冷血

あとみく

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侵入3

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 夕方になっても大していい案は浮かばず、これといってぴんとくるような出来事もなかった。それらしい施設をひとつ見つけるには見つけたが、稼働している様子はなく、そもそも何の望みかは知れないが、望み薄ではあった。
 望み薄というなら、学が待ち合わせに訪れるかどうかだって、望み薄だ。
 学は組織の仕事を外れ、逃亡者然として俺と歩いたが、まだお尋ね者になったと決まったわけでもない。俺なんかに言わせれば、たとえその集団の掟を破ったところでその不愉快な報いを受けるだけで、あとはふてぶてしくまた生きればいいだけのこと。自分が今生きている、あるいは死んでゆくという以上に差し迫った事象などこの世に起こりようはずもない。ましてや、同じ組織に属していた誰かが自分のことでどう反応するかは相手の勝手であり、差し向かったなら、勝つか負けるか。いずれにしろ、今目の前で起こっていること以外は俺には懸念できないし、できないことは諦める。
 さて、しかしそれなら今俺は日が暮れても学が現れないことを懸念すべきか否か。日暮れまでとは言ったが、正確に「太陽が沈むまで」と言ったわけでなし、月が昇るまでは夕方か? いや、月なんかあったりなかったりだし、曇っているから夕焼けのオレンジが消えるまで、でもないし、きちんと時刻で待ち合わせるべきだったのか。そろそろ冬至だが、日の入りはいったい何時何分となっているのだろう――。
 するとふと、考えていなかった方向の階段から影が現れ、その黒いニット帽のうつむいた男が学だった。

「何を狙うんだ」
 結局その施設の裏手に回り、侵入路を探しながら、学はもっともなことを言った。
「さあ。入ってみないと」
 俺はそれをあっさり流し、暗がりを先へと進んだ。辺りは静かで、そんなものはどこの夜にも転がっているのに、こうして「何かを狙っている」今夜は少し楽しかった。学が「やはり戻る」と言わず、むしろきりきりと焦っているようなのがよかったのかもしれない。
「・・・覚」
 呼ばれて、振り返った。しかし何を言い出すかと思えば、遅刻の謝罪だった。
「実は折りたたみの傘を失くして、探しに戻ろうか、諦めようか、決めきれずに遅くなった。済まない」
「・・・で?」
「・・・で、とは」
「傘は」
「諦めた」
「そんなの拾って使えばいい。そもそも降ってもいない」
「でも、どうしても、おさまりがつかなくて・・・上げた拳を下ろす先がないような、どうしようもない居心地の悪さなんだ。今もまだ落ち着かない」
 ――傘を、失くした?
 あんた、馬鹿じゃないのか?
 喉元まで言葉が出掛かったが、鼻息とともに流した。また所有権というやつ? 他人の所有権をまさにこれから荒そうというときに、折りたたみ傘?
「傘なんてどこにでも落ちてるし、店でも売ってる。<傘は、ある>。世の中に傘が何本あれば満足だ?」
 俺が先ほどの言葉を遠回しに言うと、学は「・・・はあ」と感嘆を垂れて黙った。俺の方は苦笑いが漏れた。

 パイプやら囲われた箱やらダクトやらを抜けると奥まった扉があり、何かの操作室の小部屋かと思われた。念のためノブをひねると簡単にそれは開き、一拍遅れて埃っぽい、こもった臭いが溢れた。
「あれ、案外広いな」
「本当にセキュリティは切れてるのか?」
「セキュリティも何も開いてるし、もう誰も使ってないんだろ? 下見っつうか、まあ見学ってことでさ」
 学はまだ周りの様子をうかがいたかったようだが、俺はもう踏み込んでいた。何のにおいか分からない、何があるか見えない、それだけで口の端が上がった。
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