122 / 382
嫉妬と素粒子と、本当のケンカ
第122話:今度は本気の喧嘩
しおりを挟む
<何だよ、俺も言おうとしてたのに全然つかまんないんだもん。まさか、俺のこと避けてるわけじゃ、ないよね。俺、お前に、何かしちゃったの?>
・・・。
十回か二十回読んで、ごめん、ごめんと、携帯を握ったまま心臓を押さえて、思考は声になって漏れた。
「クロ、ごめん、ごめん。避けてないよ、いや、避けてたけど、違うんだ。好きだ、好きだよ。好きだ、好きすぎて、しょうがないよ、お前のこと、好きなんだよ、好きなんだってば・・・!」
そのまま布団に倒れ込んで、もう、こらえきれず左手が伸びた。
「おねがい、ねえ、クロ、・・・っ、き、気持ちいいよ。そんなことしたら・・・だめ、だって・・・!」
黒井先生にマッサージされてる時みたいに、声が漏れたら、歯止めも利かなかった。布団にもぐり込んで暗闇で携帯を開き、文面がそのままあいつになった。幻のお前は僕を抱いて、<俺、お前に・・・>とささやく。
「うん、いいよ。何か、しちゃってよ」
<・・・まさか、俺のこと>
「そうだよ、好きだよ。こういうことしたくてしょうがないくらい、好きすぎて・・・」
<何だよ、俺も言おうとしてたのに>
「・・・そうなの?お前も、そうなの?俺のこと、そんな・・・」
あとは声にならなかった。ティッシュの箱に手が届かなくて、ズボンの中がひどいことになった。
呆然としながら風呂場へ向かい、電気をつけずにお湯を浴びた。少しねっとりしたものが流れていき、苦笑が漏れる。ごめんね、クロ、避けててごめん。こんなことしてごめん。何回オカズにしたかわかんなくてごめん。それでもよければ、つきあってよ・・・。いいわけないか。つきあうわけもないか。
早く返事を出したいけど、何て書いたらいいか分からなかった。ずるずる時間だけが経って、夕日が落ち、夜も更けた。そうして半ば確信犯的に、今日は遅いからもうやめとこうと性懲りもなく布団にもぐり込んで少ししたら、ちょうどのところで電話が鳴った。
・・・・・・・・・・・・・・
画面に表示された<黒井 彰彦>を見つめて、一秒、二秒、どうしよう、これ、出るべきなの?言い訳も何も用意してないし、どうにも出来そうにない。何だろう、本当にあいつがかけてきてるの?何かの拍子に勝手にボタンが押されちゃったんじゃない?・・・スマホでそんなこと起こらないか。
・・・留守録に切り替わった瞬間、通話ボタンを、押した。
「・・・はい」
「あ、もしもし?・・・俺、だけど」
「う、うん。えっと、・・・あの、どうも」
思ったよりも声が出なくて、喉が詰まった。布団を押しのけて顔を出し、ようやく息をつく。体を起こして受話器を耳に押し当て、呼吸はまだ荒いまま、少し沈黙。黒井の顔が思い出せなくて、あの写真だけが頼りだった。今、あの人が、僕に電話をかけて、この回線の向こうにいる。今の今まで妄想していた、その相手。
「・・・」
沈黙が続くので、うわずった声を咳払いでごまかして言った。
「う、うん。何、どしたの?」
「あ・・・、えっと、もしかして」
「な、なに?」
「今、・・・誰かと、一緒?・・・その」
「え?」
「いや、だから、・・・邪魔した?」
「な、なにが?」
「・・・だから、エッチの邪魔したかって訊いてんの」
「・・・っな、何、言って」
「誰かいるなら、切る。ごめん」
「だ、誰がいるっていうんだよ、そんな相手、誰が・・・」
「・・・違うの?」
「違うよ、なに勘違いしてんだ。誰も、いないって」
「あ、そう」
「・・・うん」
黒井はいつもみたいに笑わなかったし、声も硬かった。ほとんど、初めて感じるような、気まずい沈黙。心臓だけがどんどん緊張していく。何だ、何をやらかした?まさか、燃やさなかったノートが流出した?そんなわけない。でも、何だろう、ついに何か言われちゃうのかな。
