とあるボカロPのコラボレーション

あとみく

文字の大きさ
上 下
8 / 10

第8話:馬鹿

しおりを挟む
 シャワーを浴び終わると沢君は、ベッドの端で丸まっていた。
「ねえ、沢君」
 声をかけるけど、返事はない。とりあえずベッドに上がると、少し寄ってきた。
「・・・い、イケさん」
「・・・泣いてるの」
「ううっ・・・」
 沢君は泣いていた。
「ごめん、イケさん、俺、ごめん・・・」
「どうしたの」
「もう、なんかどうにも、できなくて」
「何が。・・・なんか、あったの」
「なんか・・・って、いうか・・・」
「ツイッター、見たよ。あのCDのこと?もしかして何か揉めてんの?」
「ううん・・・ってゆか、俺、どうしていいか、わかんなくて・・・」
「うん、何が?」
「わかんない。何かいろいろ、・・・いろいろ、あって、でも、自分がどうしていいか、っていうか、どうしたいのかが、わかんなくなって」
「うん。・・・そのいろいろって、あのCDの話・・・だけじゃなく?」
「・・・うん」
「俺との、アルバムの話、も?」
「うん」
「他にも、ある?」
「・・・うん」
「どんな?」
「・・・」
 しばらく嗚咽を繰り返した後、沢君はいくつか知った名前を挙げ、つまり、俺のほかにもいろいろなコラボ的誘いやアレンジの依頼もあり、つまり、どんどん仕事が舞い込んでいるということだった。
「一気にいろいろきて、混乱した?大丈夫だよ、いっこずつやってけば。っていうか、俺とのアルバムはおいといて、誰かこういうの、経験した人に相談するのがいいと思う。変に仕事受けすぎても追っつかなくなるし、たぶんこれからもっと、セルフプロデュース的な何かが・・・」
「・・・い、イケさん、違う」
「・・・え?」
「違う、俺、だって、望んでた、と、思ってた・・・。でも今はぜんぶこわい。本当に今日も今も、ぜんぶぜんぶ、断ろうと思ってる・・・俺、246Pとアルバム出したかっただけなのに、それ以外今はいらないのに、何で急にこんなことに」
「・・・それ、別に、今じゃなくたって、いつかはめぐってきたチャンスだよ。つかんだほうがいい。・・・音楽で食っていける、俺たちの夢じゃん」
「・・・おれ、だって、そう、思う・・・。でも心が全然やりたくない。でも、でも、い・・・」
「・・・うん?」
「い、家を、出るなら、のがせない。俺はもうあんな家を出たい。でも、それなのに、・・・急に全部の意味がわかんなくなって、それなのに仕事はどんどん来て、でも俺はどんどん余計にわかんなく・・・」
「焦ってるだけだって。たぶんみんな、誰でも通る道なんだよ。抜けるしかないんだ、きっと」
「そんなこと・・・言わんで。おねがい」
「俺はサワーPはいい曲作ると思ってる。それが広まって、みんながそれを聴くのは、必然だし、いいことだ。それを俺が、辞めろだの、断れだの、言えるわけがない」
「・・・うう、違う、今のおれには、むり・・・」
「俺は沢君の曲が好きだよ。本当に。心の底から好きだ」
 キスを、された。
 少し涙の味がした。
 もう一度求められて、抱き合った。やや乱暴に口にそれを突っ込まれて、沢君の熱くたぎる葛藤を飲み込んだ。沢君は、せながらそれを嚥下する俺に興奮して、またすぐに勃った。次は互いを握って音を奏で、同時にイった。もう風呂に行く余裕も何もなく、倒れるように寝た。


* * *


 それから連絡が途絶えて、数ヶ月。
 俺は、達観した渾身の五曲目の詞を送って、あとはどうすることもできない。冬のイベントは一人で申し込んで、そのためのアルバム制作に入った。
 見たくないような、気になるような、で、結局、数日に一度、サワーPのツイッターをチェックしてしまう。
 心の底ではまったくそんなことはないのに、心の表層では、彼がうまくいっていることに安堵して、「おめでとう」「やったじゃん」とつぶやきさえしていた。
 そしてそれらを見る度、ざわついた心を抑えたくて、コラボ曲のあの、二人がリンクした曲を聴き直す。
 二度目のサビが最高に震えるけど、そこで、あの最初の<フィックスした>キスが蘇ってしまい、別の何かが震えそうになって、こらえる。
 そして二曲目、三曲目も攻めていて、本当に意欲作だ。正直言って、イケボ天国にラインナップされた曲よりも、こっちの方が・・・。
 いや、曲に優劣はつけまい。


* * *


 冬が来た。
 毎年恒例、似たり寄ったりの顔ぶれが並ぶイベント会場。(註:ここでいうイベントは、いわゆる同人誌即売会の音楽版。サークル参加して、自分で作ったCDを並べ、個々のブースで売る)
 サワーPは出ていない。しかしたとえ本人名義のブースがなくても、なじみのPたちはそこら辺にいてそこら辺で委託販売しているのが常だから、案外そこら辺に・・・。
 ・・・。
 ・・・いた。
 遠くに、大勢の集団の中に、その姿を見た。
 ・・・夢。
 ここにいる誰もがそれを目指している。スマッシュヒット、再生数1万回、100万回、コラボ、メジャーデビュー、タイアップ、深夜アニメのエンディングテーマ、ゲーム主題歌。
 サワーPはその階段をのぼって実家を出て、音楽で生きていこうとしている。
 そのことに俺は何を思うべきだろう?
 俺はサワーPの音楽のことは分かるつもりだけど、彼の人生については驚くほど、馬鹿だったのかもしれない。
 音楽については100語れるけど、デビューすべきかどうかについては、1か2くらいしか答えを持ち合わせていない。
 イヤホンを耳に突っ込んで、二人のコンセプトミニアルバムを聴く。
 午後に入って人も少なくなり、この界隈では、ブースにいるほぼ半数が別の何かを聴いている。
 何度聴いても、いい曲だった。仕上げたらどんなに素晴らしいだろう。ここはこうしたい、ここにこの音を入れたい、ここは絞ってここで膨らませたい・・・。
 沢君はもう、この曲を作っていた頃とは、別の人になってしまっただろうか・・・?


* * *


 春になった。
 サワーPの曲は、別のCDでもいくつか取り上げられて、ランキングでも常に名前が出るようになった。
 他の有名ボカロPの曲のアレンジもあった。相変わらずいいリズムだけど、やや、大人しくて、色が原色のドロップ飴のよう。繊細さと大胆さに欠ける気がする・・・なんていうのは、ただのひがみ根性だろうか。
 しかし、これまでの曲の別アレンジや焼き直しはあっても、新譜はなかった。
 それを聴けば、サワーPが今幸せなのかどうか、分かるのに。

 何度も、もうサワーPのことをチェックするのはやめようと思った。
 それでも、やはり、俺はもしかして間違ったアドバイスをしたんじゃないか、ろくに彼の話を聞かず、無責任に背中を押したんじゃないかと、後悔は日に日に大きくなっていった。


* * *


 初夏になり、ひとつ年を取って、三十五歳になった。
 字面じづらを見ればそれはオッサンだ。アルバイトのかたわら、音楽活動をしているという、それ以上でもそれ以下でもないオッサン。
 沢君も三十一歳になったかもしれないが、メジャーデビューを目前にしていれば、音楽活動という響きも変わってくる。
 羨ましい、というよりは、よく分からない。

 ツイッターでオッサン報告をしたら、DMが来た。
 サワーPが、渋谷で飲みませんかと言う。
 あれ、サワーPって誰だっけ。そういうシチュエーション、前にもあったような・・・。
 ・・・。
 鼻で笑って、腹の奥は苦しくなって、「また前の店で?」と返したらすぐに「あそこ潰れたんで、別のところで」と。
 情けなくも、手が震えた。
 たぶん俺は、沢君の人生についてろくに考えが足らない馬鹿だったが、それは自分の気持ちについても、そうだったらしい・・・。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

処理中です...