上 下
47 / 54

第47話 呪われし者たち7

しおりを挟む

 エルフ軍の敗走の知らせは瞬く間にエルフの森とアガントス王国に伝わった。
 アガントス王国の国王ペルセウスは直ちに重臣たちを集めて軍議を行った。

 エルフ軍が壊滅した事で魔王アデプト率いる本隊が魔界の東部戦線に加わった為に、魔界の東部で魔王の側近たちと戦っていたアガントス王国軍の旗色が一気に悪くなった。

 当然被害が大きくなる前に王国軍を魔界から撤収させるべきという考えが場を支配したが、それに真っ向から反対する男がいた。

 病の床に伏せているエバートン侯爵に代わってこの軍議に参加したアルゴスである。

「皆さん、確かにバラート率いるエルフの軍団は壊滅しましたが、彼らはただの先遣隊に過ぎず大した損害ではありません。エルフの女王シルフィナは今回の雪辱を晴らす為に次は更に大軍を派遣して必ずや魔界を攻め滅ぼすでしょう」

 アルゴスの発言に宰相が眉毛を吊り上げて怒鳴りつけた。

「ほざくな若造! エルフの本隊が魔界に攻め入る前に我が王国軍が全滅してしまうわ。そもそもエルフ軍が敗れたのは貴様の兄ルシフェルトによるところが大きいと聞くぞ。エバートン侯爵家はどう責任を取るつもりだ!」

 アルゴスは「やれやれ」と肩をすくめながら言った。

「だから私はあの時兄を処刑するよう主張したのですが、裁判長が独断で国外追放など言い渡すからこのような事になったのです。誰に責任があるのかは明確でしょう」

「むう……確かに貴様のいう事にも一理ある」

 実際に裁判長に裏で大金を渡してルシフェルトの助命をしたのは父エバートン侯爵であるが、その事を知っている人間は裁判長以外全員口封じ済みだ。

 そして裁判長もアルゴスの呪術によって当時の記憶を全て奪われて廃人のようになっている。
 真相が露わになる可能性は皆無だ。

 後に裁判長はその判決によって国家の危機を作り出した責任を擦り付けられた形で捕縛され、薄暗い牢の中でその生涯を終えた。

「しかしアルゴスよ、責任の所在がどうであれ我が王国の兵士を見殺しにするなど言語道断だぞ」

「宰相どの、だからといってここで兵を呼び戻せば玉砕するまで戦ったエルフたちに対して王国の面目が立ちません。エルフの本隊が魔王軍を打ち破った後に王国は臆病者の集まりだと見下されるのがお分かりになりませんか?」

「それはそうだが……」

「別に兵士たちに捨て駒になって貰うと言っているのではありません。要は兵士たちに犠牲を出さずにエルフ軍が魔界に攻め入るまでの時間を稼ぐことができれば良いのでしょう」

「この状況でそんな事ができるのか?」

「ええ、私が魔界に行けばいいのです」

「何? 貴様一人が行ったところで何ができるというのだ?」

「こうするのです」

 アルゴスが全身に魔力を込めた瞬間、軍議室内が薄っすらと光を放つ透明な壁に包まれた。

「おお、これは……」

「ご存知の通り我がエバートン侯爵家は代々神官の家系。私の神聖魔法を持ってすれば魔族の侵入を防ぐ結界を張る事ぐらい朝飯前です。本気を出せば王都全体を包み込む程の大きさにもできますよ」

 王国の重臣たちはアルゴスが張った結界に向けて剣でつついたり物を投げつけたりしてその頑丈さを確かめている。

「すごい……これだけの強度があれば魔王軍とはいえ破る事はできないだろうな」

「さすがはエバートン侯爵家の次期当主だ」

「しかもアルゴスはまだ天贈の儀を受けていないのだろう? これで貴様がシヴァン神より優れたユニークスキルを授けられたらそれこそ魔王軍など恐れるものではない」

「恐縮です。私も来月の天贈の儀を楽しみにしております」

 国王ペルセウスはアルゴスの神聖魔法の力に感心しつつ満足そうな笑みを浮かべて言った。

「あい分かった。アルゴスよ、直ちに魔界東部へ向かいその力で魔王軍を食い止めてみせよ」

「御意に! では直ちに向かいます!」

 アルゴスが結界を解除して軍議室から出ようとした時に、入口の扉が開き伝令の兵士が血相を変えて入ってきた。

「陛下、一大事です!」

「なんだ、軍議中だぞ!」

「エルフの森が……燃えています!」

「なんだと!?」

 軍議室に集まっている全員がテラスに出て西の方角を眺めると、エルフの森に当たる場所の空が真っ黒な煙で染まっているのが見えた。

 あれは森林火災というレベルではない。
 森そのものが燃料であるかのように一つの巨大な炎となって燃え盛っている様が遠く離れたこの地からもはっきりと見て取れる。

 伝令の兵士が続けて報告をする。

「どうやらあのルシフェルトが魔族を率いてエルフの森へ向かったという目撃情報もあります」

「なんだと!?」

 ペルセウスは顔面を蒼白にしながら呟いた。

「つまりルシフェルトがエルフたちを根絶やしにする為に森に火を放ったというのか……」

 宰相もぽっかりと口を半開きにしながら呟いた。

「陛下、これでもうエルフ軍の本隊とやらを当てにする事はできなくなりましたな」

「う、うむ……アルゴスよ、魔界にいる兵は全て引き上げさせる。そなたはここに残り、その結界の力で王都を守るのじゃ……」

「は……はい……」

 まさかルシフェルト兄さんがここまでするとは完全に想定外だった。
 これでエルフ軍と魔王軍を潰し合わせて漁夫の利を得ようとする僕の企みは水泡に帰した。
 アルゴスは心の中で地団駄を踏んで悔しがった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...