とうとう耐えかねて、「・・・あの」とようやく声を出した。
「・・・うん?」
「えっと、その、メールの、こと?」
「・・・まあ」
「ごめん、返事、遅くなって。夜中だと、悪いかなって」
「別に悪くない。っていうか、来たって鳴らないし」
「・・・え?ああ、音なしにしてたの」
「違うよ。あ、お前知らなかった?これ、PCみたいに、自分で受信しなきゃなんないの」
「・・・スマホ?そうなの?鳴ったり、光ったりしないの?」
「そう。だから夜中に起こされたりしない」
「・・・そう、なんだ。わ、分かった」
「で、もう書いてあるの?送るだけ?」
「え、メール?・・・ま、まだ、だけど」
「じゃあもう今訊くよ。俺は何したの?お前に何したの?ねえ、教えて?」
「え、それは・・・」
僕は黒井の詰問口調に慌てた。何だ、そんなに気にしてたのか?っていうかたぶん、さっき声に出して何度も謝ったから、僕の方はもう済んだ気になってたんだ。そうだ、別に本人に謝ったわけじゃ、ないんだった。
「・・・ど、どうしたんだよ。なに怒って」
「怒ってない。知りたいだけ」
「べ、別に、そんな」
「はっきり言ってほしいんだよ。何も言われないで嫌われてくのはイヤだ。いつの間にか、何となくとか、そういうの、・・・いやだから」
声のトーンはどんどん下がって、最後の方はほとんど聞き取れなかった。その深刻さと反比例するように、僕はどんどん冷静になった。いったい、何を心配してるんだ。世界がひっくり返ったってあり得ないことを、どうしてそんな、大真面目に言っちゃってるんだ。さっきのお前は、写真の向こうのお前は、そんな杞憂を吹き飛ばしたじゃないか。今のお前は、どうしちゃったんだよ。
「あの、クロさ、何のこと言ってるのかわかんないけど、別に嫌ってるとか、そんなの、ないから」
「・・・」
・・・。
息づかいだけが回線を行き来する。僕の声に説得力はなかった。淡々とし過ぎて、全然本気で受けて止めてるように聞こえないし、どこか含んだようにも響いた。もし本当に思い当たる節がないんなら、もっと動揺して、声も明るいはずだ。
「・・・あのね、俺」
黒井が乾いた声を出した。どんな表情で、どんな体勢で、今、何を考えているんだろう。
「うん?」
「こういうことは、前にもあって、・・・何となく、思い出したんだよね。でももう、そういうの嫌だし、飽きたし、馬鹿馬鹿しくてやってらんない。いい加減そういうの、卒業したいよ。ねえ、俺が悪いの?」
「・・・別に、悪くなんか」
「ねえ、言ってる意味分かってる?俺に喋ってる?ちゃんと考えて喋ってよ」
「・・・何が言いたいんだよ。本当に、お前は悪いことなんかしてないし、何を気にしてるのかわかんないよ」
・・・。
再び、沈黙。
何を言っても、何だか横滑りというか、逆撫でするだけみたいになった。僕は僕で醜い嫉妬を隠そうとして防御体勢だし、黒井はそれを敏感に感じ取って違和感を正そうとしている。どちらが悪いといえばまあ僕の方なわけで、でもそれを説明するわけにはいかないから、うん、お前を好きなのが悪くて、嫉妬したのが悪くて、それでお前を避けたのが悪くて、そして、こうしてそれを全部隠してお前を困らせてるのがもっと悪い。
ほら、悪いのがどっちかは明白だ。お前が思い悩むことなんかない。
「・・・とにかくさ、俺が悪かったよ。気に障ったなら謝る」
「・・・」
「ちょっと、まあ、いろいろあって。何だろう、機嫌が悪かったんだ」
「ふうん?」
「だからまあ、確かにちょっと、無視したかもしれない。ごめん」
「別に、そんなのどうだっていいよ」
「え、・・・じゃあ何?避けられてる気がして、何なの、って思ったんでしょ?お前のせいじゃないって分かったんだから、もう」
