黒犬と山猫!

あとみく

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山猫、デレる

第328話:したいこと、してるだけ2

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 方向性としては、課長でなく、僕から営業デビューの二人を指名するということで話が進んだ。結局、指名というやり方でなければどこかでフレッシュマン岩城君か老執事のような山田氏が候補に浮上し、あとは運を天に任せたくじ引きにするしかなくなるからだ。
「でも俺が指名するなんてやっぱり変だし、意味不明だろ」
「別に、あいつら意味なんて考えてないし。お前が言えばそうなるんだよ」
「・・・うーん。でも根拠に欠けるよ」
「お前が同行して、適性を見極めたってことで」
「辛島君とは同行してない」
「あ、そっか。じゃあ今からすれば」
「いやだから、すればって言って出来るものなの?あの同行予定表のエクセルとか、スケジュール取りまとめてる人がいるわけでしょ?」
「・・・あれ作ったの俺だよ」
「えっ?」
「いや、たたき台作っただけで、表組みきちんとしたのは高浦さんだけど」
「・・・たかうらさん、って、SSの?」
「え、知らないの?新人のG長になったんだよ」
「は?」
「絶対向いてないのに、いや、向いてるのかな。何でオレがってぼやきまくってるけど、やたら細かいから、やっぱ向いてんじゃない?」
「・・・そ、そう。・・・じゃあ、その、高浦G長、に言われて?お前が、スケジュール表を・・・?」
「うん。セミナー部の伊藤さんにもこき使われるし、一課二課の課長もうるさいし、ほんと、みんな俺のこと新人を何とかしてくれる係だと思ってさ」
「・・・そ、そう」
「・・・あ」
「うん?」
 黒井はペンをもてあそぶ手を止め、顔を上げて僕を見た。そして「お前は、いいよ」と、笑った。
 ・・・あ、ああ、そうか。
 僕も、クロのことを「何だか新人に詳しい人」とみなしておかしな相談を持ちかけ、こき使おうとしていた・・・と、いうか、今まさにそうしているのか。
 でも、僕だけは、・・・特別?
「そ、それはどうも」
 ありがとう・・・と言おうとして、ありがとうは禁止なんだったと思い出した。しかし礼も言わないなんて、ますますこき使ってるみたいじゃないか。何か別の形のお礼、たとえばお菓子とかなかったかなと引き出しを開け、しかしこれは僕の机じゃない。

 そして黒井はめざとく、中に入っていたうなぎパイを見つけて「おっ、それ食お!」と、椅子の上であぐらをかいた。
「食わない、食わない。いつのだかわかったもんじゃない」
「いつだっていいよ、別に食えるから。他にない?」
 引き出しの中には、他に定規やペン、丸めたティッシュ、そして奥にチーズおかきが入っていた。黒井からは位置的に見えないから、おかきのことは伏せておく。僕ならたとえ新品だって、自分じゃない机の使用済みティッシュの隣にあるという時点でアウトだ。
「ないない。汚いし、やめとこう。後で俺が何か買うから、これはゴミ箱行きだ」
「えーっ、まだ食えるのに、お前、こういうのはもったいないと思わないの?」
「・・・お、思わない。それにもう食えないんだから、食品じゃない」
「食えるってば。・・・じゃあひとくち食べて、だめだったらちゃんと捨てる」
「そんなの・・・」
 僕はもう、足元のゴミ箱に勝手に捨ててしまおうと思った・・・けど。
 まあ、科学的に考えたら、たぶんこれを食べて死んだり病院に行くほど腹を壊したりすることはない、だろう。風味こそ劣化しているだろうが、まあきっとそれだけだ。
 そして僕は今、自分の独断で黒井の意見を却下しようとしている。だめだったら捨てるという妥協案にも耳を貸さずに。
 しかも、発端は、僕がクロに「ありがとう」を言えない代わりに、お礼のお菓子を探したからだ。どうにかして礼を言わないと何かが釣り合わない感じで、自分の気が済まないから、という理由で。
 <そもそも僕がしたかった相談の形>といい、このクッキーといい、もしかしたら、僕は非常に、独善的なのかもしれない。「自分が自分が」という思いはなく、すべてのことを公平に配慮しているだけ・・・のつもりだけど、ああ、僕の<理屈>にはしかし僕の名前は入っていないから、逆に、平気でぐいぐい押しつけちゃうんだな。黒井は「食べたい」とその気持ちを言うけど、僕は「食べたくない」じゃなく「食べるべきではない」を主張するだけで、自分の気持ちを言っていない。
 もしもそれを言うなら・・・「何か気持ち悪いって思っちゃうから」。
 でもこれでは通らない気がするから、つい、強そうな<理屈>の方を採ってしまう。

 それで僕は、本当は触るのも嫌だったけど、そのうなぎパイを黒井に手渡した。
 黒井はさっさと開けてパイを半分に割り、片方をぽいっと口に入れた。え、いやいやお前、「ひとくち」がでかいだろう!


