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生物2
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思考に夢が混じり、夢に思考が混ざりながら、その概念は切り取られた葉の形になって地面をちろちろと移動し、つかむことさえできそうだった。ぼんやりと覚醒しながらその概念の輪郭はぼやけていったが、感触だけはその思想を内包したまま、しっかり心に刻まれていた。
――草食動物。
草だけを食べて生きる生き物。いついつまでも緑の葉を食んでいる、瞳の虚ろな生き物。
犬どもにしたって、キャベツでも白菜でもよく食う。中には肉を食わない主義というのもいるらしい。俺だって食える草はあるが、草だけ食っていたら死ぬと思う。
俺は手のひらを握り、そのちくりとした葉の感触を確かめた。やつらが切り取った一片はほんの数センチほどだったが、大きさで比較するなら、俺が牛をかつぐようなものだろう。もちろん葉にそこまでの重みはないが、重労働であることに変わりはない。葉だけを食ってそれほどまでの仕事ができるなら世話はなくて笑ってしまう。何かの栄養は豊富なのだろうが、大したカロリーがあるはずもない動かぬ葉っぱを山ほど食って、俺などがあてもなく散歩をしたり寝たりしている間に、あいつらはどれだけの仕事をしているのだろう。あの時、蟻たちは俺のことを見ている風もなかったが、俺は腹から思ったものだった。俺は今、心底、存在そのものを、馬鹿にされているのだと。
晩飯にありつけないとき、慰みに残飯の野菜炒めを食っていたら腹を壊した。賞味期限のせいじゃない。俺の腹は野菜を消化できない。こんな話ってあるんだろうか。鼠とて虫や蚯蚓を懸命に狩るのに、何もせずともそこら辺に生えまくっている雑草で生きてゆける生き物とは、神の設計ミスかと言いたくもなる。ライオンが、チーターが、ヒョウが、シマウマやガゼルや水牛を食うのはきっと憎いからだ。あの虚ろな目の群れが始終顎を動かしながらこちらを見るともなく見ていると思えば、指先に力が入って爪も出る。命がけで食う草がどこにある? 水牛の角が刺されば致命傷だし、象などは食うわけでもないのにライオンの子を殺す。俺だって保険に入れない。学に聞けば、それは掛け金の支払いの問題だけではなく、生活の危険度が犬の職業格闘家と同じレベルに設定されているからだそうだ。
しかしさて、ではこの因果を作っているのは誰なんだ。やつらが草を食いすぎて地球が砂漠になっちまわないように俺たちは日々走り回るのか? 動けない草に代わってやつらを間引くのか? 野菜はヘルシー? 栄養バランス? 知るか、猫の完全栄養食は鼠だ、一昨日来やがれ。
さあ、どうなんだと問う先すらも知らないが、世界が不平等であることは確かだった。その確かさにはため息が出る。――俺ハ、ドウシテ、動物ヲ食ワナケレバ、生キテイケナイノ?
ほとんど泣き言を言いながら身を起こし、日が昇らないうちに学の分まで狩らなくてはならなかった。冬は干し肉作りに精を出せばいいのだが、どうせ春になる前に尽きるし、働かなければ体がなまる。犬のところで雇われれば缶詰がもらえるらしいが、しかしどうしても、何の意味もない作業をして糊口をしのぐ気にはなれなかった。否、そもそも、一日十数時間も起きてはいられない時点で無理なのだ。
――つくづく、逃げ場はない。
狩るしかない。獲るしかない。殺るしかない。これからもずっと。卒業も引退もなく。そして、順風満帆に生きても力尽きても必ず訪れるのが死で、それを先延ばしするために日々殺生に励むのだが、糧になった屍の上で最終的にはやはり死ぬ俺に何の意味があるのだろう。生命や進化がどこかへ進んでおり、種が代を重ねるごとに少しずつそれに近づいているというなら俺はさっさとそこら辺の女どもを孕ませて死ぬべきだが、そんな行く末もないのなら、やはり空を眺め星を眺め、いつかそれが落っこちてこないかと夢想する以外にない――。
