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第36話 王国との決別6
しおりを挟むへンシェルにはルシフェルトが自分に向けている眼差しが王国の子供たちが自分に向けるそれと変わらないように見えた。
そこにあるのは英雄への憧れの気持ちだけで、敵愾心など欠片も感じ取れない。
それはヘンシェルがルシフェルトへの警戒心を解く理由として充分な説得力があった。
「それでヘンシェルさんはどうしてこんな所まで?」
「あ……ああ、主命ゆえに仔細は語れないが……貴様たちに危害を加えるつもりはない事は断言しよう」
ヘンシェルは国王ペルセウスよりルシフェルトと魔王アデプトの討伐命令を受けていたが、実際にルシフェルトに接してみて彼を討つ気持ちは完全に無くなっていた。
彼はアガントス王国の臣下ではあるが、シヴァン神教の敬虔な信徒でもある。
シヴァン神が何故ルシフェルトに【破壊の後の創造】というスキルを授けたのかを考えた。
恐らくシヴァン神は【破壊の後の創造】こそがルシフェルトの持つ強大な黒魔力を民衆の為に最大限に活かす事ができるスキルであると考えられたのだろう。
ならば自分がルシフェルトを討つ理由は全くない。
シヴァン神の御心のままに成り行きを見守るだけだ。
ヘンシェルは主命よりも自分の直感を信じる事にした。
「こんなところで立ち話もなんですので城の中へどうぞ。あ、その前に怪我人の治療をしなくちゃいけませんね。ロリエ、ちょっとやり過ぎだぞ」
「別に殺してはいませんわ」
「でもそこで半分地面に埋まってる人泡吹いてるしかなり危険な状態じゃない? 仕方ないな、俺が治療するよ」
俺はユンカースに向かって手を伸ばして黒魔力を込めた。
ルシフェルトは魔法でユンカースを吹き飛ばそうとしている。
傍から見れば全力で止めるべき事態なのだが、ヘンシェルはルシフェルトが【破壊の後の創造】スキルでユンカースを治療するつもりである事を確信していた。
ヘンシェルは邪魔をするでもなくその様子を眺める。
「う……うーん……」
「何があったんだ?」
その時ロリエに叩きのめされて気を失っていた聖女ダイムラーと呪術師デマーグが目を覚ました。
「ヘンシェル、戦いは終わったようですね……はっ、ユンカースを治療しなければ!」
ダイムラーは慌てて瀕死のユンカースに神聖魔法で治療を試みようと近付いた。
「あ、危ない!」
「え?」
俺はユンカースの下に飛び込んでくるダイムラーに気付くのが遅れ、二人を巻き込む形で破壊の魔法を放ってしまった。
「きゃああああああ!?」
ドオオオオオオオン!
ユンカースとダイムラーの二人の身体は一瞬で粉々になった。
「うわあああああ!? ダイムラー、ユンカース!!」
呪術師デマーグは突然の出来事に軽くパニックを起こしているが、ヘンシェルは落ち着いた様子でそれを眺めている。
俺は「やっちゃった」とテヘぺろした後に【破壊の後の創造】スキルを発動させた。
少し時間をおいて二人の肉片が光を放った。
「あら……私は一体何を?」
「俺……生きてるのか?」
光が消えた頃、ダイムラーとユンカースの二人は元通りの姿でそこに立っていた。
「お前たちも無事で何よりだ」
「ヘンシェル、一体何があった? はっ、そうだ。さっきはよくもやりやがったな小娘!」
「もういいユンカース、武器を降ろせ。もう戦う必要はない」
「何? どういう事だヘンシェル」
ヘンシェルは状況が分からずに混乱している三人に説明をする。
「そうか……分かったヘンシェル、お前がそう言うのならいがみ合いはこれで終わりだ」
三人が落ちついたのを見計らって、俺はヘンシェルたちをロリックス城内に案内した。
城の内部も王都とそっくりに創っている。
それを見て戦士ユンカースが訝しむが、この城が王城と瓜二つなのは自分の中でアガントス王城以外のお城のイメージが無かったから以上の理由はない。
俺はヘンシェルたちを食堂へ案内すると、臣下の魔族たちに料理を持って来させて手厚くもてなした。
ヘンシェルさんは俺たちに危害を加えるつもりはないと言っていたけど、一体何をしにこんな所までやってきたのだろうか。
王国の英雄様がパーティーを組んで態々魔界へまで足を踏み入れたのだから物見遊山ということはありえないだろう。
魔界へやってきた英雄。
考えられる理由は一つだけだ。
俺はそれとなく切り出してみた。
「やはり魔王の動きは気になりますか?」
ヘンシェルさんはピクッと食事の手を止めた後答えた。
「そうだな、何せ王国と魔界は長く国交断絶状態だ。まずは魔界の情報が欲しくてな」
「そうですか。見ての通り今の魔界は平和そのものですよ。碌でもない奴もいましたけど、俺が成敗してやりました」
「平和……ね」
ヘンシェルたちの視線がロリエに集まった。
「……なんですの? あんたたちが怪しいことをしているからいけないのですわ」
ロリエはぷいっとそっぽを向いた。
一同苦笑いをする。
少し間を開けて今度はヘンシェルが溜息をつきながら口を開いた。
「もし魔王が人間界への侵略を企んでいるのならば討つつもりだったが、彼女の強さを見て自信がなくなってしまったよ」
「え? どうしてですか?」
「恐らくあのまま続けていたら良くて相打ちだっただろう。今の私の力では魔王には届くまい。王国では英雄などと呼ばれて持て囃されているが、今回の戦いで自分の未熟さを実感したよ」
「いえ、あんたたち間違いなくアデプトより強いですわよ」
「え?」
ロリエの言葉に呆気に取られている四人に対して俺は説明を加えた。
「ああ、ロリエは魔王より強いらしいから。ロリエと互角に戦えるのなら間違いなく魔王より強いですよ」
「そ、そうなのか……しかし王国と魔王軍での戦争が始まれば貴様たちも我々の敵に回るのだろう?」
「はあ?」
ロリエが眉間をぴくぴくさせながら答えた。
「でーすーかーらー、私はアデプトとは無関係とあれほど言いましたでしょう? 戦争をされたいのでしたら私たちを巻き込まないようにどうぞご勝手にして下さいまし!」
「そうなのか?」
「ヘンシェルさん、彼女の言う通り俺たちは魔王の傘下にはいません。ただ領主として自分の領内の民の安寧を守りたいだけです。もちろん民が人間だろうが魔族だろうが関係ありません」
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【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
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