・・・・・・・・・・・・・・
 

 有難くもいただいた残り半分を口に入れ、確かに、どこか変な味がすることもなく、二人で冷めたコーヒーを飲んだ。きっとこれは僕の独善性を葬り去るための儀式なんだ・・・。

 そしてノートに向き直り、「僕が二人を指名をする」にあたって、このプロジェクトの締め切りである来週末までに辛島君との同行は出来ても、未同行の残り二人とはスケジュール的に無理なことが分かった。
「からしまんだけじゃだめなの?」
「それは、だって<俺が適性を見極めた>ってことにするなら、全員としてなきゃだめじゃないか」
「んー、それじゃ同行はやめて、全員と面談でもする?」
「い、いや・・・するならするけど、別に、そんな権限はないし、される方も俺なんかに何言っていいか困るだろうし・・・」
「え、じゃあお前はどうしたい?」
「どう、って・・・」
 ・・・僕の、したいこと。
 別に、僕がしたいことなんかない。ただ言われたとおりに、課されたお題を無難にクリアするだけ。
 しかし黒井は「もうこの二人はどうでもよくて、お前がただ決めればいいんだよ」と、飯塚君と辛島君のふせんをぴらりとはぎ取った。
「だ、だって、課長が・・・」
「いーんだって。お前が改めて面談か何かをして、それでこの二人以外がいいって思ったんならさ、もうそれでいいわけじゃん。だって、道重さんは営業の即戦力が欲しいんでしょ?」
「え、それは、そうだけど」
「四課の営業でどんなやつが欲しいかって、お前だってそんなの分かってるんだから、一緒だよ。だったら、この二人以外を選ばないようにっていう変なフィルターは要らないじゃん」
「・・・そ、そう、か」
 確かに、課長が言ったから、これは絶対外せない要件だからと、盲目的にこの二人を真っ先に中心に据えてしまった。でも僕が自分のやり方で人選をして結果的に同じ二人なら何の問題もないし、もし違ったら、逆にそれを課長に進言すべきというところなのかも。
「・・・なる、ほど」
「じゃあ、面談?」
「い、いや、ちょっと待って」
「うん?」
「四課が欲しいのは即戦力で、それが誰なのか、選ぶことはまあ、出来ると思う。っていうかまあたぶん、課長が言うように飯塚君と辛島君でそんなに間違ってないんだそこは。でも俺が考えなきゃいけないのは、それを残り五人に伝える時に、『あなたたちは即戦力じゃない』ってメッセージになるのは好ましくないってこと」
「・・・ふうーん」
「この二人をどうとかってのはナシで、白紙に戻して考えるなら、誰か二人は営業デビューしなきゃいけないけど、どうやって意識の格差なくそれをするかってことだ。・・・立候補なら一番無難だろうけど、もしそれをしないんだったら」
 すると黒井は、何かを思いついたのか、ノートの左側に飯塚君、右側に辛島君のふせんを貼り、残りの五人を剥がした。そして、何をしようとしてるのか、少しわくわくした顔で僕に説明した。
「それ、応援させればいいんだよ。あいつら、自分で前に出るより、サポート役の方が好きなんだ。だから、選ばれたのがエリートでそれ以外が落ちこぼれってんじゃなく、むしろ、選ばれたのが大変な実験台で、残りが、それを頑張ってサポートしてあげる人。えっと、まずエリちゃんは飯塚君チーム、みねっちがからしまんチーム」
 そう言って早速、あの女子会二人をそれぞれ左右のページに割り振った。
「えっ、その二人、分けるの?」
 僕なら同じチームに固めておくだろう。だって、二人ならいろいろ喋りつつ手を動かすかもしれないけど、一人ずつにすると「眠いですー」になってしまうと思う。確か歓迎会の時だってバラけてくれなくて、ずっと女子会よろしく二人で喋ってたから<女子会の二人>って呼んでるんだ。
 しかしそれを言うと、黒井は「ああ、だからだよ」と納得した声を出した。
「この二人はずっと一緒で、トイレまで一緒に行くんだよ?でも別々の部屋にするんじゃないんだから、別チームにしたって、一緒のことやるよ。つまり、ここはおんなじ知識が共有できる」
 そして、ノートの左右のページに貼った<斉藤さん>と<峯岸さん>のふせんを中央に寄せてきて、横並びでくっつけた。そこに<見積作成とか>とメモをする。ああ、確かに別部屋にするんじゃないなら、彼女ら二人が「えーこれは?」「あ、だったらこっちも?」と並んで同じことをしている図が目に浮かんだ。二チームのそれぞれの女子マネージャーのような感じか。
「んで、飯塚君チームにユウト、からしまんチームにやまちゃんとなかむー。でも経理志望のなかむーは経費関係は兼任で見るとか。で、ユウトは飯塚君を見習ってほしいし、飯塚君はユウトくらいのやつを教育してみてほしい。やまちゃんとからしまんは・・・まあまともに会話してほしい。うーん、ここは反対でもいいや。どっちが楽しそう?」
「えっ・・・」
 正直、なかむーこと中村君のことはろくに知らなかったが、岩城君と山田氏ならそこそこ知っているつもりだ。確かにソツなく知的な飯塚君と、くそ真面目で枯れた歩く辞書みたいな山田氏が組んでも、特に何事も起こらない気はする。無口そうな辛島君とフレッシュマン岩城君はまったく接点がなさそうだが、辛島君と山田氏にしても・・・いやいや、辛島君についてもまだろくに知らないんだから、<無口で実直そう>だけで結論は出せないか。


