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お盆旅行と、告白
第261話:僕の過去
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意外と僕のことを知らない?
それはこっちのせりふだよ、と思ったけど。
冷静に考えれば確かに、黒井の方が、僕のことを知らないのかもしれなかった。黒井が知ってるのは、僕が大学でミス研にいたことと、僕の誕生日と、あとは・・・じいさんちに黒い犬がいたことと、自由研究で箱を作ったって話?それも、ただ箱としか言ってないけど。
・・・それだけ?まさか。
黒井はふいにドアを開けて運転席から降りて後部座席に回り、そこにあった荷物を助手席に放り込むと、僕の隣に乗り込んできた。靴を脱いで、膝を曲げて僕の方を向いて座る。「バッテリーが上がる」と車内灯を消し、「俺はお前のことを知らなきゃなんだよ」と言った。
「・・・何でだよ」
「あれだよ、ことわざで言えば、急がば回れ、とか、情けは人のためならず?」
「はあ?」
「そういう風に思ってるんだ、今の俺は。俺が俺のことをどれだけ考えたって何かだめで、だったらお前のことなんだ」
黒井はそう言って、足で僕の脇腹をぐいぐい押してくる。まったく足癖が悪い。
「まったく、人に矛先を向けるなよ。・・・足もだけど。・・・双子の兄弟じゃあるまいし、俺のことを知ったって、お前を知ることにはならない」
「そんな風に反論するわけ?この、自己中の俺様がさ、人のことに目を向けたっていうのに?」
「はは、言ってら。分かってるならそれでいいじゃないか。俺はお前みたいに、脚光を浴びるような人生じゃないし、そういうのは望んでない」
黒井はちょっと笑うように息を吸い込んで、結局それはため息になって出てきて、「何か・・・そうじゃないよ」と膝を抱き寄せた。
そして、「今更怖くなってきた」と、少し涙声で、震えた。
「・・・苦手なことさせて、悪かったよ。ごめん。一人でやろうとは、思ったんだけど。お前がやるって、言うからさ。・・・いや、まあ、そんなの言い訳にならないけど」
「・・・お前が、いつも、言うのは、・・・一人ってことと、死体のこと。ねえ、どうして?」
「ど、どうしてって、そんな、ミステリオタクのぼっちだからじゃないの?・・・本当は、お前が一緒にいるような、相手じゃないと、思うよ」
怖がる黒井を少しかわいそうに思って、罪滅ぼしのつもりなのか、何だか微妙な本音が出た。どんなミステリが好きかって質問なら、いくらだって答えるんだけど・・・。
「俺とお前が釣り合わないってことは、分かってるよ。俺にはなんにもないし、お前は何かを持ってて、一人で何でも出来る」
「・・・別に」
「お前がどんなにやってくれても、俺はまだ空っぽのまま。俺だって焦ってるけど、どうしようもならない。<コペンハーゲン>もあれ以上どうしていいか分からない」
「それは・・・ごめん、俺も」
「だから、・・・別に、思いつきとか好奇心じゃなくて、俺は、まずお前のこと知らなきゃいけないと思うんだ。いや、いけない、っていうか、なんて言うの、無心っていうか無我っていうか、俺は自分のことはいったんおいて、お前のことを考えようと思う」
「・・・な、何で俺だ。いいよ、そんなの、無心になるのはいいことだと思うけど、もっと他に、いろいろ」
「いない。他に、お前みたいなやつ」
「・・・っ、別に、人じゃなくても、絵を描いたり、工作とか」
「それも楽しいよ。そう感じてる。でも、その先に、やっぱり、・・・気持ちとか、感情とか、表したいものとか、そういうものがないと」
「じゃあその、音楽とか、映画とかだって」
「生身の人間じゃなきゃわかんないよ。直接会って一緒に生きて、聞いてみないとわかんない」
「わ、分かった。もう、分かったよ。知りたいことがあるなら訊けば。答えられることなら、何でも答える」
「だから、どうしてそんな怖いのが好きなの?いったいいつから?」
「え、えっと、それは・・・高校くらい、から、ミステリにハマったから、だ」
「だから、何で?」
「え?」
「その、きっかけっていうか」
「いや、まあ・・・、高校に入って、友達も変わったから、かな」
「友達の影響?みんな読んでたから?」
「いや、そんなわけない。周りにそんなやついなかった」