集中できず、何度も空振りしながら成功率十パーセント以下の仕事をし、獲物の胃を開けてみれば、草と水草と虫ばかりだった。顔をしかめて放り投げ、食べ易いところを学に残し、ふと思った。草の栄養だけでこいつらが生きているとすれば、ではそもそも、草は何から栄養を得ているのだ、と。
「水と、光だろう。あとは地中の何か。それから光合成」
今日はおとなしく口周りを赤く染めて、時折軟骨を器用にナイフで削ぎながら学は言った。
「光合成って、何か、魔法だな。そんなこと」
「虫を食う食虫植物というのもあるが、基本的には太陽の光だろうな。魔法といえば魔法、か・・・うん」
「何だよ」
「いろいろなことを知らなさすぎると言ったろう。俺は光合成の仕組みも、よくは知らない。習った気もするが忘れてしまった。葉を虫や小動物が食い、それを俺たちが食い、その過程で起こるのはエネルギーの移動なんだろうか? だとすれば、喩えるなら、植物が作った充電済みの太陽電池を、食っているやつらを俺たちが食って、それでこの体を動かしているってことになる。いや、それは生物濃縮で水銀が溜まる仕組みだったか。しかし、植物というのが鉱物でなく、細胞を持って動いている以上、やはり生きているだけでコストはかかるはずだ。俺たちよりそれが低く、ローエネルギー・ローコストであったとしても」
「・・・ふうん」
俺は辺り一面、冬でも生い茂っている雑草を見ながら、それじゃあ悪いのはこいつらか、と独りごちた。そう言ったのはただ話の流れの戯言だったが、しかし、もう一歩立ち止まって踏ん張り、俺は思考を続けた。植物が魔法でエネルギーを得、そこから殺る・殺られるの波が始まっているのなら、やはり諸悪の根源は草なのではないか? 否、しかし、そもそも草とはいったい何だ。土があって草木があってというのは俺たちの永遠の原風景だが、そもそも地球上に蔓延しているこの緑の物質は何なんだ。俺は草に触れていた手を引っ込め、自分がこの肉体で存在している感覚にすら違和感を感じた。そして学を見て、鴨の残骸を見て、もはやめまいがした。地球というのはどうなってるんだ。俺が望む異界など、いま目の前に、否、すでにこの思考と存在とが異界ではないのか。
「覚、どうした?」
「ふう、何でもねえよ。・・・生きているって何なんだって、生まれて初めて驚いただけ」
「・・・本当に知りたいのなら一緒に知ろう。きみの解釈も聞きたい。・・・まずは生態系の底辺を支える光合成からというのは素晴らしい着眼点かもしれないな」
「素晴らしい着眼点? ああ、何でも好きにするがいいよ。いま俺は、世界のすべてが絵巻物みたいで、あんたの現実感が一番嘘っぽい」
「大丈夫か? 何かの寄生虫じゃないだろうな」
俺はふふふ、と噴き出すことしかできなかった。頭に寄生虫が涌いたのなら、しかしそれも含めて今の俺だ。――否、俺の体の内側だけが俺だという考えでは、光合成や、生物という定義のめまいを越えられないだろうか? 今までもっとも大切にしてきた、というか、それにしか意味はないと思ってきたこの身体感覚を手放さなければ、そこへは到達できないのだとして、なら俺はそれをするか? どんな扉を開け、鍵を壊してもたどりつけなかった俺の<枠外>がもし本当にそこにあるとして、しかし俺の中身を開いて手放してしまっては本末転倒になるでは? さあ、さて、どうする。
目の前をふわ、とかすめた羽虫を反射的に叩き潰して、答えは出た。そういうことだ。いつだって、目の前に来たら殺る。それが次の飛び石なら、俺は翔ぶ。
「それで? どうやって光合成を調べる」
「俺も考えていたが、ネットワークで見るしかないだろうな。草は教えてくれない」
「あの繁華街は御免だな、あくまで、俺たちの<枠外>でやりたいよ」
「なら俺ので見よう。まだ繋がるかは、一か八かだ」
「ああ、一か八かは俺好みだ。なあ、難しい文なら、俺にも噛み砕いてくれよ」
