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第32話 一皮むける為に
しおりを挟む森の中でチル達勇者パーティは幾度となく有象無象の魔獣達の襲撃を受けた。
しかしある程度のランクの魔獣の襲撃はいずれも事前にネネコに察知されていたのでこれといった被害を受ける事もなかった。
森の奥へ進むにつれ、大きな爪痕が刻まれた木々が視界に入ってくる。
それは四人が鈺熊のテリトリーに侵入した事を意味していた。
やがてネネコは前方に一際大きな邪悪な気配を感じ、チル達に木の陰に隠れるよう指示を出す。
「あれをご覧下さい」
ネネコが指差す方向を見ると、50メートル程先に黄金色に輝く玉のような物体があった。
それが身体を丸めて眠っている鈺熊だという事に気付くまで時間はかからなかった。
四人はその状況を確認すると、円陣を組んで声を殺しながら作戦会議を行う。
「いいですか、危なくなったら無理をせず逃げますよ。いえ、むしろ今のあたし達の実力では勝てないと思いますので、ある程度のダメージを与えたら退却して次のチャンスを待ちます」
猪突猛進的な性格だったチルだが、氷竜との戦いを経て戦略的撤退という概念を身に付けていた。
「それでは拙者が逃走ルートを確保するでござる」
サギリは懐から取り出した不思議な形をした忍びの七つ道具と呼ばれるアイテムを使い、退却時に通る予定の道に落とし穴やくくり罠等のブービートラップを次々と設置していく。
最後におまけで目ぼしい所にマキビシを撒いて準備完了だ。
「これだけ罠を設置しておけばあのクマさんもうかつに追いかけてこれないでござるよ」
「まるで狩人が獲物を捕まえる為の罠みたいですね。むしろ鈺熊が罠に掛かったところを袋叩きにした方が良いんじゃないですか?」
しかしサギリが設置した罠はあくまで簡易的なものだ。
並の獣ならともかく、鈺熊程の魔獣になれば僅かな時間足止めするのが精いっぱいだろう。
「逃げる途中に誤って罠に引っ掛からないように気をつけるでござるよ。簡易的とはいえ人間にとっては致命傷を負いかねない程危険な罠でござるので」
「き、気をつけます……」
「それでは皆さん準備はいいですか?」
四人は眠っている鈺熊に気付かれないように風下からそっと近づく。
20メートル、10メートル、5メートルと徐々に距離を縮め、ついには3メートル程の距離まで近づいたが鈺熊はすやすやと寝息を立てている。
このまま一斉に攻撃を仕掛ければ易々仕留められるのではないかと錯覚をしてしまう程隙だらけだ。
奇襲をするに当たって最も重要なのは最初の一撃だ。
サクヤとネネコがそれぞれ呪文を詠唱し、チルの持つロングソードに炎と破邪の魔法を纏わせる。
サギリは鈺熊が目を覚ました時にすぐさま撹乱する為に煙幕弾をその手に握って構える。
「行きます!」
チルは躊躇いなく鈺熊の頭部にロングソードを振り下ろした。
「クウウウマアアアアアアア!!」
突然頭部に激しい痛みを覚えた鈺熊は唸り声を上げながら周囲を見回すが、その時には既にサギリの煙幕弾によって視界は遮られていた。
訳が分からずに混乱して暴れまわる鈺熊にサクヤとネネコが魔法で追撃をする。
「クマアアアアアアアアアアア!」
魔法はまたも鈺熊の頭部に命中し、森中にその叫び声が響き渡る。
どんな魔獣でも頭部を潰されては生きていられない。
いや、倒せないまでもそのダメージは小さくないはず。
「みんな、一旦下がって!」
煙幕が徐々に薄れてきたのでチルは仲間達に後退するよう指示し、自身も離れた位置から様子を伺う。
「クウウウウウウ……」
鈺熊の唸り声はまだ聞こえている。
「クマさん、どうか今ので倒れていて……」
そして煙幕が完全に晴れ鈺熊の状態が四人に明るみになった。
鈺熊の頭部からは赤い血が流れ出ているのが見える。
ダメージはあったが、致命傷には程遠い。
「クウウウマアアアアアアア!」
自分を襲った四人の存在を視認した鈺熊は怒り狂い、まずは先頭にいたチルに向けて突進する。
「お姉様、撤退しますか!?」
「いえ、まだ早い! ぎりぎりまで粘るよ!」
チルは鈺熊の振り下ろす爪をロングソードで受け流すとその側面に回り、鈺熊の脇腹を目掛けて剣を振るう。
しかし分厚い毛皮に阻まれて全くダメージが通らない。
「チルさん、これ以上は無理です。早く撤退しましょう!」
「ここで無駄死にをしたら、先日助けてくれたクサナギさんに申し訳が立たないでござるよ!」
ネネコとサギリはチルに撤退するよう呼びかけるが、その時チルは全く別の事を考えていた。
「どれだけ斬っても倒せない相手……丁度いいです!」
チルはその場に踏み止まって鈺熊と正対する。
「クマアアアアアアアア!!!」
鈺熊はチルに向けて執拗な攻撃を繰り返すが、チルは剣を巧みに操ってそれを受け流し続ける。
しかし全てを受け流し続けられるはずもなく、徐々に鈺熊の爪がチルの身体を掠め始める。
その頃にはチルは反撃の一撃を振るう余裕もなく完全に防戦一方となっていた。
「サクヤ殿、チル殿はどうして逃げないのでござるか?」
「チルさんの攻撃では鈺熊にダメージが通りません。致命傷を受ける前に退かないと……」
鮮血が飛び散る度にネネコとサギリは気が気でないと言った様子で慌てふためいている。
一方のサクヤはそんな姉と鈺熊を落ち着き払いながら眺めていた。
「1、2、3……このタイミングかな? ……グレンファイア!」
サクヤの放った爆炎の弾を左足に受けたは鈺熊はバランスを崩す。
「サクヤナイス!」
その隙にチルはロングソードを鈺熊の首筋に突き立てる。
「クマアアアアアアアアアアア!」
鈺熊はその一撃で悲鳴を上げるが、やはり分厚い毛皮に阻まれて致命傷は与えられなかった。
「サクヤ殿、やっぱり無理でござるよ。早く撤退を……」
「サギリさん、ネネコさん、お姉様と鈺熊の動きをよく見ていて下さい。私達は隙をついて援護射撃を行いますよ。タイミングは身体で覚えて下さい」
「サクヤさん、私達が援護をしたところで鈺熊にはほとんどダメージを与えられませんよ?」
あたふたしながら撤退を主張するネネコとサギリに対して、サクヤはあくまで落ち着いた表情のまま答えた。
「お姉様は今ここで鈺熊を倒すつもりは全くありませんよ。あれは実戦訓練をしているんです」
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