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第8話 父との和解

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「どわあああ!? なんだこれは!?」

 如何に歴戦の英雄といえど、まともな神経をしていたら実の娘や使用人の目の前で全裸で戦いを続けるなどできない。

 大切なところを手で隠しながらしゃがみ込む伯爵にチルとサクヤが駆け寄り、屋敷の中から持ってきたバスタオルを被せる。

「お父様の負けですよ」
「早く部屋に戻って着替えてきて下さい」

 娘のあまりの手際の良さに伯爵は戸惑いつつ俺に問い詰める。

「ぐぬぬ……クサナギとやら、今俺に何をした?」

「防御力を下げるガードレスの魔法はご存知ですよね? これはその進化形のクロースレスといって、本人の防御力を下げるだけでなく、その身に纏っている全ての物を消滅させる効果があります」

「ガードレスは知っているが、その進化形など聞いた事がないぞ」

「それはそうでしょう。長い修行の末に編み出した俺のオリジナル魔法ですから」

 伯爵はううむと唸りながら目を瞑り、思考を巡らせている。

「自力で新たな魔法を生み出したというのか。そのような事、並の魔法使いにはできはしまい。お前がツクヨミの弟子というのはまんざら嘘ではなさそうだな……」

「ようやく分かってくれましたか」

「……うむ、認めざるをえまい。疑ってすまなかったな」

 伯爵は素直に自らの非を認め、俺に謝罪をする。
 これで一件落着だ。

「お父様、それでは早速このお薬をお母様に飲んで貰いましょう」

「そうだなサクヤ、早く母さんに飲ませてやれ……って、お前達その服は何だ? そんな服持っていたか?」

 ここにきて伯爵はようやく娘達が自分の知らない服を着ている事に気付いた。

「はい、私達の服は駄目になってしまいましたので。クサナギさんの魔法で──」

「何だと!? クサナギ、貴様今の魔法で俺の娘達の服を剥いだというのか!」

「いえ、火竜の炎が──」

 サクヤは火竜の炎が燃え移った服を俺の魔法で剥がしてもらった事を伯爵に説明しようとしたが、早とちりをした伯爵は最後まで聞こうとせずに勘違いをしたまま怒りに我を忘れ、第二ラウンドが始まった。


「いい加減にして下さい!」

 腰にバスタオルを巻いたまま暴走する伯爵は、チルが背後からロングソードの柄で思いっきり後頭部を叩いて眠らせた事でようやく静かになった。


「……チル、防御力が下がった状態でそんなに思いっきり殴りつけたら本当に危険だから。下手したら死んじゃうよ」

「大丈夫ですよ。お父様は石頭ですから」

「それはどっちの意味で?」

 俺は白目を剥いて倒れている伯爵に近付いて様子を見ると、確かにチルの言う通りのびているだけだった。

 このまま伯爵を放っておく訳にもいかないので、俺はチルとサクヤに手伝わせて伯爵を寝室まで運んでベッドに寝かせると、今度は二人に案内されて母親ナヅチが療養している部屋へと足を運んだ。

「お母様、ただ今戻りました」

 チルが入り口の扉を開けると、部屋の中には美しい女性が体温を保持する為に幾重にも重ねられた毛布に包まりながら横になっていた。
 チルとサクヤの母であるナヅチさんだ。

 俺達の姿を確認したナヅチさんは苦しそうに身体を無理やり起こして言う。

「チル、サクヤ、よくぞ無事に戻りました。それにクサナギ様と仰いましたね。火焔山では娘がお世話になったと伺っております。本当にありがとうございました。……ごほっごほっ」

「お母様、お話は後です。まずはこのお薬をお飲み下さい」

 チルは薬剤師のアンドーゼに言われた通り、ナヅチさんの体温を計りながら一粒ずつ薬を飲ませる。
 一粒飲ませる度に母親の血色が良くなっていき、五粒飲ませた時にはすっかり健常者と見分けがつかない顔色になっていた。

 相変わらずアンドーゼの作る薬の効果は凄まじいな。

 俺は以前トモエ達に聞いた話を思い出した。

 元々アンドーゼという男は王宮御用達の優れた薬剤師だったそうだ。
 しかしある時彼の才能に嫉妬した別の薬剤師の罠により、密かに下剤が混入された薬を王国の要人に飲ませてしまった彼はその責任を問われ処刑されそうになるが、命からがら脱走したところをトモエ山賊団に拾われたという。

 この国ではこういった話は枚挙に暇がない。
 勇者ヤマトの仲間達といい、本当にこの国には腐ってる奴らが多すぎるな。

「でもまあ……」

 俺は抱き合って無事を喜び合う母娘を見て頬を緩める。

「この人達はあいつらとは違うな」

「クサナギさん、何か言いました?」

「いや、何でもない。こっちの話だ。じゃあそろそろ俺は火焔山に帰るよ」

「待てい!」

 その時背後から聞き覚えがある怒鳴り声が聞こえたので振り向くと、そこには鬼気迫る表情をしたヤマツミ伯爵が立っていた。

 もう目を覚ましたのか。
 チルの言う通り本当に頑丈な頭をしているな。

「このままお前を帰す訳にはいかん!」

 本当にしつこいな。
 部屋の中でやり合う気か?

 俺は身構えるが、次の瞬間ヤマツミ伯爵は膝を折り首を垂れる。

「クサナギ殿、事情は全て聞いた。先程は早とちりをして娘と妻の恩人に対して大変な無礼をしてしまった。このままお礼もせずに帰すわけにはいかん」

「あ、そっちの意味ですか」

 紛らわしい人だ。

「どうぞゆっくりしていかれよ」

 俺はヤマツミ伯爵の言葉に甘え、しばらくこの屋敷で寛ぐ事にした。


 夜になると屋敷内の食堂で盛大な宴が開かれた。
 そしてヤマツミ伯爵や姉妹から俺についての質問攻めが始まった。
 ツクヨミ師匠に拾われてからの事、勇者パーティとの冒険の事、火焔山での事。
 仮にも為政者であるヤマツミ伯爵に山賊団の事を話すのは少し躊躇したがそれは杞憂だった。

 ヤマツミ伯爵は平民出身の冒険者だ。
 考え方も貴族よりも民衆寄りなところがある。
 王国内に蔓延る政治の腐敗についても思うところがあるらしく、民衆の味方であるトモエ達の行動には目を瞑ってくれるそうだ。

 これで一つ心配事が減った。

 そして次は勇者パーティの現状についての話題になった。

「そういえばヤマト達の話って最近耳に入って来ないな。今何をやってるんですか?」

「ああ、あいつらは火竜討伐以降任務に失敗続きだそうだからな。王国はそろそろヤマトから勇者の称号を剥奪して、新たな勇者を立てる計画をしているらしいぞ」
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