「じゃあ友達が変わったって何」
「え、いや、中学の頃は・・・ゲームばっかしてて、ゲームの話をする友達は、いた。でもそれも、高校では・・・うーん、マニアすぎるやつにはついていけなくて、でも普通のやつは、・・・何だろう、何だかのライブに行くだの、彼女の話だの、やっぱりついていけなくて・・・、あ、ほら、だから、ミステリオタクのぼっちなんだって」
「答えになってないよ」
「え、あ・・・、まあ、確かに帰結がおかしいか。でもそんな、高校の頃なんて、確固とした意志で何をやりたいとか、そんな風じゃなかったんじゃないか?」
「でも、お前言ったじゃん。俺が物理をやってるのも、それでももう何年も続いてるなら、やっぱり意味があるって。お前なんてもう十年以上ってことでしょ?それはただの思春期の気まぐれ?」
黒井は「俺がさ、金髪ピアス男だったって知ってた?」と笑った。「あ、でも夏休みだけだよ」と。き、聞き捨てならないことをさらりと言ったな。
「ま、確かに、言いたいことは分かる。でも俺にだって、あんまり思い出せないんだ、悪いけど」
「じゃああの本の話をしてよ。印象的だったんでしょ?高校生のお前が、それを読んだんでしょ?」
「・・・うん、そうだ、な。あれは夏だった。夏休み、いや、もうちょっと前か」
「うん」
「読み終わって、夜中だったか、恐ろしくなって・・・、また幻覚を見たのかな。それから一気にそのシリーズを読破して」
「また幻覚、って」
「うん、今よりずっと頻繁だった。金縛りと幻覚、幻聴も。思春期ってのも、関係してるらしいよ。何かに書いてあったけど、確かに二十歳を越えてからはずっと減った。ホルモンだか何だかの関係らしい」
「俺そんなの、ないけど・・・」
「まあ人によるんだよ。体質だろ。そう、薬も効きすぎて、だから風邪薬も頭痛薬も、すぐぼうっとしてそんな風になって」
「そうなの?風邪も頭痛も、ないんだけど・・・」
「はは、お前は健康なんだ」
「お前は、風邪や頭痛ばっか?」
「・・・そういえば、よく薬は、飲んでた。そう、薬のケースを持ってて、それに何種類か入れてたな」
「・・・そんな?」
「バスの中で、文庫本を読みながら、いつもその時間に薬が効いてきて・・・寝過ごしそうになって」
制服の、学ランの感じをふいに思い出した。ズボンに、白い靴下に、ローファーの革靴。そんな時代が、僕にもあったんだ。
「本屋に通って、数日ですぐ新しい本を買って、そんな日々だったよ」
「ふうん。じゃ、夏休みもそんな?」
「そりゃそうだ」
答えて、でも今、何かを隠しているのを感じた。何だろう、嫌な思い出があるらしい。花火や遊園地に誘われたけど話に入れなくて一人で帰った?好きな子から電話が来たのにうまく喋れなくて、それっきりになった?いや、そんな地味な青春ですらないな。きっと、また親父にどうでもいいことで怒られたとか、ああ、たぶん部屋にクーラーを入れてくれって頼んで、喧嘩して結局却下されたってやつ?はは、もう俺だって金髪にしてやればよかった。
「何笑ってんの」
「あ、いや、別に。俺の思春期は金髪じゃなくて、クーラー戦争だ」
「クーラー戦争?」
「何でもないよ。ただ、部屋にクーラーがなくて、ゲームつけると熱で暑いからって言ったらゲームまで禁止になって、とんだ藪蛇だ」
「ふうん、リビングでやればいいのに」
「おい、親の前でゲームが出来るか」
「何でだよ、あ、えろいやつ?」
「ち、違う、ふつうのRPGだ。リビングのテレビが使わせてもらえるわけないし、そんな、やってるのを見られたくない」
「えー、俺だって部屋にクーラーなくてさ・・・」
・・・。
ゲームをやってた、ってことは、これは、中学の夏休みの記憶?いや、中三の夏はゲームなんて言い出せる時期じゃなかったし、その前、いや、その後、高一か。塾も行ってなくて、ゲームをしててもそこまでとやかく言われなくて・・・でも、じゃあ、ミステリ漬けの夏は、高二ってことか。
二年。
二號室。
2ー4。
・・・学校を辞めさせてくれって、言った。
「・・・でさ、・・・ん、ねこ?」
「・・・は?」
「ねこ、聞いてる?」
「猫って何」
「・・・いや、だから、やまねこ・・・」
「山猫?僕のこと言ってる?山猫って何だ。そんなあだ名ついたことない。大体、ヤマネはともかく、コはどこから来たんだ。ヤマネ、ヒロ、フミ・・・」