「そうじゃないよ、そうじゃ、ないんだ。無視したとか、避けてたとか、その理由も関係ない。謝る必要もない」
「・・・じゃあ何なんだよ?」
思わずイラついた声が出た。もう、これ以上深く追求しないでくれ。真実が、スコップでガキンガキンと、力ずくで掘り起こされてしまう。話の持っていき方によっては、たどりついてしまうんだ。優秀な検事や尋問のプロなら、今の僕を落とすなんてたやすい。「なぜそうしたんですか?」「いつからですか?月曜日?火曜日?答えられないんですか?」・・・吐いたら終わりだし、残念ながら黙秘権も意味を成さない。不自然に黙ったって「何かあります」と言ってるようなもんだ。
「・・・だから」
電話の向こうでもいくらか思考を重ねたらしい声がして、僕は黙って続きを促した。
「だから、何ていうか・・・、あのさ、分かったような顔して、何も言わないまま、避けるのも、離れてくのも、そんで、俺が言ったらそうやって物分かりよく謝るのも、・・・腹が立つんだよ」
「・・・え?」
「何かこう、微妙な、避けられてるような雰囲気が久しぶりでさ。あのさ、そういう時、ちゃんと言ってよ。どこが嫌とだか、気に食わないとか、面と向かって言われたって傷ついたりしないよ。・・・まあ、誰もそんなこと言わないけどね。だからもう、諦めたつもりでいたんだけどさ。お前ならちゃんと言ってくれるだろうなんて、まあ、いつもの傲慢だよ。世界は俺を中心に回ってるわけじゃない。そういう上辺の対応されたって、満足しなくちゃいけないって・・・」
・・・。
え?
・・・上辺の対応、だって?
何だか話は続いてたみたいだけど、もう聞いていなかった。
僕がお前相手に、上辺だって?今の今まで誰の妄想してたと思ってんの?気まずさを越えて、笑っちゃうね。
・・・。
嫉妬して、USBを踏んづけるのをギリギリで我慢して、ただ負けたくなくて素粒子を勉強して、腹の底が煮えながらお前を避けてた僕が、これが、上辺だって?腹にどれだけのもの抱えた上での「ごめん」だと思ってんの?納得できないとかムカつくって言われても仕方ないけど、え、まさか僕がお前に対して上辺で接してるって、お前は今、そう言ったの?表面上、ただ面倒くさくて適当に謝って終わらせようとしてるって、そう感じてるの?今まで、あれだけのことをしてきて、本気で向き合って、泣いたりぶっ倒れたりおかしくなったりしながらお前のことだけ考えてきたっていうのに、それを、おまえは、うわべ、だって?
いつの間にか目が据わって、息を浅く吸い込んだ。
・・・。
上辺って何だよ!!
分かったような顔して、物分かりよく謝るのが、腹が立つって?分かったような顔はどっちだ。全然、ぜんっぜん分かってないのはどっちだよ。この、嫉妬と焦燥と、そしてお前を好きだって気持ちを爆発させそうな毎日を、馬鹿にしてるのか?こんなのが上辺なはずないだろ、俺は、本気だ。
唾を飲み込んで、ごくりと喉が鳴った。・・・おい、やめろよ、やめとけよ。ここでぶちまけるんじゃない、耐えるんだ。このまま物分かりがいいふりで、抑えるんだ。ゆっくり、大きく呼吸をした。・・・お前は、俺の態度を、上辺の付き合いだって理解してるのか?ああ、だめだ、ぶり返す。渦に飲まれる。歯を食いしばるけれども、止められるかな。
<また物理の話、聞かせてくださいよ>
はは、わざわざ今、脳内リピートする?僕のアタマも食えないやつだね。
<俺、好きなんで>
・・・。
ああ、そんな一言がオマケでついてたね。俺の気も知らないでそんなせりふを吐いといて、俺には<分かったような顔>だって?思い上がるのもいい加減にしろ。どこまでも自分しか見てないやつだな、俺のことももっと見てみろよ!俺だってボロばっかだから、すぐ分かるだろ?この、汚い嫉妬だって、それから、それよりもっと馬鹿でかい恋心だって!