・・・・・・・・・・・・・・


 黒井は辛島君と中村君について色々教えてくれようとしたけど、しかし、僕の名前で何かをする以上、「黒井からそう聞いたんで」では済まされないと思い、やはり面談的な何かをすることにした。
 そして、僕がやるならまあ・・・対面より文章だ。
「じゃあメールする?」
「うん・・・でも、お前からならともかく、俺が突然、唐突すぎるかな」
「えー、いーんじゃない?それとも俺が言って、あいつらからお前にメールさせる?」
「・・・いや、もっと、何かこう」
 もっと消極的で、接触が最小限で、波風が立たない、僕らしいステルスなやり方・・・。
 ・・・そうだ、アンケートというのはどうだろう。
「あ、アンケートにする」
「へえー」
 七人全員に同じ質問をして、その具合で飯塚君と辛島君が本当に即戦力かというのも見れるし、辛島君と中村君の雰囲気も分かるし、このアンケートを元に勘案した結果、さっきのチーム分けにして今後の研修を進めると言えばいいんだ。
 ・・・うん、「言えば」・・・って。
 どうやって?
「そりゃ、みんなを集めてお前が言えばいいんじゃん。それとも全部メールで伝えんの?」
「い、いや、これは口頭で、全員がいるところで伝えた方がいいと思う」
「じゃあ、アンケート取って、そしたら集合させて、あとは営業デビューとそれに合わせたチーム別の研修だね」
「・・・だね、って、いやそうだけど、そうなんだけど、・・・それ俺がやるの?」
 アンケートの文面作成と返信の取りまとめはともかく、「集合させて」って、いつどこに?いや、営業デビュー会のお膳立てまではいいとして、その後の研修って誰がプログラム組むの?どの部屋でどうやって何をさせるの?いや、俺は四課の営業兼営業事務であって、新人研修係では・・・え、それも全部込みで課長に任されたってこと?
「いや、いや、・・・そんなことしてたら営業まで出来ないよ」
「・・・だろ?」
「う、うん。無理だよ」
「だからさ、・・・そもそも無理なんだから、どうでもいいんだって」
「え?」
 ふと、新人たちのふせんとメモから目を上げ、パーテーションの向こうの残業の気配を感じ、ああ、会社なんだった、と思い出した。あらためて黒井を見て、それは<三課の黒井さん>だけど、しっかり<クロ>でもあって。
「・・・どうでもいい、って?」
「だって、こんなん任す方が悪いんだし・・・結局、したいようにしちゃえばいいんだよ」
 クロは、そう言って、片目をつぶってみせた。
 したいこと・・・するだけ。
 それは僕がクロに教わって、この恋を走ってきたそのフレーズでもあり、そして、クロが失ったもの、かつて持っていた自信や全能感を、まだそれがある振りをして掲げていた哀しいせりふでもあった・・・わけだけど。
 まさか、仕事のことで、またこれを聞くなんて。

 そしてふと、さっきのうなぎパイのことと、その後の会話を思った。
 僕の「したいこと」というのは、イコール僕が「すべきこと」を指すのだと思っていたけれど。
 それより先に、根拠のない「気持ち」が来てもいい・・・いや、逆にそれが先にないと、仕事も前に進まないのかもしれない。女の子の好みもないまま「完璧な女性」を探したって見つかるわけもない。
 ・・・僕の、気持ち。
 そんなものは仕事に必要ない、抑えるべきものだと思ってきたけど。
 それが大事、ということもあるのか。
 したい、というほどの積極性には届かないけど、アンケートを取って結果を集計するのはちょっぴり「楽しそう」だ。それでいいのかも。

「うん。・・・したいこと、するだけだ」
 結局、クロに相談してこうして色々決まった。馬鹿正直に四課の僕一人で悩む必要なんてなかったんだ。
 僕たちは、右手を上げてパチンと叩いた。そして「終わった」「帰ろう」で晴れ晴れと帰路に着いた。
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