ひろ、ひろふみ、いいか、それは、さすがに甘えすぎだ。それくらいのことで学校を辞めるなんて、そんなことじゃこの先・・・。
それはこっちのせりふだよ、と思ったけど。
冷静に考えれば確かに、黒井の方が、僕のことを知らないのかもしれなかった。黒井が知ってるのは、僕が大学でミス研にいたことと、僕の誕生日と、あとは・・・じいさんちに黒い犬がいたことと、自由研究で箱を作ったって話?それも、ただ箱としか言ってないけど。
・・・それだけ?まさか。
黒井はふいにドアを開けて運転席から降りて後部座席に回り、そこにあった荷物を助手席に放り込むと、僕の隣に乗り込んできた。靴を脱いで、膝を曲げて僕の方を向いて座る。「バッテリーが上がる」と車内灯を消し、「俺はお前のことを知らなきゃなんだよ」と言った。
「・・・何でだよ」
「あれだよ、ことわざで言えば、急がば回れ、とか、情けは人のためならず?」
「はあ?」
「そういう風に思ってるんだ、今の俺は。俺が俺のことをどれだけ考えたって何かだめで、だったらお前のことなんだ」
黒井はそう言って、足で僕の脇腹をぐいぐい押してくる。まったく足癖が悪い。
「まったく、人に矛先を向けるなよ。・・・足もだけど。・・・双子の兄弟じゃあるまいし、俺のことを知ったって、お前を知ることにはならない」
「そんな風に反論するわけ?この、自己中の俺様がさ、人のことに目を向けたっていうのに?」
「はは、言ってら。分かってるならそれでいいじゃないか。俺はお前みたいに、脚光を浴びるような人生じゃないし、そういうのは望んでない」
黒井はちょっと笑うように息を吸い込んで、結局それはため息になって出てきて、「何か・・・そうじゃないよ」と膝を抱き寄せた。
そして、「今更怖くなってきた」と、少し涙声で、震えた。
「・・・苦手なことさせて、悪かったよ。ごめん。一人でやろうとは、思ったんだけど。お前がやるって、言うからさ。・・・いや、まあ、そんなの言い訳にならないけど」
「・・・お前が、いつも、言うのは、・・・一人ってことと、死体のこと。ねえ、どうして?」
「ど、どうしてって、そんな、ミステリオタクのぼっちだからじゃないの?・・・本当は、お前が一緒にいるような、相手じゃないと、思うよ」
怖がる黒井を少しかわいそうに思って、罪滅ぼしのつもりなのか、何だか微妙な本音が出た。どんなミステリが好きかって質問なら、いくらだって答えるんだけど・・・。
「俺とお前が釣り合わないってことは、分かってるよ。俺にはなんにもないし、お前は何かを持ってて、一人で何でも出来る」
「・・・別に」
「お前がどんなにやってくれても、俺はまだ空っぽのまま。俺だって焦ってるけど、どうしようもならない。<コペンハーゲン>もあれ以上どうしていいか分からない」
「それは・・・ごめん、俺も」
「だから、・・・別に、思いつきとか好奇心じゃなくて、俺は、まずお前のこと知らなきゃいけないと思うんだ。いや、いけない、っていうか、なんて言うの、無心っていうか無我っていうか、俺は自分のことはいったんおいて、お前のことを考えようと思う」
「・・・な、何で俺だ。いいよ、そんなの、無心になるのはいいことだと思うけど、もっと他に、いろいろ」
「いない。他に、お前みたいなやつ」
「・・・っ、別に、人じゃなくても、絵を描いたり、工作とか」
「それも楽しいよ。そう感じてる。でも、その先に、やっぱり、・・・気持ちとか、感情とか、表したいものとか、そういうものがないと」
「じゃあその、音楽とか、映画とかだって」
「生身の人間じゃなきゃわかんないよ。直接会って一緒に生きて、聞いてみないとわかんない」
「わ、分かった。もう、分かったよ。知りたいことがあるなら訊けば。答えられることなら、何でも答える」
「だから、どうしてそんな怖いのが好きなの?いったいいつから?」
「え、えっと、それは・・・高校くらい、から、ミステリにハマったから、だ」
「だから、何で?」
「え?」
「その、きっかけっていうか」
「いや、まあ・・・、高校に入って、友達も変わったから、かな」
「友達の影響?みんな読んでたから?」
「いや、そんなわけない。周りにそんなやついなかった」
「じゃあ友達が変わったって何」
「え、いや、中学の頃は・・・ゲームばっかしてて、ゲームの話をする友達は、いた。でもそれも、高校では・・・うーん、マニアすぎるやつにはついていけなくて、でも普通のやつは、・・・何だろう、何だかのライブに行くだの、彼女の話だの、やっぱりついていけなくて・・・、あ、ほら、だから、ミステリオタクのぼっちなんだって」
