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第29話 すれ違う世界

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 レイフィス王国の北東にはかつて魔道具の生産工場があった。

 数年前、ここで作られている魔道具の存在を危険視した魔王軍の襲撃に受け、工場は徹底的に破壊し尽くされてしまった。

 今回はクエストとは無関係に俺とユフィーアはその廃墟にやってきた。
 目的はモバイルクォーツと呼ばれる魔道具の回収だ。
 モバイルクォーツはポケットに入る大きさで、板のような形状をしている。

 原作では、他のプレイヤーとの通信で必要になるアイテムだ。
 このアイテムを所持していると、近くを通りがかった他のプレイヤーのデータが自動的に送られてくる。

 それはモンスターや武器の情報だったり、秘密のダンジョンの場所が描かれた地図だったり、アイテムや石板が転送される事もある。

 特に注目されるのは秘密のダンジョンの地図だ。
 
 秘密のダンジョン内にはそれぞれ異なったお宝やモンスターが出現する。
 大抵はそれなりの魔物が登場してそれなりのアイテムが隠れているどこにでもあるようなダンジョンだが、偶に超レアなアイテムが隠されていたり、強力な魔物が潜んでいるダンジョンが出てくることもある。

 特に人気なのがまさあきというプレイヤーが発見したダンジョンの地図で、その中には経験値稼ぎにもってこいのモンスターが大量に出現するエリアがあり、その実用性の高さから瞬く間に世界中に広まった。

 以前公式サイトで行われたファンタシー・オブ・ザ・ウィンドのキャラクター人気投票では、並みいる人気キャラを押しのけて、まさあき氏がトップに立つという出来事もあった。

 しかし中には悪質なプレイヤーのチートによって作られた地図も存在し、そのダンジョンに潜ると出られなくなってしまう事もある。

 尤も、公式の見解ではチートが原因という事になっているが、ファンの間ではただのバグではないかという見方が主流だったが。

 ここファンタシー・オブ・ザ・ウィンドの世界では、他のプレイヤーの世界の事を並行世界と認識している。

 時空の揺らぎで他の世界との距離が近付いた時、この魔道具を通して自動的にデータを送受信する事ができる──という事になっている。

 とにかく攻略に便利な魔道具なので、他の冒険者に取られる前に回収に来たという訳だ。
 モバイルクォーツの製造方法を知っている技術者は全て魔王軍の襲撃の際に死亡しているので、ここで取り逃すと一生手に入れることはできない。

 工場跡は魔王軍によって完全に破壊されており、一面ががれきの山だ。
 俺とユフィーアは手分けをしてがれきの山を掻き分けてモバイルクォーツを探す。

 原作では落ちている場所はランダムだったので、こればかりは総当たりで調べていくしかない。
 見つけと思って喜んだら壊れていたという事もある。

 原作通りなら、この膨大ながれきの中に壊れていないモバイルクォーツが一つだけあるはずだ。

「マール様、これだけの範囲を手作業で探すのはちょっと大変です」

 さすがのユフィーアも音を上げる。

 原作では一歩ずつ足下をAボタンで調べていくだけだったが、現実だとがれきを撤去しながらの大変な作業だ。

 朝から探索を始めたが、そろそろ日も暮れ始めた。
 今日はここまでにして続きは明日にしようかと考え始めた時、足下からピピッという電子音が鳴り響いた。

 間違いない、モバイルクォーツがデータを受信した時の効果音だ。

「ユフィーア、ここのがれきをどけてくれ」

「はい、マール様」

 ユフィーアががれきを持ち上げると、その下の空間に新品同様のモバイルクォーツが落ちていた。
 その表面がピカピカと光っている。

 俺はモバイルクォーツを拾い上げると、その表面を指でタッチして操作する。

 初期状態では利用者が開発者──テストユーザー──に登録されているので、まずは利用者をマール・デ・バーグに変更する。

 続けて、他の世界とすれ違った時に送信するメッセージや、データの設定を行う。

 俺は並行世界の主人公達に向けて、ユフィーアを序盤で仲間にする方法や、王家の墓の遺跡のリリエーン陛下の情報をメッセージに残す事にした。
 一見するとただの日記にしか見えないが、分かる人が見ればこれは攻略法だと分かる。
 もし並行世界にも俺のようにファンタシー・オブ・ザ・ウィンドの世界に転生してきた人間がいたら参考にして欲しい。
 他のプレイヤーと攻略情報を共有するのはゲーマーにとっては当たり前の事だ。
 ただしネタバレには気をつけよう。

「よし、これで初期設定は完了だ」

「不思議な魔道具ですね。並行世界なんて物語の中だけと思っていましたが、実際にデータを受信しているところを見ると本当にあるんですね」

「そうだね、そこで生きている人間は同じでも、今いる世界とは違った歴史シナリオを歩んだ世界が無数に広がっているんだ」

 それこそプレイヤーの数だけね。

「そ、それならば例えば別の世界では私とマール様が──」

「そう言えばさっきデータを受信してたよね。内容を確認してみようかな。……あれ、ユフィーア今何か言った?」

 ユフィーアはむすっとして答える。

「……いえ、何でもありません。マール様はそのデータとやらを穴が開くまで見つめていればいいと思いますよーだ」

「何を怒っているんだ?」

「怒ってません」

 どうもユフィーアの様子がおかしい。
 好感度バグの効果が切れ始めてきたのかな?


◇◇◇◇


 俺はモバイルクォーツを操作して、受信トレイの中身を表示する。
 このモバイルクォーツががれきの下に埋もれている間にも、この世界は何度か並行世界とニアミスをしていたようだ。

 送信者、ジーク。
 添付データ、迷いの森の地図。
 メッセージ、この森に出てくるゴールデンゴブリンはお金稼ぎには最適の魔物だ。是非有効活用してくれ。


 送信者、ネネ。
 添付データ、聖剣エクスカリバーEXのレシピ。
 メッセージ、勇者専用の武器のレシピです。ラスボスも一撃で倒せます。

「勇者専用ってことはユフィーア専用って事か。どれどれ、作り方は……」

 必要な素材について。聖剣エクスカリバー、オリハルコン10個、ミスリル20個、塩と胡椒を少々……

「まず、そのエクスカリバーとかいう剣はどこにあるんでしょう?」

「ああ、多分魔王城の宝箱の中に入っているぞ」

 今これを作るのは無理だな。
 次へ行こう。


 送信者、yをっ馬てtq。
 添付データ、g闇gtあwホrxの地図。
 メッセージ、かdkfrkg猫frlhhhさrれ死tA334。

「……何だこれ? バグってるのか?」

 噂には聞いていたが、実際に自分のところにバグデータが届くと本当に嫌な気分になる。

 こんなデータはさっさと削除してしまおう。

 俺はモバイルクォーツに触れて、削除を試みる。

 ピッ……ピー、ピー、ピー。

 アラーム音と共に、モバイルクォーツの表面に、ERROR、削除に失敗しましたの文字が表示される。

 削除すらできないとは、どれだけバグってんだ。
 こうなったら初期化フォーマットするしか……。

「あの、マール様」

「ん?」

「この地図の場所なんですが、ここ私の実家です」
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