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第19話 魔族の集落10
しおりを挟む「はぁ、はぁ……おい、誰か輿を持ってこい!」
モリックス城へ向けて逃走を続けるモロクだったが、日頃の不摂生が祟りあっという間にスタミナ切れを起こしてしまった。
しかしモロクの呼びかけに返事をする者はいない。
それもそのはず、兵士たちは皆自分が生き延びる為に必死で走り続けている。
例え主の命令と言えども聞いている余裕なんてない。
「はぁはぁ、まったく役に立たない奴らだ。日頃の恩を忘れて我先にと逃げやがって。城に戻ったら覚えてやがれ」
モロクの口からはとめどなく悪態の言葉が溢れてくるが、反対にその足はもう一歩も動けないでいた。
「くそっ、このモロク様がどうしてこんな目に遭わなければいけないんだ! コモド、アサリー! どこいにる!? 早く俺を助けろ!」
彼が何度叫んでも既に死んでいる者からの返事は返ってくるはずもない。
そうしてる間にも兵士たちはモロクを置き去りにしてどんどん先へと走り去って行った。
「ちっ、こうなったら仕方がない。魔力を消費すると疲れるから嫌だったのだがな……風魔法、ストリームウィンド!」
モロクは肉体こそ衰えているが、生来のその魔力は未だにに健在だった。
モロクが呪文の詠唱を始めると周囲に風が巻き起こり、僅かにその身体を浮かび上がらせた。
「久々に使ったがまだ勘は衰えてえいないようだな」
風はゆっくりとモロクの身体を南の方角に運んでいく。
その風は徐々に速度を増し、やがて突風のような勢いとなった。
モロクはその風に乗って鳥のように飛行する。
そしてあっという間に先に逃げていた兵士たちに追いついた。
兵士たちは怒りに満ちた表情で飛んでくるモロクを見て驚き駆け寄った。
「モ……モロク様、よくぞご無事で!」
「さすがはモロク様、素晴らしい魔法をお使いですね」
「今回は村人たちの騙し打ちのせいで不覚を取りましたが、もう同じ手は食らいませんよ」
「さあ一旦モリックス城へ戻って再戦の準備をしましょう」
各々がモロクを恐れて心にもないおべっかを並べるが、モロクの心中には部下たちに見捨てられたという怒りだけが渦巻いていた。
「黙れ、俺の部下には役立たずは必要ない!」
そう言うとモロクは手にした大ナタで兵士のひとりを唐竹割りにしてしまった。
「ぐぎゃあっ!」
「な、何をなされますモロク様!」
「黙れ! 次はお前だ!」
「ぐふっ!」
ひとりやふたりを殺したぐらいでは怒りは収まらないとばかりにモロクは近くにいる兵士たちを手当たり次第斬り捨てていく。
「ひいっ、モロク様が乱心されたぞ!」
「どいつもこいつも俺様を馬鹿にしやがって! 最早狩りの相手が村人でもお前たちでもどちらでも良いわ! この俺が受けた屈辱を思い知れ!」
「た、助けてくれぇ!」
「こんなところで死にたくねえよ!」
グリフォンに乗って逃げたモロクを追撃していた俺が彼らに追いついたのはそんな頃だ。
敵兵とはいえあまりに酷い惨状に俺は思わず目を背けた。
そして俺を乗せたグリフォンはゆっくりとモロクの前に舞い降りた。
「うっ……グリフォン!?」
「まったく見苦しいですね。自分より弱い者にしかイキれないなんて情けない」
「貴様はノースバウムにいた人間か……人間が何故あんな小さな村の奴らとつるんでやがる」
「村の皆には色々と世話になったからね。彼らが穏やかに過ごせるように、邪魔なあんたを始末させて貰いますよ」
「くっ……」
モロクは一瞬怯んだが自分たちを追撃に来たのがグリフォンに騎乗している俺一人だと気付くとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「このモロク様も舐められたものだな。グリフォン一頭ごときで我らに勝てるとでも思ったのか。お前たちかかれっ!」
「……」
「おいどうした!? 俺の命令が聞こえないのか!」
確かにグリフォン一頭だけが相手なら残った兵だけでも充分に勝機はある。
モロクの黒魔法の援護があれば尚更だ。
ただし、最初にグリフォンに飛びかかった何人かは間違いなくその爪で引き裂かれるだろう。
グリフォンに向かっていくという事は捨て駒になれという事だ。
誰がそんな役を引き受けるものか。
兵士たちは遠巻きに俺とグリフォンを包囲はするものの、誰ひとり向かってこようとする者はいない。
「完全に部下たちに見捨てられたみたいですね。可哀そうですからチャンスを上げます。グリフォンは俺をここまで運んできただけです。俺と一騎打ちをして勝てば見逃してあげますよ」
「ば……馬鹿にしてるのか、人間風情が!」
モロクはプライドを傷つけられたようで、顔を赤らめて激昂した。
「このモロク様を怒らせた事を後悔する時間も与えん! 死ね、極限風魔法ヘルズストーム!」
モロクは両手を前に突き出して黒魔法の呪文を詠唱した。
その両手からは螺旋を描くように渦巻く突風が俺目掛けて飛んでくる。
俺は迫りくる突風に向けて右手を翳した。
「……黒魔法、デストロイジャイロボール!」
俺の掌から放たれた魔力の球は渦巻く突風とは逆方向に回転をしながら渦巻きの中心を一直線に突き進む。
相反する回転によってモロクの作り出した風は掻き消されていく。
そして俺が放った魔力の球は勢いが衰えないままモロクの身体に着弾し、大爆発を起こした。
「……!!!!!?」
モロクは断末魔の悲鳴を上げる間もなく一瞬で粉微塵になった。
「そんな、モロク様がやられるなんて!」
「もうダメだ、俺たちはお終いだ!」
兵士たちは完全に戦意を喪失した。
逃げようにも腰を抜かして立ち上がれない者もいる。
「どうしようかなこいつら……」
俺はそんな兵士たちを見て迷っていた。
俺の魔力もそろそろ尽きそうだ。
元凶であるモロクを倒した以上、無理をして戦闘を続ける必要性も感じられない。
俺は兵士たちの処遇を考えながら特に意味もなくモロクを【破壊の後の創造】のスキルによって乳牛へと創り変えてみせた。
「なんだ? あいつ今何をやったんだ?」
「呪いの一種じゃないのか?」
「俺たちもあいつに殺されたら獣にされてしまうのか!?」
兵士たちはその未知の力に更に恐怖を募らせた。
「降参だ、見逃してくれ! 俺たちはモロクが恐ろしくて従っていただけなんだ」
「もうあんたや村の人には手を出さない……何でも言う事を聞くから……な?」
「ほら、見ての通り俺たちはもうこいつの手下でも何でもないんだ……こんな奴こうしてやる!」
兵士たちは乳牛となったモロクの顔を殴ったり尻を蹴飛ばしたり乳を絞ったりして必死にアピールをする。
君達がモロクから離反したと言っても俺たちの敵である事には違いはないんだけどな。
しかし俺にはこれだけの数の兵士たちと戦うだけの魔力はない。
四方八方に逃げ惑う何百人という兵士を一人ずつグリフォンに追いかけさせて襲わせるのも大変だ。
「俺は慈悲深い。特別に許してやらんでもない」
俺は兵士たちに二度とノースバウムの村人たちに手を出さない事を条件に、彼らを見逃してあげる事にした。
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