・・・。
十回か二十回読んで、ごめん、ごめんと、携帯を握ったまま心臓を押さえて、思考は声になって漏れた。
「クロ、ごめん、ごめん。避けてないよ、いや、避けてたけど、違うんだ。好きだ、好きだよ。好きだ、好きすぎて、しょうがないよ、お前のこと、好きなんだよ、好きなんだってば・・・!」
そのまま布団に倒れ込んで、もう、こらえきれず左手が伸びた。
「おねがい、ねえ、クロ、・・・っ、き、気持ちいいよ。そんなことしたら・・・だめ、だって・・・!」
黒井先生にマッサージされてる時みたいに、声が漏れたら、歯止めも利かなかった。布団にもぐり込んで暗闇で携帯を開き、文面がそのままあいつになった。幻のお前は僕を抱いて、<俺、お前に・・・>とささやく。
「うん、いいよ。何か、しちゃってよ」
<・・・まさか、俺のこと>
「そうだよ、好きだよ。こういうことしたくてしょうがないくらい、好きすぎて・・・」
<何だよ、俺も言おうとしてたのに>
「・・・そうなの?お前も、そうなの?俺のこと、そんな・・・」
あとは声にならなかった。ティッシュの箱に手が届かなくて、ズボンの中がひどいことになった。
呆然としながら風呂場へ向かい、電気をつけずにお湯を浴びた。少しねっとりしたものが流れていき、苦笑が漏れる。ごめんね、クロ、避けててごめん。こんなことしてごめん。何回オカズにしたかわかんなくてごめん。それでもよければ、つきあってよ・・・。いいわけないか。つきあうわけもないか。
早く返事を出したいけど、何て書いたらいいか分からなかった。ずるずる時間だけが経って、夕日が落ち、夜も更けた。そうして半ば確信犯的に、今日は遅いからもうやめとこうと性懲りもなく布団にもぐり込んで少ししたら、ちょうどのところで電話が鳴った。
・・・・・・・・・・・・・・
画面に表示された<黒井 彰彦>を見つめて、一秒、二秒、どうしよう、これ、出るべきなの?言い訳も何も用意してないし、どうにも出来そうにない。何だろう、本当にあいつがかけてきてるの?何かの拍子に勝手にボタンが押されちゃったんじゃない?・・・スマホでそんなこと起こらないか。
・・・留守録に切り替わった瞬間、通話ボタンを、押した。
「・・・はい」
「あ、もしもし?・・・俺、だけど」
「う、うん。えっと、・・・あの、どうも」
思ったよりも声が出なくて、喉が詰まった。布団を押しのけて顔を出し、ようやく息をつく。体を起こして受話器を耳に押し当て、呼吸はまだ荒いまま、少し沈黙。黒井の顔が思い出せなくて、あの写真だけが頼りだった。今、あの人が、僕に電話をかけて、この回線の向こうにいる。今の今まで妄想していた、その相手。
「・・・」
沈黙が続くので、うわずった声を咳払いでごまかして言った。
「う、うん。何、どしたの?」
「あ・・・、えっと、もしかして」
「な、なに?」
「今、・・・誰かと、一緒?・・・その」
「え?」
「いや、だから、・・・邪魔した?」
「な、なにが?」
「・・・だから、エッチの邪魔したかって訊いてんの」
「・・・っな、何、言って」
「誰かいるなら、切る。ごめん」
「だ、誰がいるっていうんだよ、そんな相手、誰が・・・」
「・・・違うの?」
「違うよ、なに勘違いしてんだ。誰も、いないって」
「あ、そう」
「・・・うん」
黒井はいつもみたいに笑わなかったし、声も硬かった。ほとんど、初めて感じるような、気まずい沈黙。心臓だけがどんどん緊張していく。何だ、何をやらかした?まさか、燃やさなかったノートが流出した?そんなわけない。でも、何だろう、ついに何か言われちゃうのかな。
とうとう耐えかねて、「・・・あの」とようやく声を出した。
「・・・うん?」
「えっと、その、メールの、こと?」
「・・・まあ」
「ごめん、返事、遅くなって。夜中だと、悪いかなって」
「別に悪くない。っていうか、来たって鳴らないし」
「・・・え?ああ、音なしにしてたの」
「違うよ。あ、お前知らなかった?これ、PCみたいに、自分で受信しなきゃなんないの」
「・・・スマホ?そうなの?鳴ったり、光ったりしないの?」
「そう。だから夜中に起こされたりしない」
「・・・そう、なんだ。わ、分かった」
「で、もう書いてあるの?送るだけ?」
「え、メール?・・・ま、まだ、だけど」
「じゃあもう今訊くよ。俺は何したの?お前に何したの?ねえ、教えて?」
「え、それは・・・」
僕は黒井の詰問口調に慌てた。何だ、そんなに気にしてたのか?っていうかたぶん、さっき声に出して何度も謝ったから、僕の方はもう済んだ気になってたんだ。そうだ、別に本人に謝ったわけじゃ、ないんだった。
「・・・ど、どうしたんだよ。なに怒って」
「怒ってない。知りたいだけ」
「べ、別に、そんな」
「はっきり言ってほしいんだよ。何も言われないで嫌われてくのはイヤだ。いつの間にか、何となくとか、そういうの、・・・いやだから」
声のトーンはどんどん下がって、最後の方はほとんど聞き取れなかった。その深刻さと反比例するように、僕はどんどん冷静になった。いったい、何を心配してるんだ。世界がひっくり返ったってあり得ないことを、どうしてそんな、大真面目に言っちゃってるんだ。さっきのお前は、写真の向こうのお前は、そんな杞憂を吹き飛ばしたじゃないか。今のお前は、どうしちゃったんだよ。
「あの、クロさ、何のこと言ってるのかわかんないけど、別に嫌ってるとか、そんなの、ないから」
「・・・」
・・・。
息づかいだけが回線を行き来する。僕の声に説得力はなかった。淡々とし過ぎて、全然本気で受けて止めてるように聞こえないし、どこか含んだようにも響いた。もし本当に思い当たる節がないんなら、もっと動揺して、声も明るいはずだ。
「・・・あのね、俺」
黒井が乾いた声を出した。どんな表情で、どんな体勢で、今、何を考えているんだろう。
「うん?」
「こういうことは、前にもあって、・・・何となく、思い出したんだよね。でももう、そういうの嫌だし、飽きたし、馬鹿馬鹿しくてやってらんない。いい加減そういうの、卒業したいよ。ねえ、俺が悪いの?」
「・・・別に、悪くなんか」
「ねえ、言ってる意味分かってる?俺に喋ってる?ちゃんと考えて喋ってよ」
「・・・何が言いたいんだよ。本当に、お前は悪いことなんかしてないし、何を気にしてるのかわかんないよ」
・・・。
再び、沈黙。
何を言っても、何だか横滑りというか、逆撫でするだけみたいになった。僕は僕で醜い嫉妬を隠そうとして防御体勢だし、黒井はそれを敏感に感じ取って違和感を正そうとしている。どちらが悪いといえばまあ僕の方なわけで、でもそれを説明するわけにはいかないから、うん、お前を好きなのが悪くて、嫉妬したのが悪くて、それでお前を避けたのが悪くて、そして、こうしてそれを全部隠してお前を困らせてるのがもっと悪い。
ほら、悪いのがどっちかは明白だ。お前が思い悩むことなんかない。
「・・・とにかくさ、俺が悪かったよ。気に障ったなら謝る」
「・・・」
「ちょっと、まあ、いろいろあって。何だろう、機嫌が悪かったんだ」
「ふうん?」
「だからまあ、確かにちょっと、無視したかもしれない。ごめん」
「別に、そんなのどうだっていいよ」
「え、・・・じゃあ何?避けられてる気がして、何なの、って思ったんでしょ?お前のせいじゃないって分かったんだから、もう」
「そうじゃないよ、そうじゃ、ないんだ。無視したとか、避けてたとか、その理由も関係ない。謝る必要もない」
「・・・じゃあ何なんだよ?」
思わずイラついた声が出た。もう、これ以上深く追求しないでくれ。真実が、スコップでガキンガキンと、力ずくで掘り起こされてしまう。話の持っていき方によっては、たどりついてしまうんだ。優秀な検事や尋問のプロなら、今の僕を落とすなんてたやすい。「なぜそうしたんですか?」「いつからですか?月曜日?火曜日?答えられないんですか?」・・・吐いたら終わりだし、残念ながら黙秘権も意味を成さない。不自然に黙ったって「何かあります」と言ってるようなもんだ。
「・・・だから」
電話の向こうでもいくらか思考を重ねたらしい声がして、僕は黙って続きを促した。
