聞いて頷くだけ?はぁ、こんな人だと思わなかった。
結婚15年目の今になってわかるなんてね!」
革靴を履いた春彦は何も言わず黙って玄関ドアを開ける。
冬とはいえ、眩しい日差しがヒンヤリした冷気とともに玄関から入り込んだ。
バタン
家を出ていく春彦のふるまいに、胸が破裂するのではないかと思うほどの苛つきでいっぱいになって着ていたエプロンを床に投げつけた。
会社の最寄駅で降りた春彦は、徒歩3分の道のりを嘆きたくなるほど、あっという間に到着した。
職場のオフィスビルの正面入り口に立つ。
スーツの上にコートを羽織った社員達が、なんの疑問を抱くこともなく続々入り口に吸い込まれていく光景を黙って見ている。
こないだまでであれば精励恪勤である春彦から率先と挨拶を交わし、同じ部署で働く同僚と仲良くオフィスの入り口へと吸い込まれていくはずだった。
白い息を吐き立ち尽くす春彦は皆が一斉に挨拶を始める光景を目にした時だ。
皆がいつも以上にこうべを垂れている。
高級ブランドのスーツに身を包んだ同僚のなかに死の宣告を下した直属の上司の姿を発見した。
極度のストレスから春彦は激しい動悸に襲われた。
リストラを告知されたばかりの翌朝で、ショックを拭いさる事ができずにいる。
上司の顔を見ただけで、あの時の淡々とリストラについて説明された情景が脳裏に浮かびあがってしまうのだ。
革靴はオフィスの入り口とは正反対の方向へ向いて走り出した。
駅から職場へ向かうウォーマルなコートを着た人々の塊が一斉に反対方向を歩く春彦へ向かってくる。
やっとこさ群衆から抜け出した春彦だったが特に行く当てもなく、オフィス街を抜けて気づけば商店街を歩いていた。
懐かしいな…。
最後に商店街へ来たのはいつだったか。
アーチを潜って歩行者より強引に進入する自動車と前を歩く人に我が物顔でベルを鳴らす自転車が行き交う、細い道を歩きながら思った。
商店街に足を伸ばしたのは、まだ秋奈が生まれたばかりの頃で、同僚が仕事で大きなミスをして酷く落ち込んでいた時だった。
風情ある赤提灯が目立つ居酒屋を通った時、生真面目な春彦は同僚を飲みに誘って熱く語った記憶が蘇っていた。
おまえは会社にとって必要な人材だぞ。
優秀なおまえのクビを切るなんて事しないさ。もし何かあれば俺が全力で守る。
だから死にたいなんて言うな。これから力を合わせてやっていこうじゃないか。
そう熱く語ったのを今でもハッキリ覚えている。
時は流れ今では春彦が無情にも会社から肩叩きにあってしまった。
皮肉にもリストラを告げたのは当時、落ち込んでいた元同僚で、現在では出世を果たし上司になった男からだった。
全身から一滴残らず血が抜けて、身体が真っ白になったかのようだ。
周囲の人々が振り返るほど、目に見えて体調が悪い春彦は、吐き気を催しながらたまたま発見した枯れ木ばかりの大きな公園のベンチにへたりこむように座った。
虚な目をした春彦の正面にあるフェンスに括りつけられた看板には野球やサッカーをして遊ぶのは禁止、大きな声を出すのも禁止と記されていた。
北風が吹いて寒々とした公園には白い息を吐きながらセントバーナードを連れて散歩をする中年女性と、高校生のカップルがベンチに座り身を寄せながら彼氏のスマホを2人で見ている。
今時珍しく愛社精神を持ち、身を粉にして働いてきた春彦は、なにが原因で自分が肩叩きにあったかを考えはじめたが今更考えたところで後の祭りだ。
人生で初めて無断欠勤した事も不甲斐ない思いだった。
音を立てて枯葉が宙を舞う、寒風吹きすさぶ公園で項垂れている事しか出来なかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
青い祈り
速水静香
キャラ文芸
私は、真っ白な部屋で目覚めた。
自分が誰なのか、なぜここにいるのか、まるで何も思い出せない。
ただ、鏡に映る青い髪の少女――。
それが私だということだけは確かな事実だった。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる