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第12話 振興

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「今日は使う事はないと思うけど、皆さん念の為にこの鞭を持って下さい」

 私は生徒達が馬に乗った後に乗馬用の長鞭を手渡した。

「リナ嬢、こんなもの何に使うんだ?」

 乗馬のレッスンを受けにきたというのに明らかに武器のカテゴリーである鞭を手渡されたルトリア殿下は怪訝な顔で問う。

「合図を送っても馬が言う事を聞かない時にこれで馬体を引っ叩いて下さい」

 引っ叩くという物騒な言葉に生徒達がざわつきだす。

「そんな事をしていいのか? 私は馬を虐待するつもりはないぞ」

 ルトリア殿下の疑問はもっともだが、私は笑って答える

「鞭は馬に痛みを与えて言う事を聞かせる為のものではありません。合図を送る前に鞭で叩く事で馬の注意を引かせる効果があります」

「ふむ……」

 ルトリア殿下は試しにと自分の掌を軽く鞭で叩いてみた。

「なるほど、痛くはないな。納得した」

「鞭を叩いた後は直ぐに合図を送る事を忘れないように。そうしないと馬は自分が何故叩かれたのか分からずに混乱してしまいます」

「承知した」

 他にも、言う事を聞かない馬に対してブーツのかかと部分に装着した拍車と呼ばれる金具をグリグリと押しつける方法がある。

 これらは正しく使用すれば馬を動かす手助けとなるが、馬の性格によっては逆に嫌がって暴れたりする事もあるので予め乗る馬の特徴を把握しておく必要がある。

 また、馬術の公式の競技会では鞭の使用制限がある。
 いつものレッスンの時の癖でついうっかり鞭を手にしたまま出場してしまい、その腕前を披露する前に退場する羽目になってしまったという選手の話も聞いた事がある。

 いつかこの世界でも競技会を開けるほど乗馬の文化が普及したらいいなと思う。



◇◇◇◇



 初日は常歩のレッスンを一時間行っただけで終わった。
 傍から見ると地味な光景だが、何事も基礎は大切だ。

 生徒達はいつか自分達も私のように風を切って走れるようになりたいという目標ができた為に素直に私の指導を受けてくれていた。

 レッスンが終わると各自で馬を洗い場に連れていって馬装を外し、手入れを行った後に小屋に戻す。

「先生ありがとうございました!」

 全てが完了すると生徒たちは私にお礼の挨拶をして解散する。
 王侯貴族に先生と呼ばれるのは悪い気はしないな。



◇◇◇◇



 それから三ヶ月の月日が流れた頃、生徒達は個人差はあれど基本的な図形運動と、速歩や駈歩まである程度乗りこなせるようになっていた。

 襲歩に挑戦している者も少なくない。


 その一方で公爵令嬢ケテラの上達ぶりはイマイチだった。

 元々乗馬に興味がある訳でもなく、ルトリア殿下の気を引く為だけに乗馬を始めたのであろう彼女は真面目に私の指導を聞いていなかったので当然の結果です。

 生徒達の間でも馬術の腕に大きく差が開いてきたので、近々個人別に馬術技能の試験を行う事にした。
 試験の結果に合わせてランク分けされたライセンスが発行される。

 日本では乗馬の普及と振興を目的とした組織や、馬術の振興と目的とした組織によるライセンス制度がある。
 それによって個人の実力を測る目安になり、高位のランクになれば公式な競技会への参加が認められる。

 この世界で乗馬の競技会を開催できるようになるにはまだまだ時間が必要なので、ライセンスのランクによって様々な効力を持たせる事にした。

 Cランクならばインストラクターである私が不在の時でも騎乗する事ができる。
 Bランクならば馬場の外でも騎乗する事ができる。
 Aランクならば私のように乗馬のインストラクターになれるといった具合だ。

 もちろんこの乗馬ライセンスの制度はホラント陛下にも承認を貰っている。

 試験内容は実技と筆記の二つを行う。

 実技試験は馬の世話から馬に乗って操るまでの一式を行って貰う。

 筆記試験は馬の身体の部位や毛色、模様などの名称から、各種道具の名称と使い方など、乗馬に関する基礎知識を問う。
 こちらはちゃんと事前に配布したテキストの内容を暗記していれば楽勝であるが、実技試験の対策ばかりにかまけている生徒にとっては意外と難問である。

 かく言う私も前世で乗馬ライセンスの試験を受けた時に馬の毛色の名称を答える問題で頭がこんがらがり、六角鉛筆を転がして出た目の結果に賭けたという経験がある。

 ライセンスの導入は生徒のモチベーションのアップにも繋がったようで、毎日生徒たちから試験に合格する為に多くの質問攻めを受けるようになった。

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