上 下
11 / 56

第11話 一方イザベリア聖王国では

しおりを挟む
 私の名前はキーラ。
 イザベリア聖王国の名門貴族であるゾーランド公爵家の二女だ。

 私は子供の頃から聖女の素質があると周りに言われ、お父様に聖女になる為の修行をさせられ続けていたが、女神の神託によって聖女に選ばれたのは私ではなく同じ教会で修業を積んだ幼馴染のシスターシェリナだった。

 どうして公爵家の令嬢である私じゃなくて捨て子のシェリナなの?
 女神の目が曇ったのかしら。

 しかも陛下の要望でシェリナとエイリーク王子との縁談まで持ちあがる始末。

 当然納得できるはずもなく、私はシェリナを聖女の座から蹴落とす為に考えられる限りのありとあらゆる嫌がらせを続けていた。

 私の美貌を持ってすればエイリーク王子を篭絡するのは簡単だった。

 私はエイリーク王子にシェリナについてのある事ない事様々な悪評を言いふらして婚約を破棄させる事に成功した。

 決定打になったのが聖女の務めをサボっていたというでっちあげだ。
 この嘘に説得力を持たせる為には実際に被害を出すのが一番手っ取り早い。
 私はお父様に頼んでクロネの教会の人達を追い出して結界の間に設置されていた結界石を持ち出して隠した。
 さすがに結界の間に結界石がないとすぐにバレるので余っていた漬物石を代わりに置いてカモフラージュをしておいた。

 これによって度々領内に魔獣が侵入して領民に被害が出たが、領主の娘である私の為の尊い犠牲だ。
 むしろ名誉に思いなさい。
 それにシェリナを追い落とした後はちゃんと結界石を元に戻してあげるから少しの間ぐらい我慢できるでしょう。

 これでシェリナが自暴自棄になって自主的に聖女を止めてくれれば話は早かったんだけど、一向に止める気配がない。

 でもこんな事もあろうかと次の策は考えてある。

 ゾーランド公爵家の令嬢である私には領内の情報がよく入ってくる。
 それによるとどうも最近シェリナの事を詮索している者がいるらしい。
 しかもそれは魔族と関わりがある者のようだ。

 彼らは主に結界が消えたクロネの教会付近で目撃されている。
 これが意味するところは、魔族がシェリナを狙っているという事だ。

 もし今シェリナが僅かな護衛兵だけでクロネの教会にやってきたら魔族がその好機を狙わないはずがない。
 そしてシェリナが魔族に殺されればすぐさま次の聖女を決める為に女神の神託が降りるだろう。

 私の思惑通りにシェリナはクロネの教会に調査に向かい、そこで魔族に襲われて連れ去られたという。

 ここまでは全て私が思い描いたシナリオの通りだった。

 しかし、シェリナが連れ去られて一週間が経つというのに一向に次の聖女についての女神からの神託が降りない。

 それはつまりシェリナがまだ生きている事を意味する。

 イザベリア聖王国は聖女の祈りの力によって繁栄してきた国だ。
 千年以上続くイザベリア聖王国の歴史の中でこれだけ長期間国内に聖女が不在だった事は一度もない。
 既に国を覆っていた破邪の結界も消え去り、ゾーランド公爵領以外でも魔獣の被害が出始めていた。

 事態を重く見た国王アルガノンは重臣達を集めて緊急会議を行う事になった。

「キーラ、ここにいたのか」

「これはエイリーク殿下。そんなに慌てていかがなされましたか?」

「どうもこうもない、シェリナが行方不明になってから一週間、国内もかなり混乱してきた。公表はしていないはずだが国民達もシェリナがいなくなった事に気付いている。俺もこれから緊急会議に参加しなければならない」

「そうでしたか。まったく、あのなまぐさ聖女のせいで皆が迷惑をしておりますわね」

「それについてなんだがキーラ、お前も会議に同席して欲しい。女神の神託は下りていないが、聖女の代理として父上にも推薦したいと思う」

「まあ、私などにそんな大役が勤まるのでしょうか」

「俺の愛するキーラなら無事やり遂げてくれると信じている。さあ、俺と一緒に来てくれるね?」

「エイリーク様……もちろんですわ。殿下にそこまで想われてキーラは幸せにございます」

 当初の予定とは少し違っていたが、結果オーライだ。
 これで行く行くは私はイザベリア聖王国の王妃となり、王国を救った真の聖女として王国史にその名前が刻まれるだろう。

