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ラスト あれから

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「さっきまで暑かったのに私、ちょっと寒くなってきちゃった。」

その発言を受けてウミは暖房をつけようと手を伸ばすが、ソラは悲しみがこもった口調で止めた。

「暖房なんかいらないってば。」

「えっ?だって寒いっておまえが、はっ!いけねっ!」

「ウミィ、"えっ?"は禁止したはずよぉ。」

「そうだったな。アハっ…。」

「笑って誤魔化さないでよね。
約束事項を破られて腹ただしいのでウミにペナルティを科します。」

「また、ヤバイ事を考えてんじゃねえだろうな?
頼むよソラ…。俺が悪かったから許してくれ。」

ウミは泣き言を言い始めたが、ムスッとした表情のソラは夫を許す気はさらさらないようだ。
長いまつ毛は1度たりとも、お辞儀をせずウミを見つめる。

「ウミィ。私は寒いの。」

「じゃあ、やっぱーーーー」

暖房をかけるべきだとソラに言おうとしたがウミは口を閉じた。

いやこれは違うぞ。
ソラが欲しい答えじゃない。
ウミは眉間にしわを寄せて考え始める。

デートでよくありがちな上着を肩にかけてやるのがいいのかも。

しかしウミは、モーターヘッドのロングTシャツを着ているだけでジャケットもコートも一切身につけていない。

それなら駐車場付近に設置されているホットドリンクでも買ってやるべきか?
金欠だった昔と違い、今なら自販機の飲み物なんていくらでも買ってやれる。

「ウミィ…寂しいよぉ。」

くぐもった声でソラが言う。
甘えるように夫の左肩に吸い付くかのように鼻と唇をくっつけている。

もう全てを理解できた。

何も言わずウミはソラを抱きしめる事にした。

そっか。
こういう事だったんだな。
金や物に一切執着はしないが、愛がなければ生きていけない女だもんな。
ただ抱きしめてあげればいいんだ。

ギターに似ているかもなとウミは感じた。

俺が求めてやまないサウンドを捨て、妥協してギターを弾いても周囲の人の耳を騙す事はできるだろう。

しかし、ギターは正直なもんで妥協なんざしたらすぐに音として跳ね返ってくる。
細かい部分まで俺の感情がどこへ向いているかわかっちまうんだ。
目には見えない部分まで見えちまうっていうのかな?

ソラも一緒だ。
面倒だからとおざなりにしちまったら、感受性の強いソラはこうやって反応してしまう。

ウミはソラを抱きしめる腕を強めていく。

「ほんちょはにぇ、わたしじゃってめいにゃくかけてゃくないよぉ。
でも、ウミはいっつみょ、わたしをおいてくんにゃもん。(本当はね、私だって迷惑かけたくないよぉ。でも、ウミはいっつも、私を置いてくんだもん。)」

泣き出すソラはウミの肩に小さな顔を乗せて言った。

「俺にはおまえがいなくちゃ、ダメだってわかってる。
こないだの家出で俺はおまえの有り難みを嫌ってほど思い知ったんだ。
何やっても全然、手に付かなくってさ…。
強がって見せても、毎日お前のことを考えるばかり。
それなのに、俺はまたしてもおまえを放ったらかしにしちまって悪かったよ。
学習能力がねえよな。
本当にごめんよ。ソラ…。」

「そうだよぉ。ウミは私がいなきゃなんにもできない赤ちゃんだもん。
だから私のそばから離れないでよぉ。
私がずっとお世話してあげるんだから。」

呼吸を整え、少し落ちつきを取り戻したソラは続けて話した。

「私はウミが大好きなの。
だから私に冷たくしたら許さない。
見返りを期待しちゃダメって世間は言うけれど、私はウミに愛されたい。見返りが欲しいの。」

「あはは。世間の意見なんざ気にすんな。見返りなんていくらでもやるよ。」

「もしも私を捨てたらウミの事なんて、地獄にも落とせるんだからね。
その気になればなんでもできるんだから。
でもね、ウミと離れたくないから私も一緒に地獄に落ちていく。」

不思議なことに普段のウミであれば、ソラの発言に青ざめるのだが微笑を浮かべて妻の頭を優しく撫でた。

その手をソラは左手で掴み、オーバーオールの隙間から自分の乳房に当てた。

更に右手でウミの太ももに、繊細で美しい手を這わせた。























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