「答えになってないよ」
「え、あ・・・、まあ、確かに帰結がおかしいか。でもそんな、高校の頃なんて、確固とした意志で何をやりたいとか、そんな風じゃなかったんじゃないか?」
「でも、お前言ったじゃん。俺が物理をやってるのも、それでももう何年も続いてるなら、やっぱり意味があるって。お前なんてもう十年以上ってことでしょ?それはただの思春期の気まぐれ?」
黒井は「俺がさ、金髪ピアス男だったって知ってた?」と笑った。「あ、でも夏休みだけだよ」と。き、聞き捨てならないことをさらりと言ったな。
「ま、確かに、言いたいことは分かる。でも俺にだって、あんまり思い出せないんだ、悪いけど」
「じゃああの本の話をしてよ。印象的だったんでしょ?高校生のお前が、それを読んだんでしょ?」
「・・・うん、そうだ、な。あれは夏だった。夏休み、いや、もうちょっと前か」
「うん」
「読み終わって、夜中だったか、恐ろしくなって・・・、また幻覚を見たのかな。それから一気にそのシリーズを読破して」
「また幻覚、って」
「うん、今よりずっと頻繁だった。金縛りと幻覚、幻聴も。思春期ってのも、関係してるらしいよ。何かに書いてあったけど、確かに二十歳を越えてからはずっと減った。ホルモンだか何だかの関係らしい」
「俺そんなの、ないけど・・・」
「まあ人によるんだよ。体質だろ。そう、薬も効きすぎて、だから風邪薬も頭痛薬も、すぐぼうっとしてそんな風になって」
「そうなの?風邪も頭痛も、ないんだけど・・・」
「はは、お前は健康なんだ」
「お前は、風邪や頭痛ばっか?」
「・・・そういえば、よく薬は、飲んでた。そう、薬のケースを持ってて、それに何種類か入れてたな」
「・・・そんな?」
「バスの中で、文庫本を読みながら、いつもその時間に薬が効いてきて・・・寝過ごしそうになって」
制服の、学ランの感じをふいに思い出した。ズボンに、白い靴下に、ローファーの革靴。そんな時代が、僕にもあったんだ。
「本屋に通って、数日ですぐ新しい本を買って、そんな日々だったよ」
「ふうん。じゃ、夏休みもそんな?」
「そりゃそうだ」
答えて、でも今、何かを隠しているのを感じた。何だろう、嫌な思い出があるらしい。花火や遊園地に誘われたけど話に入れなくて一人で帰った?好きな子から電話が来たのにうまく喋れなくて、それっきりになった?いや、そんな地味な青春ですらないな。きっと、また親父にどうでもいいことで怒られたとか、ああ、たぶん部屋にクーラーを入れてくれって頼んで、喧嘩して結局却下されたってやつ?はは、もう俺だって金髪にしてやればよかった。
「何笑ってんの」
「あ、いや、別に。俺の思春期は金髪じゃなくて、クーラー戦争だ」
「クーラー戦争?」
「何でもないよ。ただ、部屋にクーラーがなくて、ゲームつけると熱で暑いからって言ったらゲームまで禁止になって、とんだ藪蛇だ」
「ふうん、リビングでやればいいのに」
「おい、親の前でゲームが出来るか」
「何でだよ、あ、えろいやつ?」
「ち、違う、ふつうのRPGだ。リビングのテレビが使わせてもらえるわけないし、そんな、やってるのを見られたくない」
「えー、俺だって部屋にクーラーなくてさ・・・」
・・・。
ゲームをやってた、ってことは、これは、中学の夏休みの記憶?いや、中三の夏はゲームなんて言い出せる時期じゃなかったし、その前、いや、その後、高一か。塾も行ってなくて、ゲームをしててもそこまでとやかく言われなくて・・・でも、じゃあ、ミステリ漬けの夏は、高二ってことか。
二年。
二號室。
2ー4。
・・・学校を辞めさせてくれって、言った。
「・・・でさ、・・・ん、ねこ?」
「・・・は?」
「ねこ、聞いてる?」
「猫って何」
「・・・いや、だから、やまねこ・・・」
「山猫?僕のこと言ってる?山猫って何だ。そんなあだ名ついたことない。大体、ヤマネはともかく、コはどこから来たんだ。ヤマネ、ヒロ、フミ・・・」
ひろ、ひろふみ、いいか、それは、さすがに甘えすぎだ。それくらいのことで学校を辞めるなんて、そんなことじゃこの先・・・。
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