そして、実際に調べてみればそれは俺にも読めるカタカナばかりだったが、意味不明の単語の羅列ぶりはあの石鹸の説明を軽く数倍は上回るものだった。結局、眉間をひくつかせながらかじりつく学に理解を丸投げし、俺は重くなるまぶたに身を任せた。
――草食動物。
草だけを食べて生きる生き物。いついつまでも緑の葉を食んでいる、瞳の虚ろな生き物。
犬どもにしたって、キャベツでも白菜でもよく食う。中には肉を食わない主義というのもいるらしい。俺だって食える草はあるが、草だけ食っていたら死ぬと思う。
俺は手のひらを握り、そのちくりとした葉の感触を確かめた。やつらが切り取った一片はほんの数センチほどだったが、大きさで比較するなら、俺が牛をかつぐようなものだろう。もちろん葉にそこまでの重みはないが、重労働であることに変わりはない。葉だけを食ってそれほどまでの仕事ができるなら世話はなくて笑ってしまう。何かの栄養は豊富なのだろうが、大したカロリーがあるはずもない動かぬ葉っぱを山ほど食って、俺などがあてもなく散歩をしたり寝たりしている間に、あいつらはどれだけの仕事をしているのだろう。あの時、蟻たちは俺のことを見ている風もなかったが、俺は腹から思ったものだった。俺は今、心底、存在そのものを、馬鹿にされているのだと。
晩飯にありつけないとき、慰みに残飯の野菜炒めを食っていたら腹を壊した。賞味期限のせいじゃない。俺の腹は野菜を消化できない。こんな話ってあるんだろうか。鼠とて虫や蚯蚓を懸命に狩るのに、何もせずともそこら辺に生えまくっている雑草で生きてゆける生き物とは、神の設計ミスかと言いたくもなる。ライオンが、チーターが、ヒョウが、シマウマやガゼルや水牛を食うのはきっと憎いからだ。あの虚ろな目の群れが始終顎を動かしながらこちらを見るともなく見ていると思えば、指先に力が入って爪も出る。命がけで食う草がどこにある? 水牛の角が刺されば致命傷だし、象などは食うわけでもないのにライオンの子を殺す。俺だって保険に入れない。学に聞けば、それは掛け金の支払いの問題だけではなく、生活の危険度が犬の職業格闘家と同じレベルに設定されているからだそうだ。
しかしさて、ではこの因果を作っているのは誰なんだ。やつらが草を食いすぎて地球が砂漠になっちまわないように俺たちは日々走り回るのか? 動けない草に代わってやつらを間引くのか? 野菜はヘルシー? 栄養バランス? 知るか、猫の完全栄養食は鼠だ、一昨日来やがれ。
さあ、どうなんだと問う先すらも知らないが、世界が不平等であることは確かだった。その確かさにはため息が出る。――俺ハ、ドウシテ、動物ヲ食ワナケレバ、生キテイケナイノ?
ほとんど泣き言を言いながら身を起こし、日が昇らないうちに学の分まで狩らなくてはならなかった。冬は干し肉作りに精を出せばいいのだが、どうせ春になる前に尽きるし、働かなければ体がなまる。犬のところで雇われれば缶詰がもらえるらしいが、しかしどうしても、何の意味もない作業をして糊口をしのぐ気にはなれなかった。否、そもそも、一日十数時間も起きてはいられない時点で無理なのだ。
――つくづく、逃げ場はない。
狩るしかない。獲るしかない。殺るしかない。これからもずっと。卒業も引退もなく。そして、順風満帆に生きても力尽きても必ず訪れるのが死で、それを先延ばしするために日々殺生に励むのだが、糧になった屍の上で最終的にはやはり死ぬ俺に何の意味があるのだろう。生命や進化がどこかへ進んでおり、種が代を重ねるごとに少しずつそれに近づいているというなら俺はさっさとそこら辺の女どもを孕ませて死ぬべきだが、そんな行く末もないのなら、やはり空を眺め星を眺め、いつかそれが落っこちてこないかと夢想する以外にない――。
集中できず、何度も空振りしながら成功率十パーセント以下の仕事をし、獲物の胃を開けてみれば、草と水草と虫ばかりだった。顔をしかめて放り投げ、食べ易いところを学に残し、ふと思った。草の栄養だけでこいつらが生きているとすれば、ではそもそも、草は何から栄養を得ているのだ、と。