 私はエイリークの後をついて会議室へと足を運んだ。

 会議室には既に王国の重鎮達が集まっていた。
 国王アルガノンが渋い表情で言った。

「遅いぞエイリーク。今は一刻を争う非常事態だぞ」

「申し訳ございません父上」

「それでその娘は誰だ?」

「はい、この女性はゾーランド公爵の二女でキーラと申します。今回王国を襲った困難を打開できる女性です」

「キーラ・フォン・ゾーランドと申します。以後お見知りおき下さい」

 私はエイリーク王子の紹介を受けて会議室の皆に一礼をする。

 会議室の中には国教であるティターニア教の大司教であるノイアー氏もいた。
 一年前、聖女を決める女神の神託の儀の際に顔を合わせた事がある人物だ。
 ノイアー大司教も私の事を覚えていたようで声を掛ける。

「君は確かシェリナと共にクロネの教会で修業を積んでいた者だったな」

「はい、修行時代はシェリナさんと苦楽を共にしてきました。神託の儀ではシェリナさんに後れを取りましたが、私は彼女と同等の力を持っているつもりです」

 私の言葉にエイリークが後押しをする。

「父上、彼女は幼少よりシェリナと同じ環境で同じ修行をしてきました。その力もほぼ等しいと考えるのが道理というものです」

 実際は私は修行をサボってばかりだったけど、エイリーク王子はそう信じて疑っていない。
 本当に単純な人。
 私が王妃になった暁には思う存分尻に敷いてあげるわ。

 ノイアー大司教が言う。

「キーラ嬢、君がシェリナと同等の力を持っていたとしても、女神の加護を受けていない以上シェリナ程の聖なる力を発揮する事は出来まい」

 聖女とそれ以外の人間の一番の差は女神の加護の有無だ。
 女神の神託が降りて聖女になった者は、その役目を終えるまで女神の加護を受け続ける。
 それは聖女が本来持っている聖なる力を何倍にも増幅させる効力を発揮する。

 如何に私の力が優れていても、本職の聖女の力に並ぶ事は絶対にない。
 だからそれについては考えがある。

「ノイアー大司教、王国内には私のように聖女の修行を積んだものの神託が降りなかった者が数多くおりましょう。彼女達を王宮に呼び寄せ祈りの力を合わせれば本職の聖女の代わりは務められると考えます」

「なるほど……」

 ノイアー大司教は納得したように深く頷き、アルガノン陛下にこの意見についての可否を伺う。

「あいわかった。それでは聖女の代理についてはキーラ、そなたに一任しよう。ノイアー大司教は彼女と協力して国内の安寧を保つよう尽力せよ」

「承知いたしました」
「陛下のお言葉通りにいたします」

 私は内心でほくそ笑む。
 これで私は他の聖女候補達の上位に立つ事になった。
 せいぜい彼女達を顎で使ってやろう。
 ついでに次期聖女の神託が降りる前に私の前に立ちはだかりそうな有能な者も排除しておこう。
 これで少なくとも次期聖女になるのは私で確定したようなものだ。

 こうなるともう帰ってさえこなければシェリナが生きていようが死んでいようがどうでもいいや。

 私は今の感情が表情に出ないように抑えるのに必死だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。 ※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。 ※単純な話なので安心して読めると思います。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

【完結】順序を守り過ぎる婚約者から、婚約破棄されました。〜幼馴染と先に婚約してたって……五歳のおままごとで誓った婚約も有効なんですか?〜

よどら文鳥
恋愛
「本当に申し訳ないんだが、私はやはり順序は守らなければいけないと思うんだ。婚約破棄してほしい」  いきなり婚約破棄を告げられました。  実は婚約者の幼馴染と昔、私よりも先に婚約をしていたそうです。  ただ、小さい頃に国外へ行ってしまったらしく、婚約も無くなってしまったのだとか。  しかし、最近になって幼馴染さんは婚約の約束を守るために(?)王都へ帰ってきたそうです。  私との婚約は政略的なもので、愛も特に芽生えませんでした。悔しさもなければ後悔もありません。  婚約者をこれで嫌いになったというわけではありませんから、今後の活躍と幸せを期待するとしましょうか。  しかし、後に先に婚約した内容を聞く機会があって、驚いてしまいました。  どうやら私の元婚約者は、五歳のときにおままごとで結婚を誓った約束を、しっかりと守ろうとしているようです。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

処理中です...