私、家出するけどちゃんと探してよね!

スーパー・ストロング・マカロン

文字の大きさ
上 下
239 / 275
寒い冬のあとは春がくる

238

しおりを挟む
白い軽トラックはマンションの駐車場へ到着した。
以前住んでいたアパートとは違い、クネクネした住宅街の狭い路地をドライブテクニックを駆使して走行しなければならないような路地ではない。

だいぶガタがきた軽トラックを月極駐車場に駐め、助手席に置いてあるギターを担ぐ。

バン

一度外へ出てドアを閉めたウミだったが忘れ物がないか確認するのを怠った為、運転席のドアを開けた。

ギターが置いてあった助手席もウミは白い息を吐きながら入念に調べる。
季節は12月になっていた。

自宅に到着後、忘れ物に気づいて駐車場に戻るという面倒な事を昨晩やらかしてから、ソラの言う"車を降りる前に忘れものがないか確認"を受け入れ、実行する事にしていた。

「うぇ、さっみぃ。」

結婚前に爪に火を灯す思いで金を貯めて買った、イングランド製のライダースジャケットを着てはいるものの今年1番の寒気が押し寄せてきている事は、帰宅途中カーラジオで耳にしている。

かじかんだ手を擦り、そそくさと月極駐車場からマンションの共用部分まで向かって行く。

エレベーター待ちをしている時、ユウシンと偶然遭遇した。

「こんばんわ。」

「おっ!ユウシンじゃねえか。」

挨拶をされてウミは振り返った。

「明日はライブですよね。
僕とトモキ君はウミ先輩のバンドのライブを観に行きますよ。
ちゃんとチケットも買ったんですから。」

「ありがてぇなぁ!でっけぇハコでギグをやるのは初めてだけどよ、俺らは臆するどころかやる気で満ち溢れてるんだ。
観にきてくれるおまえらや、みんなの為にもスッゲーいいギグにしてやろうと気合い入りまくり!」

ユウシンにも笑顔のウミを見て充実ぶりが窺えた。


1階へ降りてきたエレベーターにウミは先に入り何も聞かずとも、ユウシンが住むフロアのボタンを素早く押す。

「あ、ありがとうございます。」

ウミは壁際にいるユウシンに笑顔で頷いた。

2人はこれといった会話をする事もないまま、エレベーターはウミとソラが住むフロアに到着した。

「じゃあ、また明日な!」

去り際にウミは振り返って言った。

「応援しています。頑張ってください。」

エレベーターを降りてから階段を登る時、再びウミは振り返り「今日はさみぃから風邪引かねぇように気をつけろよ。
あったかくして寝ろよな。」

自動でエレベーターのドアが半分まで閉まりかかった瞬間、話しかけられたユウシンは急いで"開"のボタンを押して、ウミに返事をした。

「あっ、はい、わかりました!ありがとうございます!」

ユウシンは咄嗟にそう言うと、ウミは親指を立てている。

階段を昇り終え姿が見えなくなったのを確認してからドアを閉めた。

玄関を開けたらイケメンのウミ先輩を可愛いソラさんが、優しく迎えているのだろうな。
ソラさんから怖いくらい熱狂的に愛される人生って、どんな人生なんだろう…。

無機質なエレベーター内で、寒さでひび割れた指を見て独り考えている。

ソラに愛されるウミを羨ましいと思う気持ちは時間とともに消え失せ、ソラへの憧れはあるものの母校の先輩である2人を心から祝福していた。

ガチャ

玄関を開けると素敵な音楽が出迎えてくれた。

「ただいま。」

「ユウシンかい?ただいまくらい言いなさい。」

「…さっき言ったよ。」

「挨拶は相手に伝わらなきゃ意味はないの。次から気をつけなさいね。」

「わかったよ。」

シャンプーを買い忘れた母に頼まれて、寒い中コンビニまで買いに行かされた僕にはお礼も言わないくせに。
買い物袋をテーブルに置いたユウシンは腹の虫が騒めくのを抑え、洗面所へ行って手洗いをしている。

「そうだ。大切な事を言い忘れそうになった。
さっき、女の子がウチに来てね、アンタがコンビニで財布を落としたから届けに来てくれたのよ。」

「えっ!」

ユウシンはズボンとジャンパーのポケットに手を突っ込んでいる。

「ほんとだ僕の財布がない!」

ユウシンの母は呆れた表情で二つ折りのブラウンカラーの財布を手渡した。

「まったく!アンタはボサッとしているからよ。
落とし物をする癖を改めなさい。」

「ところで、その女の子ってどんな子だったの?」

「あの子は…白いダッフルコートを着ていて、髪が少し天然パーマなのかしら?
目は切れながらでユウシンと同じくらいの身長の子だったわ。
優しくて可愛い女の子だったわよ。
ユウシンもなかなか隅におけないわね~。」

「揶揄うのはやめてよ!」

ユウシンは財布を受け取り、買ったばかりのシャンプーを持って浴室へ向かった。

「あら?ユウシン。
早くご飯食べちゃいなさいよ。お味噌汁が冷えちゃうわ。」

「寒いから先にお風呂にするんだ!僕の事は放っておいて!」

ユウシンはシャワーを浴びてすぐ温かいお湯が張ってある浴槽に浸かった。

女の子っていったい誰だろう?
同じ姫君の女子かな?
僕の自宅はトモキ君しか知らないはずだし。
肩まで湯船に浸かるユウシンは数少ない出会いの中で、顔見知りの女子の顔を思い起こしている。

「う~ん。」

親切な女の子はいったい誰なのか浴槽で唸った。

白いダッフルコートを着た少し天然パーマで切れ長の目の子…

進学校に通いトップクラスの成績を誇るユウシンは、優秀な頭脳を駆使して記憶力を最大限活用した。

あっ!
もしかして最寄り駅でよく目が合う北高の制服を着たあの子?
いつも同じ車両に乗ってきて気付くと隣にいるんだよな。
あのスタイルの良いセーラー服のあの子なら、母さんが言っていた特徴とバッチリ合うぞ。
でも天然パーマってより、お洒落なゆるふわパーマだ。

幸せな回路が頭の中で広がっていく。

まさかあの子は僕の事、好きなのかな?

自分本位な考えをした途端、猛烈に照れ臭くなったユウシンは湯船に潜った。

「ブハァ!」

古臭い青春ドラマのようにお決まりのアクションをとって更に恥ずかしさが増す。

ソラに失恋したユウシンの新しい恋が始まった瞬間でもあった。































































しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

見えるものしか見ないから

mios
恋愛
公爵家で行われた茶会で、一人のご令嬢が倒れた。彼女は、主催者の公爵家の一人娘から婚約者を奪った令嬢として有名だった。一つわかっていることは、彼女の死因。 第二王子ミカエルは、彼女の無念を晴そうとするが……

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

犬とスローライフを送ってたら黒い噂のある公爵に突然求婚された令嬢

烏守正來
恋愛
マリエラはのんびりした性格の伯爵令嬢。美人で華やかな姉や優秀な弟とは違い、自他ともに認める凡人。社交も特にせず、そのうち田舎貴族にでも嫁ぐ予定で、飼い犬のエルディと悠々暮らしていた。 ある雨の日、商談に来ていた客人に大変な無礼を働いてしまったマリエラとエルディだが、なぜかその直後に客人から結婚を申し込まれる。 客人は若くして公爵位を継いだ美貌の青年だが、周りで不審死が相次いだせいで「血塗れの公爵」の二つ名を持つ何かと黒い噂の多い人物。 意図がわからず戸惑うマリエラはその求婚をお断りしようとするが。 ________________ ※完結しました! 執筆状態を「完結」にするともう話を追加できないのを知らず、何のコメントもないまま普通に終わらせてしまいましたが、読んでくださった方、応援してくださった方ありがとうございました!

処理中です...