「水と、光だろう。あとは地中の何か。それから光合成」
今日はおとなしく口周りを赤く染めて、時折軟骨を器用にナイフで削ぎながら学は言った。
「光合成って、何か、魔法だな。そんなこと」
「虫を食う食虫植物というのもあるが、基本的には太陽の光だろうな。魔法といえば魔法、か・・・うん」
「何だよ」
「いろいろなことを知らなさすぎると言ったろう。俺は光合成の仕組みも、よくは知らない。習った気もするが忘れてしまった。葉を虫や小動物が食い、それを俺たちが食い、その過程で起こるのはエネルギーの移動なんだろうか? だとすれば、喩えるなら、植物が作った充電済みの太陽電池を、食っているやつらを俺たちが食って、それでこの体を動かしているってことになる。いや、それは生物濃縮で水銀が溜まる仕組みだったか。しかし、植物というのが鉱物でなく、細胞を持って動いている以上、やはり生きているだけでコストはかかるはずだ。俺たちよりそれが低く、ローエネルギー・ローコストであったとしても」
「・・・ふうん」
俺は辺り一面、冬でも生い茂っている雑草を見ながら、それじゃあ悪いのはこいつらか、と独りごちた。そう言ったのはただ話の流れの戯言だったが、しかし、もう一歩立ち止まって踏ん張り、俺は思考を続けた。植物が魔法でエネルギーを得、そこから殺る・殺られるの波が始まっているのなら、やはり諸悪の根源は草なのではないか? 否、しかし、そもそも草とはいったい何だ。土があって草木があってというのは俺たちの永遠の原風景だが、そもそも地球上に蔓延しているこの緑の物質は何なんだ。俺は草に触れていた手を引っ込め、自分がこの肉体で存在している感覚にすら違和感を感じた。そして学を見て、鴨の残骸を見て、もはやめまいがした。地球というのはどうなってるんだ。俺が望む異界など、いま目の前に、否、すでにこの思考と存在とが異界ではないのか。
「覚、どうした?」
「ふう、何でもねえよ。・・・生きているって何なんだって、生まれて初めて驚いただけ」
「・・・本当に知りたいのなら一緒に知ろう。きみの解釈も聞きたい。・・・まずは生態系の底辺を支える光合成からというのは素晴らしい着眼点かもしれないな」
「素晴らしい着眼点? ああ、何でも好きにするがいいよ。いま俺は、世界のすべてが絵巻物みたいで、あんたの現実感が一番嘘っぽい」
「大丈夫か? 何かの寄生虫じゃないだろうな」
俺はふふふ、と噴き出すことしかできなかった。頭に寄生虫が涌いたのなら、しかしそれも含めて今の俺だ。――否、俺の体の内側だけが俺だという考えでは、光合成や、生物という定義のめまいを越えられないだろうか? 今までもっとも大切にしてきた、というか、それにしか意味はないと思ってきたこの身体感覚を手放さなければ、そこへは到達できないのだとして、なら俺はそれをするか? どんな扉を開け、鍵を壊してもたどりつけなかった俺の<枠外>がもし本当にそこにあるとして、しかし俺の中身を開いて手放してしまっては本末転倒になるでは? さあ、さて、どうする。
目の前をふわ、とかすめた羽虫を反射的に叩き潰して、答えは出た。そういうことだ。いつだって、目の前に来たら殺る。それが次の飛び石なら、俺は翔ぶ。
「それで? どうやって光合成を調べる」
「俺も考えていたが、ネットワークで見るしかないだろうな。草は教えてくれない」
「あの繁華街は御免だな、あくまで、俺たちの<枠外>でやりたいよ」
「なら俺ので見よう。まだ繋がるかは、一か八かだ」
「ああ、一か八かは俺好みだ。なあ、難しい文なら、俺にも噛み砕いてくれよ」
そして、実際に調べてみればそれは俺にも読めるカタカナばかりだったが、意味不明の単語の羅列ぶりはあの石鹸の説明を軽く数倍は上回るものだった。結局、眉間をひくつかせながらかじりつく学に理解を丸投げし、俺は重くなるまぶたに身を任せた。
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