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寒い冬のあとは春がくる
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白い軽トラックはマンションの駐車場へ到着した。
以前住んでいたアパートとは違い、クネクネした住宅街の狭い路地をドライブテクニックを駆使して走行しなければならないような路地ではない。
だいぶガタがきた軽トラックを月極駐車場に駐め、助手席に置いてあるギターを担ぐ。
バン
一度外へ出てドアを閉めたウミだったが忘れ物がないか確認するのを怠った為、運転席のドアを開けた。
ギターが置いてあった助手席もウミは白い息を吐きながら入念に調べる。
季節は12月になっていた。
自宅に到着後、忘れ物に気づいて駐車場に戻るという面倒な事を昨晩やらかしてから、ソラの言う"車を降りる前に忘れものがないか確認"を受け入れ、実行する事にしていた。
「うぇ、さっみぃ。」
結婚前に爪に火を灯す思いで金を貯めて買った、イングランド製のライダースジャケットを着てはいるものの今年1番の寒気が押し寄せてきている事は、帰宅途中カーラジオで耳にしている。
かじかんだ手を擦り、そそくさと月極駐車場からマンションの共用部分まで向かって行く。
エレベーター待ちをしている時、ユウシンと偶然遭遇した。
「こんばんわ。」
「おっ!ユウシンじゃねえか。」
挨拶をされてウミは振り返った。
「明日はライブですよね。
僕とトモキ君はウミ先輩のバンドのライブを観に行きますよ。
ちゃんとチケットも買ったんですから。」
「ありがてぇなぁ!でっけぇハコでギグをやるのは初めてだけどよ、俺らは臆するどころかやる気で満ち溢れてるんだ。
観にきてくれるおまえらや、みんなの為にもスッゲーいいギグにしてやろうと気合い入りまくり!」
ユウシンにも笑顔のウミを見て充実ぶりが窺えた。
1階へ降りてきたエレベーターにウミは先に入り何も聞かずとも、ユウシンが住むフロアのボタンを素早く押す。
「あ、ありがとうございます。」
ウミは壁際にいるユウシンに笑顔で頷いた。
2人はこれといった会話をする事もないまま、エレベーターはウミとソラが住むフロアに到着した。
「じゃあ、また明日な!」
去り際にウミは振り返って言った。
「応援しています。頑張ってください。」
エレベーターを降りてから階段を登る時、再びウミは振り返り「今日はさみぃから風邪引かねぇように気をつけろよ。
あったかくして寝ろよな。」
自動でエレベーターのドアが半分まで閉まりかかった瞬間、話しかけられたユウシンは急いで"開"のボタンを押して、ウミに返事をした。
「あっ、はい、わかりました!ありがとうございます!」
ユウシンは咄嗟にそう言うと、ウミは親指を立てている。
階段を昇り終え姿が見えなくなったのを確認してからドアを閉めた。
玄関を開けたらイケメンのウミ先輩を可愛いソラさんが、優しく迎えているのだろうな。
ソラさんから怖いくらい熱狂的に愛される人生って、どんな人生なんだろう…。
無機質なエレベーター内で、寒さでひび割れた指を見て独り考えている。
ソラに愛されるウミを羨ましいと思う気持ちは時間とともに消え失せ、ソラへの憧れはあるものの母校の先輩である2人を心から祝福していた。
ガチャ
玄関を開けると素敵な音楽が出迎えてくれた。
「ただいま。」
「ユウシンかい?ただいまくらい言いなさい。」
「…さっき言ったよ。」
「挨拶は相手に伝わらなきゃ意味はないの。次から気をつけなさいね。」
「わかったよ。」
シャンプーを買い忘れた母に頼まれて、寒い中コンビニまで買いに行かされた僕にはお礼も言わないくせに。
買い物袋をテーブルに置いたユウシンは腹の虫が騒めくのを抑え、洗面所へ行って手洗いをしている。
「そうだ。大切な事を言い忘れそうになった。
さっき、女の子がウチに来てね、アンタがコンビニで財布を落としたから届けに来てくれたのよ。」
「えっ!」
ユウシンはズボンとジャンパーのポケットに手を突っ込んでいる。
「ほんとだ僕の財布がない!」
ユウシンの母は呆れた表情で二つ折りのブラウンカラーの財布を手渡した。
「まったく!アンタはボサッとしているからよ。
落とし物をする癖を改めなさい。」
「ところで、その女の子ってどんな子だったの?」
「あの子は…白いダッフルコートを着ていて、髪が少し天然パーマなのかしら?
目は切れながらでユウシンと同じくらいの身長の子だったわ。
優しくて可愛い女の子だったわよ。
ユウシンもなかなか隅におけないわね~。」
「揶揄うのはやめてよ!」
ユウシンは財布を受け取り、買ったばかりのシャンプーを持って浴室へ向かった。
「あら?ユウシン。
早くご飯食べちゃいなさいよ。お味噌汁が冷えちゃうわ。」
「寒いから先にお風呂にするんだ!僕の事は放っておいて!」
ユウシンはシャワーを浴びてすぐ温かいお湯が張ってある浴槽に浸かった。
女の子っていったい誰だろう?
同じ姫君の女子かな?
僕の自宅はトモキ君しか知らないはずだし。
肩まで湯船に浸かるユウシンは数少ない出会いの中で、顔見知りの女子の顔を思い起こしている。
「う~ん。」
親切な女の子はいったい誰なのか浴槽で唸った。
白いダッフルコートを着た少し天然パーマで切れ長の目の子…
進学校に通いトップクラスの成績を誇るユウシンは、優秀な頭脳を駆使して記憶力を最大限活用した。
あっ!
もしかして最寄り駅でよく目が合う北高の制服を着たあの子?
いつも同じ車両に乗ってきて気付くと隣にいるんだよな。
あのスタイルの良いセーラー服のあの子なら、母さんが言っていた特徴とバッチリ合うぞ。
でも天然パーマってより、お洒落なゆるふわパーマだ。
幸せな回路が頭の中で広がっていく。
まさかあの子は僕の事、好きなのかな?
自分本位な考えをした途端、猛烈に照れ臭くなったユウシンは湯船に潜った。
「ブハァ!」
古臭い青春ドラマのようにお決まりのアクションをとって更に恥ずかしさが増す。
ソラに失恋したユウシンの新しい恋が始まった瞬間でもあった。
以前住んでいたアパートとは違い、クネクネした住宅街の狭い路地をドライブテクニックを駆使して走行しなければならないような路地ではない。
だいぶガタがきた軽トラックを月極駐車場に駐め、助手席に置いてあるギターを担ぐ。
バン
一度外へ出てドアを閉めたウミだったが忘れ物がないか確認するのを怠った為、運転席のドアを開けた。
ギターが置いてあった助手席もウミは白い息を吐きながら入念に調べる。
季節は12月になっていた。
自宅に到着後、忘れ物に気づいて駐車場に戻るという面倒な事を昨晩やらかしてから、ソラの言う"車を降りる前に忘れものがないか確認"を受け入れ、実行する事にしていた。
「うぇ、さっみぃ。」
結婚前に爪に火を灯す思いで金を貯めて買った、イングランド製のライダースジャケットを着てはいるものの今年1番の寒気が押し寄せてきている事は、帰宅途中カーラジオで耳にしている。
かじかんだ手を擦り、そそくさと月極駐車場からマンションの共用部分まで向かって行く。
エレベーター待ちをしている時、ユウシンと偶然遭遇した。
「こんばんわ。」
「おっ!ユウシンじゃねえか。」
挨拶をされてウミは振り返った。
「明日はライブですよね。
僕とトモキ君はウミ先輩のバンドのライブを観に行きますよ。
ちゃんとチケットも買ったんですから。」
「ありがてぇなぁ!でっけぇハコでギグをやるのは初めてだけどよ、俺らは臆するどころかやる気で満ち溢れてるんだ。
観にきてくれるおまえらや、みんなの為にもスッゲーいいギグにしてやろうと気合い入りまくり!」
ユウシンにも笑顔のウミを見て充実ぶりが窺えた。
1階へ降りてきたエレベーターにウミは先に入り何も聞かずとも、ユウシンが住むフロアのボタンを素早く押す。
「あ、ありがとうございます。」
ウミは壁際にいるユウシンに笑顔で頷いた。
2人はこれといった会話をする事もないまま、エレベーターはウミとソラが住むフロアに到着した。
「じゃあ、また明日な!」
去り際にウミは振り返って言った。
「応援しています。頑張ってください。」
エレベーターを降りてから階段を登る時、再びウミは振り返り「今日はさみぃから風邪引かねぇように気をつけろよ。
あったかくして寝ろよな。」
自動でエレベーターのドアが半分まで閉まりかかった瞬間、話しかけられたユウシンは急いで"開"のボタンを押して、ウミに返事をした。
「あっ、はい、わかりました!ありがとうございます!」
ユウシンは咄嗟にそう言うと、ウミは親指を立てている。
階段を昇り終え姿が見えなくなったのを確認してからドアを閉めた。
玄関を開けたらイケメンのウミ先輩を可愛いソラさんが、優しく迎えているのだろうな。
ソラさんから怖いくらい熱狂的に愛される人生って、どんな人生なんだろう…。
無機質なエレベーター内で、寒さでひび割れた指を見て独り考えている。
ソラに愛されるウミを羨ましいと思う気持ちは時間とともに消え失せ、ソラへの憧れはあるものの母校の先輩である2人を心から祝福していた。
ガチャ
玄関を開けると素敵な音楽が出迎えてくれた。
「ただいま。」
「ユウシンかい?ただいまくらい言いなさい。」
「…さっき言ったよ。」
「挨拶は相手に伝わらなきゃ意味はないの。次から気をつけなさいね。」
「わかったよ。」
シャンプーを買い忘れた母に頼まれて、寒い中コンビニまで買いに行かされた僕にはお礼も言わないくせに。
買い物袋をテーブルに置いたユウシンは腹の虫が騒めくのを抑え、洗面所へ行って手洗いをしている。
「そうだ。大切な事を言い忘れそうになった。
さっき、女の子がウチに来てね、アンタがコンビニで財布を落としたから届けに来てくれたのよ。」
「えっ!」
ユウシンはズボンとジャンパーのポケットに手を突っ込んでいる。
「ほんとだ僕の財布がない!」
ユウシンの母は呆れた表情で二つ折りのブラウンカラーの財布を手渡した。
「まったく!アンタはボサッとしているからよ。
落とし物をする癖を改めなさい。」
「ところで、その女の子ってどんな子だったの?」
「あの子は…白いダッフルコートを着ていて、髪が少し天然パーマなのかしら?
目は切れながらでユウシンと同じくらいの身長の子だったわ。
優しくて可愛い女の子だったわよ。
ユウシンもなかなか隅におけないわね~。」
「揶揄うのはやめてよ!」
ユウシンは財布を受け取り、買ったばかりのシャンプーを持って浴室へ向かった。
「あら?ユウシン。
早くご飯食べちゃいなさいよ。お味噌汁が冷えちゃうわ。」
「寒いから先にお風呂にするんだ!僕の事は放っておいて!」
ユウシンはシャワーを浴びてすぐ温かいお湯が張ってある浴槽に浸かった。
女の子っていったい誰だろう?
同じ姫君の女子かな?
僕の自宅はトモキ君しか知らないはずだし。
肩まで湯船に浸かるユウシンは数少ない出会いの中で、顔見知りの女子の顔を思い起こしている。
「う~ん。」
親切な女の子はいったい誰なのか浴槽で唸った。
白いダッフルコートを着た少し天然パーマで切れ長の目の子…
進学校に通いトップクラスの成績を誇るユウシンは、優秀な頭脳を駆使して記憶力を最大限活用した。
あっ!
もしかして最寄り駅でよく目が合う北高の制服を着たあの子?
いつも同じ車両に乗ってきて気付くと隣にいるんだよな。
あのスタイルの良いセーラー服のあの子なら、母さんが言っていた特徴とバッチリ合うぞ。
でも天然パーマってより、お洒落なゆるふわパーマだ。
幸せな回路が頭の中で広がっていく。
まさかあの子は僕の事、好きなのかな?
自分本位な考えをした途端、猛烈に照れ臭くなったユウシンは湯船に潜った。
「ブハァ!」
古臭い青春ドラマのようにお決まりのアクションをとって更に恥ずかしさが増す。
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________________
※完結しました! 執筆状態を「完結」にするともう話を追加できないのを知らず、何のコメントもないまま普通に終わらせてしまいましたが、読んでくださった方、応援してくださった方ありがとうございました!
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