黒犬と山猫!

あとみく

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山猫、デレる

第332話:夜の相互コミュニケーション

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 それから、次の彼女はいなくて今に至ると分かると、黒井は「ねえ、ねこ、俺の方が好き?その彼女より俺の方が好き?」と僕に抱きつき、そのまま二人で転がって、毛布を頭からかぶった。
 早口でまくしたてられて、とにかく「・・・す、好き、だよ」と返す。
「お前さあ、なんか、なんか・・・!」
「な、なんだよ」
「俺の方がその女よりお前を愛してるよ」
「・・・」
 黒井は手探りで僕の顔に触れ、前髪をどかして、おでこに口づけた。そして「なんか、いろいろ、だいじょうぶになった」と、唇は左へずれていき、髪と、耳とその後ろ、そして首筋へ。
「クロ・・・なに」
「わかんないけど、・・・ちゃんと聞いたら、ちゃんと分かったんだよ。だからもういい」
「・・・い、いい、わけ?」
 「うん」という返事とともに吐息が耳にかかり、ぞくっとして声が漏れた。無意識に隠そうとしたけどばれていて、耳元で熱い息とともに「今は、俺のやまねこ」と囁かれる。きゅっと身体がこわばって、黒井が耳たぶを噛んだ。
「いっ・・・ああっ」
「・・・感じる?」
「・・・んんっ」
「ねこ、ごめんね。俺が間違ってた。これで良かったんだ」
 やたらと甘い声が響く。横にいる男は執拗に耳を責めてきて、僕はもう、そのほかのところもどうにかしてほしくて仕方がなくなる。・・・何だかおかしい。あの頃、彼女が出来て童貞が捨てられたのは大学が決まったことより大きな喜びだったし、その後のセックスだって何だかんだいってもそりゃあ気持ちよかったはずなのに、今は、この男からでないと、何の快楽も得られない気がする。
「クロ・・・やめ、ろって」
「なんで?俺は楽しいけど」
「・・・なん、だよ」
「お前の彼女のこと、嫌だったけど、今は嫌じゃない。お前の過去だから」
「・・・う、ん?」
「今は俺が手に入れてるから、その過去は、くっついてるけど、それも全部俺のだから」
「・・・」
「だから、怒って、ごめん」
 そう言って、今度は、耳たぶじゃなくその上を容赦なく噛んだ。
「いっ・・・、お、おまえ、いってることと、やってることが」
「それはお前もでしょ?・・・されたいのにやめろなんてさ」
「・・・っ」
「ね、また、キスしながら寝よ」
「・・・む、むり、だろ、そんなの」
「うん、なにが無理?」
「・・・それ、は」
 すっかりもう、身体が、反応してるのに。
 キスだけ、なんて。
「もう止まれないって?そんなの、俺だって止まれないけどさ・・・」
 そしてクロは僕を転がして後ろを向かせ、自分のそれを僕の尻に押し当てると、ズボン越しに下から突いた。
「ひあっ・・・!」
「でもどうせ、俺だって初めてだし・・・最初はうまく入んない、よ」
 ・・・ああ、僕の初体験をからかってるのか。でも確かに、初めてだという以上に、男同士でそのまますんなり入るはずもない。
「でもさ、俺たちはさ、帰んなくていいし、落ち込まなくていいし、だめでもないし・・・」
「・・・」
 そして少し真面目な声で、クロは「するならちゃんとしたい」と言った。
 僕はクロの方に向き直って、毛布をめくってその顔をちゃんと見た。
 あんまりにも好きで、「キスして寝よう」とその唇に口づけた。


・・・・・・・・・・・・・・・


 僕の上にクロがいて、していることの意味はほとんどセックスだったけど、実際触れ合ってるのは肩から上だけだった。
 僕の両手は黒井の肩に置いたまま、その上にも下にも動かせなかった。顔や髪も触れないし、背中や腰も無理。そしてちょっと手が離れた時、無意識に自分の下半身を擦ろうとしていて、慌てて肩に戻した。だから、キスをしながら僕の頬や耳や首の後ろまで手のひらと指で愛撫してくる黒井は、もしかして僕よりものすごく忍耐強いのかもしれない。
 ・・・だんだんと、その、やり方の、クセが分かってくる。
 今までずっと、クロの言動や過去や求めているものをアタマで分析してきたけど、・・・こうしてカラダで分析するなんて・・・いや、興奮に流されて、あんまり出来てないけど。
 それでも思ったのは、・・・しつこくするかと思えばあっさり引く、痛くした後は甘くもする、一ヶ所にとどまらないで触り方を変えながら探るように動いて回る・・・。
 目を閉じてそれを受けていると、黒犬が地図上を好きに歩き回っているような感じもするし、まるで絵を描いているようなバランス感覚を感じることもあった。
 そして僕はといえば、それを受けてただ喘ぐのを抑えていただけ・・・では、あったけど。
 それでも、先週の、あの、僕の告白の後のキスとは少し、違うこともあった。
 ・・・耳に息をかけられた僕は、顔を背け、やめろと言いつつ、・・・煽ってもいる。
 クロがもう少し苛めようとついてきて、僕はそれを分かりながらさらに引きつけて、それとなく、クロがもっと興奮してくれるように、僕がされたいことをしてくれるように、仕向けてもいた。
 <プラトニック>の約束のことを、分かっているし納得もしているのに、どこかで、そんなものは破ってしまうほど僕に溺れてほしい・・・なんて。
 ひどいやつだと思う。せっかくクロの心にともった小さな焚き火を、消してしまいたいなんて思わないけれど、でも、獣のような目をして服を全部脱いで、脱がされて、めちゃくちゃにされたいという思いはいつもある。
 ・・・でも。
 クロは息を荒げつつも、時折笑いながら、「いいにおい」とか「ここ好き」とか言った。
 その上、「お前は?」とか「もっとこっちがいい?」とか、訊いてもきた。
 僕はほとんど答えられず、ううとかああとか声が漏れるだけだったけど、・・・ああ、クロは(まだ)獣じゃないんだ、と思った。本能で暴れるんじゃなく、僕と言葉でコミュニケーションを取ろうとしている。
 僕としては、僕の意思なんか何の関係もなく圧倒的に犯されてしまいたいわけだけど・・・今のところ、ちょっと違うみたいだ。
 「ねえ、ほら、どっち?」とまた耳元で甘く囁かれて、その質問内容を覚えていなくて、「好きに・・・しろ」と声を絞り出す。
 そして、ぼんやり、思い出した。
 八年前の、彼女とのセックス。ベッドに入ってしまえば「もっと」とか「早く」とか言われるだけで、終わっても着替えてしまうまでピロートークだとかいうのもなかった。何となく、セックスというものはいつもと別の顔で、お互い恥ずかしいことをしているのを見て見ぬ振りをしながら射精までもっていくもの、という暗黙の了解でやっていたような気がする。

 ・・・お前は、何人もとしてきてるから、もう知ってるのかもしれないけど。
 僕はこうして、前の人と比べるのも初めてで、人によってこんなに違うというのも初めて知って、まだ戸惑ってるよ。

 ・・・そして。
 ふいに、思った。
 今もこうして、クロがしやすいように、そのやり方に必死に合わせようとしてるけど。
 合わせるのが「ベスト」でもなくて、あの仕事のプロジェクトのように、「こうすべき」の前に僕の「気持ち」が入ったっていい・・・いや、それがなきゃそもそも二人でいる意味ってないのかも。

「クロ・・・ちょ、っと」
「んん?」
 僕は、感じたまま、思ったまま、それを口に出した。
「もっと・・・つよく、噛んで」
「・・・ん、いいよ」
「・・・っ」
「・・・こんくらい?」
「・・・もっと、・・・きつく、して」

 「やまねこは痛いのが好きだね・・・」と頭を撫でられながら耳を噛まれて、僕は小さく何度もうなずいた。気持ちを言ったらそれが伝わって、こんなにもすぐに気持ちよくなれるだなんて、奇跡みたいだと思った。


・・・・・・・・・・・・・・・


 長いキスをしてから黒井に背を向けて、頭や肩を撫でられているうちに酸欠気味の頭が勝手に休みはじめ、いつの間にか後ろからも寝息が聞こえた。

 日曜日。
 しばらく眠って、起きたら朝になっていたけど、・・・うん、やっぱり、夜の醜態を思うと昼間どんな顔をしていいかまったく気まずかった。どうしてみんな、あられもないプレイをした後でもふつうにランチが出来るんだ?
 そっと体を起こして振り向くと、黒井はすやすやと寝ていた。
 ・・・これまでの子にも「もっとこっち?」なんてクスクス囁いてたのかな、とつい思ってしまう。高校の時の三人と、演劇部の時に同棲してた子の話は聞いたけど、結局のところ経験人数は何人なんだろう。知ったってしょうがないけど、でも確かに、知らないとあれこれ考えてモヤモヤする。・・・ううん、僕も「お前のこと嫌いになりそう」と脅して洗いざらい吐かせるべきか?

 トイレに行って顔を洗い、残り少ない冷蔵庫を覗いていると部屋のドアが開いて、黒井が顔を出した。
「ねこ、おはよう」
 ちらっと見るとその顔は嬉しそうに微笑んでいて、気まずくもないみたいだった。少しだけ「慣れてるから?」なんていじける自分もいるけど、立ち上がって冷蔵庫をパタンと閉じたら、無言で抱きすくめられて、全部飛んだ。
「ねえ、あのさ・・・」
「・・・なに」
「俺、ちょっと、行ってくる」
「・・・うん?」
 腕や背中をさっとなぞられて、ああ、クロがいれば、もう何でもいいと思ってしまう。まるで催眠術にでもかかったみたいに。
「ね、お前も一緒に行かない?」
「・・・え、どこへ?」
「俺さ、・・・ちょっと、思ったんだよね」
「・・・うん?」
 ふっと身体が離れて、黒井は自分の肩から二の腕をこすってみせた。
 そして「お前の上で、いろいろするのが、きつかった」と言って、・・・「一緒にジム行こう」と僕を誘った。


・・・・・・・・・・・・・・・・


 催眠術は一瞬で解けて、頬が緩んでいたのも真顔に戻り、「いや、行かない、お断りする」と即答した。
 冷蔵庫を再び開けて、閉めて、冷凍庫を開けて、ああ、ギョーザでも食べていけば?
「え、一緒に行こうよ。プールもあるし、ジャグジーもあるよ」
 プールもあるし・・・って、僕がスイスイ気持ちよく泳げる人間だとでも思ってるのか?
「行かない」
「そうだよ、銭湯からバージョンアップして、ジム行けばいいじゃん。体も鍛えられるし、一石三鳥じゃん」
「残念ながらお断りする。・・・ギョーザ食う?」
「え、食う」

 黒井は誘い続け、僕は断り続け、熱々のギョーザがなくなっていった。
 行かないことは決まっていたし、どこかで、甘えてもいいんだと思っていたから、安心して断った。どれだけ断っても黒井は笑っていた。
 そうして、夜の行為のために腕を鍛えると言う恋人を追い出してしまうと、部屋で一人、満たされた気持ちになった。
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