「だから、何ていうか・・・、あのさ、分かったような顔して、何も言わないまま、避けるのも、離れてくのも、そんで、俺が言ったらそうやって物分かりよく謝るのも、・・・腹が立つんだよ」
「・・・え?」
「何かこう、微妙な、避けられてるような雰囲気が久しぶりでさ。あのさ、そういう時、ちゃんと言ってよ。どこが嫌とだか、気に食わないとか、面と向かって言われたって傷ついたりしないよ。・・・まあ、誰もそんなこと言わないけどね。だからもう、諦めたつもりでいたんだけどさ。お前ならちゃんと言ってくれるだろうなんて、まあ、いつもの傲慢だよ。世界は俺を中心に回ってるわけじゃない。そういう上辺の対応されたって、満足しなくちゃいけないって・・・」
・・・。
え?
・・・上辺の対応、だって?
何だか話は続いてたみたいだけど、もう聞いていなかった。
僕がお前相手に、上辺だって?今の今まで誰の妄想してたと思ってんの?気まずさを越えて、笑っちゃうね。
・・・。
嫉妬して、USBを踏んづけるのをギリギリで我慢して、ただ負けたくなくて素粒子を勉強して、腹の底が煮えながらお前を避けてた僕が、これが、上辺だって?腹にどれだけのもの抱えた上での「ごめん」だと思ってんの?納得できないとかムカつくって言われても仕方ないけど、え、まさか僕がお前に対して上辺で接してるって、お前は今、そう言ったの?表面上、ただ面倒くさくて適当に謝って終わらせようとしてるって、そう感じてるの?今まで、あれだけのことをしてきて、本気で向き合って、泣いたりぶっ倒れたりおかしくなったりしながらお前のことだけ考えてきたっていうのに、それを、おまえは、うわべ、だって?
いつの間にか目が据わって、息を浅く吸い込んだ。
・・・。
上辺って何だよ!!
分かったような顔して、物分かりよく謝るのが、腹が立つって?分かったような顔はどっちだ。全然、ぜんっぜん分かってないのはどっちだよ。この、嫉妬と焦燥と、そしてお前を好きだって気持ちを爆発させそうな毎日を、馬鹿にしてるのか?こんなのが上辺なはずないだろ、俺は、本気だ。
唾を飲み込んで、ごくりと喉が鳴った。・・・おい、やめろよ、やめとけよ。ここでぶちまけるんじゃない、耐えるんだ。このまま物分かりがいいふりで、抑えるんだ。ゆっくり、大きく呼吸をした。・・・お前は、俺の態度を、上辺の付き合いだって理解してるのか?ああ、だめだ、ぶり返す。渦に飲まれる。歯を食いしばるけれども、止められるかな。
<また物理の話、聞かせてくださいよ>
はは、わざわざ今、脳内リピートする?僕のアタマも食えないやつだね。
<俺、好きなんで>
・・・。
ああ、そんな一言がオマケでついてたね。俺の気も知らないでそんなせりふを吐いといて、俺には<分かったような顔>だって?思い上がるのもいい加減にしろ。どこまでも自分しか見てないやつだな、俺のことももっと見てみろよ!俺だってボロばっかだから、すぐ分かるだろ?この、汚い嫉妬だって、それから、それよりもっと馬鹿でかい恋心だって!
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。


懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話
六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。
兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。
リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。
三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、
「なんだ。帰ってきたんだ」
と、嫌悪な様子で接するのだった。


【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる